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2026年9月18日金曜日

瓢箪の季節ー実用品と縁起物ー

 9/14には、数日続いた雨天が晴れ、この時期の瓢箪の様子見に鎌倉街道関の下近辺の「休処」にある瓢箪棚に出かけました。
今年の夏は炎暑続きで葉の枯れ具合が昨年より進んでいましたが、身の成り方は順調のようでした。ただ、いつもはこの棚に一緒に植えられているヘチマ(糸瓜)は今年は植付けを見合わされたようでした。
昔の日本人が庭に瓢箪を植えた理由をたどると、持ち易いくびれのある実が水筒、酒器などの軽量で持ちやすい器として、出たばかりの実の漬物などの食材として、また葉の旺盛な茂りが夏場の日除けとしての実用品として便利に幅広く使われてきた側面と、その繁殖力やつける実の多さなど、植生を通じた特性から、無病息災・厄除け・子孫繁栄などの縁起を担いできた側面があるようです。
なかには、「六つの瓢箪」を「六瓢(むびょう)」と読んで、「無病」=無病息災に通じるとして、縁起がよいものとされたとか、語呂合わせもあります。また、瓢箪は、酒や水のほか薬味や薬を入れる容器として使われたことから、邪気を払うもの、病を封じるものととしても扱われた歴史もあるようです。このため瓢箪の形をした飾りを家に置いたり、身につけたりする風習が今も残ります。さらに、瓢箪は一つの株にたくさんの実をつけることから「子宝・子孫が繁栄する」という意味・祈りを込める場合もありました。秀吉の旗標の「千成瓢箪(せんなり)」はこの流れでしょうか。

この日は、4,800歩コースでした。

去年の丁度同日2025年9月14日にもここを訪れて、当ブログに下記のような記事をアップしていました。

今年の「休処」の瓢箪と実家の瓢箪

また、小さな実(ベビー瓢箪)が「ひょうたん漬け」としても利用されることもあり、2023年6月25日に当ブログに以下のような記事をアップしていました。この品物は珍味の域で一般的とはいえませんが。

ひょうたん漬け


休処の瓢箪棚


 

2026年9月9日水曜日

風船葛の収獲

9/1〜7頃には前庭に植えた風船葛(かずら)の風船が茶色、褐色に変色し種子の収獲時期に入りました。写真には撮り損ねましたが、収獲中には茎に10cm程のカマキリを見かけました。
今年は水を絶やさなかったせいか豊作で風船の数もサイズもここ数年では最大のようです。
採取した種子で、また来年も植生しようかと思っています。
そこで、一句、

鈴なりの風船葛もらう涼
カーテンの風船葛散歩道


風船葛の風船の収獲。今年はこの3倍程の収獲になりそうです。

風船葛の種子。種子には黒地に白いハートマークがつくことから英語名は「heart seed 」だそうです。「balloon vine 」の別名も。

茶色〜褐色に変色します。
今年も多くの風船がなりちょっとしたグリーンカーテンでした。通りがかりの散歩の方にウォッチャがおられて朝には何度か声を掛けられました。

2026年9月5日土曜日

地元神社での奉納盆踊り

 横浜市港南・笹下の総鎮守 天照大神宮(天照大神) の奉納盆踊り大会が、9月5〜6日に秋季例大祭に合わせて2日間開催されました。 天照大神宮は自宅から歩いて5分程の高台にあり社も見えます。夕方からは盆踊りの曲やアナウンスが表の港南桜道に響き、ついつい誘われます。初日には町内会の協力で境内には6~7店の夜店も出て、子供達で賑わいました。
9/5は、終了直後から雨が降り出し、ラッキーでした。9/6は雨模様の予報です。 
因みに、2023年9月4日にも秋季例大祭の様子について当ブログに下記のような記事をアップしていました。

地元での天照大神宮秋季例大祭


花笠音頭、東京音頭、炭坑節とお馴染みの
盆踊り曲が続きます。

夜店も賑わいます。

壇上からのここの宮司さんの挨拶。
ご時世でしょうか、女性の宮司さんです。

曲が進むごとに舞台の踊り手に加えて周りの参加者も増えてきました。


綿あめ、かき氷、焼きそば、射的、など定番の夜店が並びます。
天照大神宮 拝殿。盆踊りはこの奥の本殿に祀られている御祭神天照大神に奉納されます。

地元氏神さん 天照大神宮境内での盆踊り全景

2026年9月1日火曜日

来春開園の市営舞岡しぜん墓園のこと

先日市営地下鉄で移動中に舞岡で建設中の市営墓地で新たな個別の墓地区画の公募が始まったことを知りました。私も5年前に同種の公募に応募し、日野こもれび納骨堂の1区画を確保し(30年の賃借契約です)昨年末に納骨した経験から、今度はどういう形式の墓地の公募かと、興味がそそられました。
舞岡は最寄りの地下鉄駅の港南中央駅から北に3つ目の駅ですぐ近くになります。今回は、以下のような公募内容でした。

1. 公募名:  舞岡しぜん墓園(新設)
2. 開園・使用開始時期: 令和8年度末(令和9年4月~使用開始予定)
3. 公募の狙い:  高齢化と需要増加への対応: 横浜市民の高齢化に伴う墓地需要の高まりに応えるため。多様化するお墓のニーズの受け皿: 「墓じまいの心配がないお墓を望む」「継承者がいない」「自然に近い形で眠りたい」といった市民のニーズ変化に合わせ、樹木葬や合葬式墓地など多様な形態を提供。
4. 場所: 横浜市戸塚区舞岡地区に整備中の新しい市営墓地
5. 特徴:
・自然調和型の公園墓園: 豊かな緑地や自然景観を生かした「公園型墓園」として整備。
・多様な供養形態: 従来の普通墓地に限らず、樹木葬墓地や合葬式墓地などを備え、継承問題に配慮した設計。
・安心の公営管理: 宗教不問で利用でき、横浜市が経営管理するため永続性・費用の面で安心感がある。
6. 公募墓地区画の種類: 
・芝生型納骨施設:6,000区画
・合葬式樹木型納骨施設:2区画(1,500体)
・合葬式樹林型納骨施設:1区画(1,500体)
・合同埋蔵墓(将来設置予定):1区画
7. 公募申込期間: 9月1日~9月30日(今日からでした)
8. 申込資格: 3ヶ月以上継続して横浜市内に住民登録があること、など


今回の公募は、日野こもれび納骨堂の場合よりは何倍も大規模で全体が新設墓地です。墓地区画の種類も4種と多く、昨今の市民の多様なニーズを先取りしたもののように思われます。造成開始も平成30年(1988年)で実に来年の完成まで39年の大事業だったようです。まさに自治体規模でしかできない市民インフラ工事です。
ここには日野こもれび納骨堂のような自動搬送式の大規模な納骨堂はなく、場所が近いことから互いに機能的に棲み分け、補完しているようです。
これだけ墓地区画の種類と規模が揃いいずれも30年程の有期賃貸借契約だとすると、市営墓地としての役割をこの規模で30年周期で回して運用することで果たすことになり、今後、寺の運営する民営(宗教法人)の墓地と共存していくことになるようです。
このところの日野公園墓地における日野こもれび納骨堂と今回の舞岡しぜん墓園の内容、そして郷里舞鶴で明治期来の墓地の変化、近所の寺での最近の墓地造成の様子、などをみると、これからの地域の墓事情、主な選択肢が見えてくるように思いました。
アクセスはJR戸塚駅からバス便が便利なようですが、地下鉄舞岡駅からも歩いて約20〜25分でたどり着けるそうで(シニア世代には30分コースです)、近く工事中の現地を散歩コースにして訪ねてみたいと思っています。

因みに、横浜日野こもれび納骨堂については、先月8/14,15に墓参りをした折の様子を、当ブログに以下の記事をアップしていました。

今どきの納骨堂での墓参り


また、近所の乗願寺での墓地造成の様子を、宗教法人での一事例として2026/8/21に当ブログに下記のような記事をアップしていました。

もう一つの先祖の霊の埋葬方法

2026年8月21日金曜日

もう一つの先祖の霊の埋葬方法

 8/16には、近くの港南桜道沿いにある乗願寺の墓地で従来型の個別葬(墓石式)と新しい合葬(樹木葬や納骨堂)の中間のような、密集型の墓石式個別葬を見かけました。最近、金沢文庫に住む知人から、この新しいタイプの墓を建てた、との話を耳にしました。海が見渡せるとのこと。そこでこの乗願寺(正式には真宗高田派本山専修寺 横浜別院 乗願寺です)にも数年前に新しいタイプの墓地が造られていたことを思い出し、散歩の途中に再訪してみた次第です。
ここの墓地には大きく4種類あり、25cm角または25×50cm、深さ70cm程の縦長の石の筒(カロート)に骨壺を棚に積んで埋葬するタイプ(タイプ2、タイプ1)です。上に小さな石の墓碑銘(プレート)を置きます。檀家には、いずれのタイプもお墓の維持管理のための草刈りや掃除などの手間はかからないようです。寺からすると、狭い墓地に多くの檀家の墓石を置くことができます。先に知人から聞いたのはどうやらこのタイプの墓だったようです。聞いた話とつじつまが合います。
また、従来の墓石に近い墓を高さ70cm程の台の上にコンパクトに詰めて置くタイプ(タイプ4)もあります。こちらも隣とは密着していて草の生えるスペースはありません。
今どきの埋葬に関する日本人の考え方や維持管理の簡素化などのニーズの変化に合わせて、寺側でも 、限られた土地の収容効率を上げて多くの墓石を置きたいという考えのもとに色々と工夫されているな、と感じます。埋葬法のバリエーションの多さには驚きます。因みに、法律では「埋葬」は土葬を意味し、骨壺の収納は「埋蔵」というそうです。昨年末の墓仕舞いを通して知りました。
この日は、6,800歩コースでした。

関連して、2026年1月に金澤七福神を巡った折に、金沢文庫赤井の正法院をお参りした際にもこのような密集型の墓地をみかけ当ブログに下記のような記事をアップしていました。正法院でも乗願寺と同く、山腹にある墓地に高密度化の工夫がされています。そういえば正法院からも海(平潟湾)が見えました。

地元の七福神巡りその3

25×50x70cmの個別墓(タイプ1)。後のタイプ2に比べるとゆったりと墓石が納められています。内部のカロートでは骨壺が縦の棚に収納されます。

25x25x70cmの個別墓(タイプ2)。高さ70㎝程の台の上に○○家と刻まれた墓石(プレート)が置かれます。中央奥にも別の二階式で縦型のタイプのお墓が置かれています(タイプ3)。

従来型の墓石が並びますが高さ70㎝程の台に置かれます(タイプ4)。

普及版なのでしょうか、ここではこのタイプ2が最多です。右奥は利用者が決まっていない空き区画です。「○○家」と刻んだ墓碑銘の墓石にはその下に小さく戒名が刻印されることもあります。
タイプ4も縦型、横型と様々です。墓石の横や下に埋葬の履歴を記した墓誌が置かれたり、墓石に「○○家」のほかに「和」、「笑」、「夢」などの故人に相応しい言葉が刻まれたりしています。高さがあるので骨壺の出し入れも簡単にできるようです。

2026年7月26日日曜日

三渓園の早朝観蓮会と朝顔展

 7/25には、三渓園の早朝観蓮会に出掛けました。この日から8/9までの3回の週末には朝7時からの開園で早朝に開花し午前中には閉じる蓮の花を観る市民で賑わいます。ひとつの蓮の花は早朝の開花を4日続けて繰り返し受粉し花托が緑色から黄色くなり最後は開いたまま花弁を落としていきます。
この日は朝8時頃に南門に到着しました。内心心配していましたが、入口には、蓮の開花が遅れている、掲示されていました。その貼り紙の左下にザリガニの絵が描かれてます。係の方に確認するとどうやらザリガニが繁殖し蓮の根を食べてしまい、枯らしてしまう現象が蓮池の中央部で多発してる、とのことでした。何年か前にもあった現象ですが、昨年はほぼ回復していましたが、再発したようです。多年草のために一斉に掘り返すわけにいかずザリガニは駆除するのが難しいとか。実際に見てみると蓮池の1/5程が枯れていました。
とまれ、園内の睡蓮池、蓮池に向かい一巡してきました。
また、園内奥の雁が音茶屋(かりがね)の横で朝顔の会による朝顔展が開催中でした。
観蓮会と朝顔展で、炎天下でも心なしか涼気を感じ早々に帰路につきました。
この日は、9,700歩コースでした。

《 三渓園 蓮池・大池 》




大池のカメも暑さのせいかいつもの甲羅干しを
することはなく水中を遊泳するのを見かけした。



シオカラトンボの数もいつもより少なく
なっているように思えました。





花弁を落とす株も

葉陰にて


入口には、蓮の開花が遅れている、掲示されて
いました。左下にザリガニの絵が描かれてますが、
係の方に確認するとどうやらザリガニが繁殖し
蓮の根を食べてしまい、枯らしてしまう現象が
多発してる、とのことでした。

ザリガニの食害で蓮池の1/5は枯れていました。
多年草の蓮の根に棲むザリガニの駆除は
難題です。ここ何年か食害⇒回復⇒食害…
を繰り返しています。
下馬標識です。


葉脈に生命力を感じます。7/29の楽写会
講評会には迷った末この作品を提出します。
ポイントは黒い背景と葉脈の力強さです。



《 上海友好記念館 》


南門前にある上海友好記念館。睡蓮池も。
三渓園南口に隣接しています。
睡蓮


《 朝顔展 》

右の札には作品名と出展者とのこと。



青々と良く育っています。
変化朝顔です。江戸中期に庶民で流行った
そうです。

朝顔の水中花も。ある種の利活用でしょうか。
この展示会ならではのものと感心しました。
中央が朝顔展会場。右手前が先々代から続く
雁が音茶屋(かりがね)です。優雅な名前ですが
鎌倉が本店とのこと。

2026年7月18日土曜日

地元理髪店のリニューアルオープンとかつての「峠の茶屋」

 7/17には、地元の桜道理髪店「ヘアーサロン桜道」が1年半ぶりに家を新築し、店をリニューアルオープンしました。
元々50歳代の若い理容師のオーナーが一人で経営する店で、自宅一階の一室を使ったこじんまりとした店です。リニューアル後も写真の通り、店頭前面上の「SAKURAMICHI」の看板と店頭の赤、青、白の帯がくるくる回る床屋のサインポールがなければ、一見一般の住宅と変わりません。ドアには店名も書いてありません。完全予約制で待ち席は2席だけでコンパクトな仕事場の造りです。ただ、地元では「床屋」といえばこの店を指し、地元のひいき客が多い店で、女性客も通います。町内会の集まりでも早い再開を望む声を聞いてきました。今時の理髪店の在り様なのかも知れません。
私はこれまで長く使っていた大船の床屋を今は通っていますが、ここは自宅から100m程と至近のところにあるため、今後身体が不自由になった折などには、ここに通おうかと思っています。
もうひとつ、この店は近くの桜道商店会の桜道坂上地区では最後の店になることも注目されています。もともとここには雑貨店、八百屋、ラーメン店などもあったと聞いています。最後2軒目の雑貨店「亀井商店」は、私がこちらに引っ越してきた直後の2019年12月31日に57年の営業を経て閉店し、よく使っていた近くの小中学生からも惜しむ声、感謝の言葉の寄せ書きが店内に沢山張り出されていたことを思い出します。私も最寄りのバス停にも近くちょくちょくお世話になっていましたので記念にと閉店直前の様子をスケッチしていました。亀井商店は桜道の頂上ぼ三叉路にあり、正に「峠の茶屋」を思わせる店でした。店の前には小さな空地があって据え付けのしっかりした大きな木製テーブルがあり、郵便ポスト、自動販売機や雑誌・新聞の売棚が並び、3方向から坂道を登ってきた人がひと休みする格好の休み処、交流の場、生徒たちのたまり場でした。亀井商店は閉店後取り壊され半年程で一般民家に生まれ変わっています。


近くの桜道坂上でリニューアルオープン
した「桜道理髪店」。心機一転、頑張って
ほしいと思います。因みに、サインポールの
赤・白・青の3色は、中世ヨーロッパで
理容師が外科医を兼ねていた歴史に由来し、
赤は動脈、青は静脈、白は包帯を表している
そうです。次の写真の亀井商店はこの絵の
手前の桜道を右に30m程上ったところに
ありました。

7年前まで桜道の頂上の角地にあった雑貨店
「亀井商店」の閉店直前の様子。まさに今流の
「峠の茶屋」でした。店前のスペースは亀井
商店の敷地のようで一般に開放され、通行者の
休み処、生徒たちのたまり場でした。左に坂を
下ると鎌倉街 道桜道交差点に、右奥に下ると
笹下釜利谷街道の関交差点 に出ます。また、
右横に300m程行くと日野公園墓地の入口に
なります。 桜道理髪店からは30m程桜道を
上ったところにあります。

大船の初秋とヒョウタン展 ー萩と彼岸花そして瓢箪ー

 9/15には、雨天の合間に大船フラワーセンターの萩や彼岸花などの初秋を見に久々に出かけました。 園内中央には萩(ミヤギノハギ)の株が並ぶ横に長いエリアがあります。まだ二分咲きでしたが、赤紫色の蝶型の花を穂状に付け、穂が風にうねるように揺れて咲く様は風情があります。このことから「...