2025年9月29日月曜日

小出川彼岸花まつり

 9/27には、近くの小出川彼岸花まつりを観てきました。小出川は茅ヶ崎市を流れる一級河川で先の柳島で相模川に合流します。ここの遠藤地区にある遠藤神明谷や遠藤琵琶島などの水源が集まって、3~10m幅の源流となっています。両側の沿道には春はアジサイ、秋は彼岸花が地元の協議会の大変な努力により植栽、管理されて、毎年楽しませてもらっています。市営地下鉄ブルーラインの西側終点の湘南台駅からバスで15分程のところにあります。近くには、水田とともに慶応大学湘南藤沢キャンパスや同看護学校「慶育病院」、文教大湘南キャンパスなどの文教地区もあります。
沿道には地元の農家がテントで野菜の直販をしており、生落花生(大粒のオオマサリでした)、サツマイモ、茄子などを仕入れました。
彼岸花は、植栽地区の上流では見頃で、下流は時期がやや過ぎた様子でした。ここは稲田、稲架(はぜ)と彼岸花の組み合わせが良い場所です。人出も少なく隠れた地元の彼岸花名所と思っています。
ここで、一句、

ずっしりと稲架のたわみや里の風

この日は、13,000歩コースでした。

因みに、昨年2024年10月5日にもここを訪ね、当ブログに下記のような記事をアップしていました。

収獲の里山風景からー藤沢 小出川周辺





背景の稲架(はざ)も重そうです。

大きな蝶でした。




稲田の畔に咲く彼岸花。害虫除けとか。私には
彼岸花の原風景です。今年も豊作のようです。









畦道にも多くの彼岸花が咲きます。

大粒の生落花生。自宅で茹でました。確かに
名前通りえらく大粒の種類です。地中になる豆
の意味で「地豆」ともいわれるとか。



パンフレットから

2025年9月28日日曜日

久々の神田愛山講談独演会

 9/27には、かつての同僚の紹介で「神田愛山独演会」を神保町の「らくごカフェ」で聴いてきました。
10年程前に数回通ったことがありましたが、久々の対面での講談でした。演題は「講談私小説(四)影法師 他一席」でした。自らの人格に「影法師」のように影響した父子関係から、自分が芸人になることに父親が大反対した逸話を題材にした創作講談と自らが弟の結婚式の司会役をしたことをテーマにした講談小話でした。自分の人生を私小説風に講談化した、という趣向です。
50人ほどしか入れない会場でしたが補助席を含め満席でした。19時開演ということもあり、仕事帰りのサラリーマンが多数でした。隔月の例会のようで、次回の手書きの案内が席に置かれています。
なかなか良く練られた筋と逸話で楽しめました。
愛山さんは72歳になられたそうですが、2010年頃に当時の職場のセレモニーにおいでいただいたことがありました。
会場は、神保町交差点の新岩波ビル(いまは三菱UFJ不動産販売が入居しています)の靖国通り沿いの隣の隣にある神田古書センタービルの5階で、テナントは出版業者、古本業者と神保町らしいビルでした。かつては岩波ビル最上階にはミニシアタの老舗「岩波ホール」があり、私も何度か通いました。
この日は、神保町周辺を久々に散策しましたが、随所でリニューアルが進み以前より街が綺麗になっています。
この日は、6,800歩コースでした。
2022年7月24日、5月31日には、岩波ホールでの最終公演にここに来ており、当ブログに下記のような記事をアップしていました。

岩波ホールでの観納め 

岩波ホールの最終公演


「らくごカフェ」での高座

神田古書センターのテナント看板です。
本の街です。2階の欧風カレー店「ボンディ」
は人気店で終始長い行列ができています。

中段(青)が「らくごカフェ」の看板です。

靖国通りの一本裏道から入ります。
この表示がないと所在がわかりません。

2025年9月27日土曜日

今年の「休処」の瓢箪と実家の瓢箪

 先日9/14には、今年も休処」の瓢箪を観てきました。自宅から最寄りの上大岡に向かう鎌倉街道の途中にある小さな角地につくられた「休処」の棚木に、毎年瓢箪とヘチマが地主さんによって植えられます。
今年は、続いた猛暑のためでしょうか、ヘチマは生育不良で殆ど育たず、瓢箪も小型で一部に日焼けしているように見えました。葉も枯れているのもあります。いつにない暑さはここでも大きな被害がうかがえます。報道でも、栗も小粒化し数も3割減っているそうです。
また、自宅には、舞鶴の実家からもってきた乾燥した瓢箪が幾つかあります。
 瓢箪の乾燥殻の主な用途は、水や酒、穀物などを入れる、軽くて丈夫な容器だそうですが、実家では昔酒の容器として使っていた、と聞かされてきましたが、見た記憶はありません。ずっと部屋の柱の装飾品だったように思います。
瓢箪は古来より多産・豊穣・厄除けの象徴とされたとか。農作物の種子を保存する容器また薬や香を入れる容器としても利用され、通気性があり湿気を防ぐ効果があったそうです。
案外と今も受け入れられているのは、装飾品や縁起物としての利用で、極めつけは、瓢箪は「無病息災」や「福を呼ぶ」とされ、魔除けや縁起物として飾られることもあったとか。特に六つの瓢箪(六瓢=無病)などの語呂合わせが好まれたとはいかにも日本的です。
そういうと、父親も庭に、子を背に乗せ親子蛙(カエル)の置石を3つ並べて、「六蛙(むかえる)」の意味がある、と聞かされていましたので。そんな類かも知れません。


乾燥した瓢箪殻。実家に長く置かれて
いましたが、先祖は何に使っていた
のでしょうか。今では我が家のお宝です。

今年の瓢箪は小粒でした。

日焼けをしているようにも見えます。

毎年風鈴とも同居です。

ここのいつもの看板です。毎年
この頃ここの椅子に座りひと休み
します。

因みに、ここの「休処」については2023年9月10 日にも、当ブログに下記のような記事をアップしていました。2年前との様子の違いが見えてきます。

街道脇の「休み処」と瓢箪

また、2019年9月にもここに立ち寄り以下のようなスケッチをしていました。


この頃は瓢箪とヘチマの揃い踏みでした。

2025年9月24日水曜日

鎌倉の萩の寺巡りー秋の七草2

9/19には、ともに鎌倉の北西地域の扇ガ谷(注) にある海蔵寺と浄光明寺を訪ねました。地元では萩の寺といわれ、暑さの緩む合間をみて歩いてきました。
萩の咲き具合は同じ地域で近い距離にありながら違うもので、浄光明寺は赤い萩が満開でしたが、海蔵寺は1週間早いといった様子で、ばらつきがありました。
途中には、亀ヶ谷坂切通し(かめがやつさかきりどおし)と化粧坂切通し(けわいざかきりどおし)を通り、帰りには少々遠周りをして源氏山公園、銭洗弁財天にも久々にも足を伸ばしてきました。鎌倉のはこのような独特の読み方の地名が多々あります。京都もそうでした。その両切通しにあるお宅の庭先でも萩を見かけました。
ここで、一句、

萩散るや恩師の訃報回しをり

先日98歳で恩師が仙台で他界されました。
鎌倉で萩の寺というと、鶴ヶ丘八幡宮の傍の大町にある宝戒寺も欠かせません。近く巡りたいと思っています。
この日は、15,800歩コースでした。

因みに2024年10月2日に宝戒寺の萩を訪ねていました。下記の当ブログに記事をアップしています。

鎌倉 宝戒寺の萩ー再訪


海蔵寺山門。両側の萩が階段を挟んでいます。
まだ部分咲きでした。

海蔵寺山門前の萩です。






境内は芙蓉が満開です。

芙蓉と本堂

海蔵寺山門全景。臨済宗建長寺派のお寺です。

海蔵寺参道脇には部分的な紅葉も。海蔵寺は
水の寺でもあり参道横には水路があります。

海蔵寺総門

浄光明寺に向かう途中のお宅では
白い萩が満開でした。

扇ガ谷にある浄光明寺山門。左奥に本堂も
見えます。真言宗泉涌寺派のお寺です。

浄光明寺の境内では赤い萩が満開でした。



本堂前にて。


ここまで浄光明寺の紫の萩が見頃でした。

海蔵寺からの帰り道途中から右折して化粧坂切
通しに回ると急な坂道を経て
源氏山公園に出ま
す。源頼朝公像にも久しぶりにお目にかかり
ました。この像は富士山の方角を向いて建てら
れたとか。
亀ヶ谷坂切通しで見かけた白萩

右が本宮。カップルの多い場所です。
左奥が奥宮で銭洗神水池がありお金を清めます。



宇賀福神社(銭洗弁財天)入口。右手の
20m程の洞窟をくぐって本宮に向かいます。

(注) 「扇ガ谷」について
鎌倉市の「扇ガ谷」は、「おうぎがやつ」と呼ばれます。
この地名は、かつて「亀ヶ谷(かめがやつ)」と呼ばれていた場所に由来し、室町時代に関東管領・上杉定正が「扇谷殿」と称されたことから「扇ガ谷」という名称が広まったとされています。
因みに、「谷(やつ)」という読み方は鎌倉の地形に由来する独特な呼び方で、谷戸(やと)地形の名残でもあります。(海蔵寺HPなどから引用・編集)

早春の取り合わせ風景―梅と菜の花のコラボー

 1/31には平塚の花菜ガーデンに久々に出かけました。この時期話題になる菜の花と梅の取り合わせをここで一見したいと思っての散歩コースの選択でした。菜の花と桜は同時期に咲くことが多いですが、梅と一緒に観るのは関東ではそう多くはありません。 結果的には正解で、白梅も菜の花も咲き始めた...