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2025年5月30日金曜日

一節切尺八の対談と演奏会

 5/30には、一節切尺八(ひとよぎり)の対談と演奏会「一節切尺八を知る!コンサート」に、江東区のティアラこうとう小ホールで参加してきました。地下鉄半蔵門線の住吉駅から歩いて5分程のところにあります。駅の傍の猿江恩賜公園(さるえ)(注1)の中にあります。
一節切尺八は、長さ30㎝、直径2.5cmほどで、筒の真ん中の少し上(歌口側)に一節だけを含む真竹で作られた小さな5孔の縦笛です。平安期に雅楽楽器から分かれ、宮廷以外でも吹ける普及版として広がり室町期には僧や武家に好まれ、江戸期には庶民にも普及したそうです。今でいうと、篠笛を縦笛にしたような外形です。今も米澤上杉家や薩摩島津家には現物が残っているそうです。この会場でも、島津家の13代当主でもある島津義秀氏が薩摩琵琶と一節切尺八を演奏され、米澤新田藩第9代当主の上杉孝久氏が先祖より伝わる一節切尺八を紹介されていました。信長公、謙信公、信玄公、一休和尚、琵琶法師ほか、戦国武将は一節切尺八を愛奏したそうです。その後、江戸中期に現在の一尺八寸の尺八の原型として定着したとか。

一節切尺八の歴史に関する対談や伝わる5種の調子(管の長さ)での古曲演奏(注2)も、いつもの尺八演奏会とは違って、楽器の由来を知り、一節切尺八に近い雅楽尺八、三節切、普化尺八の音色を聴き、聴き比べ、調子の違いを感じる場で、珍しく教育的な企画でした。
今年が一節切尺八の中興の祖大森宗勲の没400周年にあたり、今回の企画はそれを記念するイベントシリーズの一環で、この日が京都に次いで2回目とのこと。今回の企画が「庶民的で子供にも扱いやすい楽器 一節切尺八をこの時代に再度蘇えらせて尺八文化を子供世代で盛り上げたい」との主旨で関係者が集ったとのこと。素晴らしいことだと思いました。
大分前私も30~40歳代で横浜杉田の教室に通った三橋先生の発案、企画、制作だそうで、旺盛な創作意欲にはいつもながら感心します。この日も対談に演奏にと、元気一杯でした。
そこで、一句、

一節切古曲奏でる夏木立

この日は、電車移動が長く、6,500歩コースでした。

開演前ののティアラこうとう小ホール

会場のティアラこうとう
会場のある猿江恩賜公園入口

この日のチラシから

この日のチラシから(2)

(注1)猿江恩賜公園について
猿江恩賜公園は、東京都江東区にある都立公園で、歴史的に貯木場としての役割を持っていました。江戸時代には徳川幕府の貯木場として使用され、その後明治政府の御用達の貯木場となりました。
公園の南園部分は、昭和天皇(当時の皇太子裕仁親王)の成婚を記念して、1924年に東京市に下賜され、1932年に猿江恩賜公園として開園しました。戦後、北園部分は貯木場として使用されていましたが、1972年に廃止され、1981年に追加開園されました。
また、猿江恩賜公園は東京大空襲の際に犠牲者の仮埋葬地となった歴史も持っています。現在では、広場や野球場、テニスコートなどの施設が整備され、地域の憩いの場として親しまれています。  (公園HPから引用・編集)
(注2)一節切尺八の5調子
当初は、壱越、平調、双調、黄鐘、盤渉の5種類の調子の一節切尺八が存在し使い分けていましたが、後世には黄鐘管だけに集約されることになりました。つまり各調子の曲を黄鐘管一管で吹き分ける必要が生じたと考えられています。このために第一孔と第三孔の位置が曖昧な形になったと推測されています。今の尺八では2オクターブの音域が出せますが一節切尺八は1.5オクターブと限られ単独演奏とともに歌曲の伴奏として使われていたそうです。

2024年12月10日火曜日

三橋貴風尺八演奏会「竹林奇譚」

12/9には、築地本願寺(浄土真宗本願寺派)のブディストホールで「三橋貴風尺八空間曼陀羅 竹林奇譚」を聴いてきました。
鎌倉期の普化宗尺八本曲の演奏会ですが、今回は古典曲「虚空」とともに昭和・平成時代に諸井誠によって作曲された「現代本曲」2曲「竹林奇譚」、「竹嶺五章」がメインの意欲的な演奏会でした。三橋先生によると、現代本曲の演奏は「将来の古典本曲作り」だそうです。また、出演も三橋先生個人だけではなく、育てられた貴風会門人の9人も参加されています。さらに、「竹林奇譚」では、奏者5人で、尺八サイズによって違う8種類(注)に竹片や高さ10〜20cmの竹の小筒をこすり合わせて演奏する「鳴子」(なるこ,下はイメージ図です)を加え、9種類の楽器を使いこなし、奏者も舞台と会場の四隅で演奏する、立体的で幻想的なな尺八・鳴子の協奏でした。まさに「空間曼陀羅」の世界です。新しい尺八への挑戦に感動しました。
帰りには、貴風会OB仲間で近くの築地玉寿司に久々に立ち寄り旧交を暖めたあと、余韻を収めつつ帰宅しました。
私は40年程前に、社宅近くの磯子区杉田にあった三橋先生の個人教室に通っていましたが、いまは貴風会のOB会メンバです。三橋先生は私より二つ下で、当時私には、遠くまで高音、低音ともによく響く遠音(とおね)の効いた若手演奏家でした。2011年には紫綬褒章、2020年には旭日小綬賞を受賞されています。
この日は、6,200歩コースでした。

(注)尺八には、その長さに応じて、2尺7寸管、2尺4寸管、2尺1寸管、1尺8寸管、1尺7寸管、1尺6寸管、1尺3寸管、1尺1寸管(凡笛)の8種類があります。CD作成では先生ひとりで8種類の尺八パートと鳴子パートを9回にわけて多重録音されたそうです。


築地本願寺。右端の小塔下が会場入口です。

「竹林奇譚」演奏をCDにされていました。
尺八8種類、鳴子1種類で9回演奏した
多重録音版とのこと。また、特別に
高品質な20ビットコーディング
だそうです。私が会場で購入した
のがに国内最終在庫の品だった
そうです。

パンフレットから

鳴子。左が小竹片、右が小竹筒で作られて
います。揺すったり、両手で束ねたりして
竹片や竹筒がこすれて、パシャッ、パシャッ
あるいはバシャッ、バシャッという枯れた音を
出します。竹片や竹筒の大きさによって
数種類の鳴子が使われていました。

最寄りの都営浅草線東銀座駅に直結した
歌舞伎座B1階の出店街です。

2024年2月18日日曜日

杉田梅まつり -古い杉田梅林と海鼠(なまこ)のこともー

 2/18には、好天のなか、近くの杉田地区にある天台宗の妙法寺の境内で企画された「杉田梅まつり」を初めて観てきました。JR京浜東北線の最寄り駅洋光台の隣駅新杉田駅から歩いて10分程の妙法寺で行われる恒例行事です。近くの割にはこれまで来る機会を逸してきました。
2/17~18に開催され、この日は最終日の午後でしたが、幸い、面白いイベントが本堂前で行われていました。横浜芸者の踊りや小唄、七福神の里神楽、飛び入りの尺八演奏、などです。
また、寺の裏山で30m程のぼった牛頭山(ごずさん)の山頂には初代歌川広重の浮世絵「武州杉田の梅林」や三代広重の「光君名所合 杉田の梅」で筆写したと思われる場面が今も残されており、建物や街の造りは時代によって変わっていますが、ここぞというスポットを回れます。
随分と文化の香り高い、風流な梅見でした。また、英語スタッフも何人か見かけましたし、紹介ビデオにもきちんと英訳字幕が挿入されるなど随所に日英併記が見られ、実行委員会の方々の心遣いと意気込みが感じられました。そこで一句、

梅見山 今に溶け出る 広重絵
梅見山 浮世絵景色 今に溶け

この地域での梅栽培には長い歴史あるようです。ここは、元来、海が近く塩分を含んだやせた土地のために、16世紀後半の頃、戦国時代の領主間宮 信繁は、戦用の食料として梅実をとるために村民に梅の植え付けを奨励し、実を売って生活の一助とさせました。これが、杉田梅林の走りとなりました。江戸期16世紀央頃から梅作りが盛んとなり、18世紀初頃の元禄には約36,000本もの梅の木が杉田村一帯に広がていたそうです。18世紀後半の明和・安永の頃には杉田の梅は先の景勝地金沢の探勝ルートに入れられるようになり賑わいました。その後、19世紀初の文化・文政の頃には、梅実の収穫は400石にものぼり、江戸に梅干しを運ぶ御朱印船が杉田浦から出帆するほどでした。このころ、歌川広重の浮世絵の題材になったこともあり、杉田は関東随一の梅の名所といわれ、海路、陸路から訪れる場所になっていきました。明治33年の国語の教科書には「我が国の梅の名所は奈良の月ケ瀬梅林を第一に、次は武蔵国杉田がこれに次ぐ」と記されているとか。
しかし、明治20年頃から、台風や塩害で梅の木が傷んだり、老衰で株数が減少し、関東大震災でも大きな被害を受けました。戦後は海岸の埋め立て、宅地造成が進み、そのほとんどが姿を消し、妙法寺と近くの民家の庭にわずかに残る状況になりました。
近年は、杉田梅園の復活活動が、様々な団体で進められ植樹などが行われています。近くには今も「梅林小学校」が残っています。
また、ここ杉田は海鼠(なまこ)とそれを干した煎海鼠(いりこ)の収獲・加工でも、江戸期には、際立った生産地だったようです。帰路、煎海鼠の製造工程を示す「江戸名所図会」の看板をみかけました。
この日は、10,000歩コースでした。


妙法寺本殿前にて

神代神楽研究会の皆さんによる
里神楽も始まりました。

飛び入りの尺八演奏も入ります。なかなかの
上級者でした。

裏山の墓地から

境内ではご神木の前で抹茶席も
                      妙法寺山門
横浜芸妓協会も舞や小唄で協力されて
いました。
本堂前の梅林です。

浮世絵「武州杉田の梅林」(歌川広重作)の
描画シーンの再現スポット。椅子までも
再現とは。中身はおお変わりです。
武州杉田の梅林
(参考)「武州杉田の梅林」(歌川広重作)。ここ牛頭山
から
の景色を画いたそうで、左奥が本牧の海岸です。

牛頭山山頂の梅林。遅咲きの梅のようです。

2023年12月11日月曜日

コロナ明けの尺八演奏会

 12/11には、築地本願寺ブディストホールで三橋貴風尺八演奏会がありました。
境内は翌日に某建設会社の社葬が予定されているようで、正面に大きなテントが張られ、なにか物々しい状況でした。ブディストホールは正面右側の小塔から入る小じんまりしたホールですが(ここは演劇用のホールだそうです)、三橋先生がお気に入りで、長年、年二回利用されています。ひとつは、夏の同門の貴風会メンバによる定期演奏会で、いまひとつは、この時期冬の先生の企画・演奏による先生ご自身の、尺八本曲を中心とした演奏会です。私もこの貴風会OBで応援団です。OB期間が長いですが。
今年の演題は「尺八本曲/空間曼荼羅」で、久々に、コロナも気にせず、古曲から電子音楽(フランスの19世紀初めの電気楽器オンド・マルトノ。電気技師モーリス・マルトノによって発明され、後のシンセサイザーの先駆けとなった当時の新楽器だそうです)との協演まで、よい音色を楽しみました。


築地本願寺の夕景。会場のブディストホール
は右の小塔入口から入ります。

今年もチャレンジングな企画
でした。
翌日の某社の社葬の準備中でした。

2023年3月11日土曜日

声明+琴・尺八演奏会「絲竹声明_曼荼羅」

 3/10には、横浜中区にある関内ホールで、声明・琴・尺八演奏会「竹声明_曼荼羅(しちくしょうみょう_まんだら)」を鑑賞してきました。以前に尺八を教わった三橋貴風先生が企画されたもので、ともに仏教をルーツとする声明(しょうみょう)と尺八の古典本曲の協演を主として、琴(一般の十三弦筝と十七弦琴)も部分的に加わるといった創作的な内容でした。三橋先生が20代の頃から温めていた構想だったそうです。演奏会タイトルの「絲」は琴を、「竹」は尺八を意味するようです。珍しかったのは、声明です。声明は、仏教の法会で僧侶が節をつけて唱えるお経のことで、奈良時代に中国から伝わったものだそうです。東大寺の大仏開眼供養の時にも(天平勝宝4年、753年)、声明が唱えられたと記録があるとのこと。今も日本仏教の各宗派でそれぞれの声明が用いられているそうですが、今回は高野山を中心に伝承されている真言宗の南山進流が披露されました。3人の僧侶が会場のバックから現れ前面に立ちロ朗々と力強く唱えるのには圧倒されます。よく聞くお経より節回しの変化が大きいようで、さながら寺院本堂で合唱と演奏会をしているようでした。バックの尺八や琴の編曲も声明に馴染んでおり面白い組み合わせでした。通常、尺八、琴、三味線の3曲演奏会では、唄を伴うのは女声だけですので、男声と尺八の組み合わせは珍しく新鮮でした。
演奏曲目には、声明のほか、尺八本曲でいう、古伝3曲のひとつ「虚空(こくう)」や琴古流尺八本曲の代表曲「鹿の遠音(しかのとうね)」も含まれており、久々に堪能しました。参加者も満席に近く、このような演奏会も、また近くの馬車道沿いの繁華街の賑わいも、徐々にコロナ禍前に戻りつつあるように感じました。この演奏会も、ある意味では、先生の頭の中で長年積み残されてきた企画がコロナ禍で棚卸された結果かもしれないと、勝手に想像しながら帰宅しました。
この日は、5,700歩コースでした。


2022年12月12日月曜日

尺八本曲演奏会

 12/12夕には、築地本願寺ブディストホールで三橋貴風尺八本曲空間曼陀羅演奏会が例年通り行われ、出かけました。
名取門下も加えての本曲演奏、二尺七寸管や四寸管を駆使した先生の本曲と新曲の独演、薩摩琵琶との共演で「霜月の段」など、いずれも力のこもった演奏でした。コンパクトな会場だけに、尺八の音色が舞台から直接聴けるのは格別です。
挨拶によると、この公演をAFF2(ARTS for the future 2、文化庁のコロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業)の助成事業にするために、慣れない申請作業に手間取ったそうです。
今年は、築地駅のひと駅手前の東銀座駅で降りて、ひと区間、晴海通りを歩きました(といっても500mくらいです)。途中、歌舞伎座があり、十三代目市川團十郎白猿襲名披露公演をアピールしていました。
演奏会終了後、21時頃に会場近くにある元築地市場外商店街も一巡しましたが、昨年に比べると平日にしては客足も出始めていました。ただ、近くの地元大手寿司屋本舗は9時で閉店とのこと。はやく戻ってほしいものです。
この日は、8,300歩コースでした。


築地本願寺。会場は右ウイングにあります。
 
三橋先生お気に入りの会場です           

コロナ禍でも精力的にCD活動をされています

普及用の合成樹脂製の尺八を開発されており
(特許取得済)、最近では沖縄用の「うちなー尺八」
も実用新案を取得されたとか


向かう途中の歌舞伎座
一年前にこの演奏会を訪ねた時の
築地本願寺のスケッチです_20211214

2021年12月13日月曜日

三橋貴風尺八演奏会

 12/13には、築地本願寺ブディストホールで三橋貴風尺八本曲/空間曼陀羅「四打之偈(しだのげ)」演奏会を鑑賞してきました。
毎年この時期に同じ場所でここ15年程続けておられます。かつては末席をけがす門人でしたが今は貴風会OB、応援団として毎年参加しています。聴きながら、あらためて尺八の高音の華やかさと低音の体にしみる太い音色に力をもらうような感じがしています。40年ほど前に、先生の遠音のする演奏に打たれて、たまたま教室が当時の自宅(横浜市富岡の社宅でした)と至近だったこともあり、先生のお宅に飛び込んで入門した記憶があります。

今年のトピックは、8月に東京2020オリンピックパラリンピックの記念文化フェスティバル(「東京 2020 NIPPON フェスティバル」というそうです)がオリンピック会場となった都道府県で全国的に開催される予定だったそうです。コロナ禍で8/15に無観客開催となったためその内容を収録しオンラインで配信しています。三橋先生も神奈川県から出演されたそうで下記の「音楽のミライ 時をかける韻(ヒビキ)」のパートで視聴できます。無観客開催になったからではのことかもしれません。

音楽のミライ 時をかける韻(ヒビキ) ~奇蹟の尺八 三橋貴風~:
https://www.youtube.com/watch?v=AluDwxe9qWg

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因みに、内容の詳細:

https://www.pref.kanagawa.jp/docs/yi4/nippon-festival/006.html

三橋貴風ホームページ:
http://jukumitsuhashi.music.coocan.jp/kifu/

東京 2020 NIPPON フェスティバル:
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/yi4/portal.html

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写真最後は、演奏会終了後、久々の貴風会OBの集まりのあと帰宅途中に戸塚駅で見かけたクリスマス装飾です。はやいものです。








大船の初秋とヒョウタン展 ー萩と彼岸花そして瓢箪ー

 9/15には、雨天の合間に大船フラワーセンターの萩や彼岸花などの初秋を見に久々に出かけました。 園内中央には萩(ミヤギノハギ)の株が並ぶ横に長いエリアがあります。まだ二分咲きでしたが、赤紫色の蝶型の花を穂状に付け、穂が風にうねるように揺れて咲く様は風情があります。このことから「...