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2026年5月13日水曜日

伊豆長岡温泉での敬老「研修」旅行会

5/11には、地元の笹下連合町内会主催の敬老研修日帰り旅行会が伊豆長岡温泉のホテル天坊であり、初めて参加してきました。参加者120名超(地元の南台町内会からは8名)、バス3台の久々の大団体旅行です。町内会関係では、春が連合町内会で、秋はそれぞれの町内会単独で親睦の日帰り旅行を企画しています。昨年春のこの旅行会は茨城の九十九里浜を訪ね好評だったそうです。
はじめは、長寿会メンバの高齢者に何の「研修」をするのかな、と思いながら参加しましたが、段々とその意味がわかってきました。
それは、往路のバスの中で、主催する町内会長からの冒頭のあいさつの後に、まず横浜市消費生活総合センターの方が現れ挨拶と最近の詐欺被害の状況を話され、次にSNSを使った詐欺や高齢者を狙った悪徳商法に注意喚起するDVDが幾つか流れます。どうもこれが「研修」の意味だったようで時節柄納得した次第です。町内会長さんの話では、市からの補助申請をする要件としてこういった研修が推奨されているそうです。
それからは、普通の親睦旅行で、ホテルで昼食をとった後、町内会順にカラオケ大会が始まります。途中、温泉につかりたい人は席を離れて入浴したり散策したりします。私は入浴組でした。長岡温泉は癖のないアルカリ性単純泉で、新緑の中の露天風呂や足湯を楽しみました。
3時間弱ホテルに滞在した後は、ホテルの傍に最近できた辛子明太子のテーマパーク「めんたいパーク伊豆」を訪ね、明太子の製造工場の一部を見学しました。もともと博多で製造していた「かねふく」さんが、最近では需要地近くに工場を造られているそうで、関東では埼玉、茨城、そしてここ静岡県伊豆にあるそうです。私には明太子の製造プロセスを見るのは初めてでした。勿論直売もします。ケース売りは結構高価で手が出ず、かなり大き目の「できたて明太子おにぎり」を550円で仕入れ、そこで食べましたが、なるほど出来立ての明太子らしくなかなかの食感で美味しくいただきました。
これで長岡温泉郷を離れ、その後、伊豆縦貫道、箱根新道に出て小田原で高速を降りて、「鈴廣かまぼこの里」に寄ります。ここでも鈴廣かまぼこ博物館を訪ね、蒲鉾の歴史や製造工程を見学します。ここも直販店があり様々な蒲鉾製品を購入できます。ここでは、大相撲で呼び出しの背中に「鈴廣」と書かれる経緯を知ることもありました。
町内会長さんによると、帰りの二か所の見学も高齢者の社会科見学のようなもので、これらも「研修」だそうです。
今回の旅行会を通して、元気な高齢者を集めて温泉旅行といいながらも、最近も頻発する詐欺事件の予防策のDVD視聴や高齢者好みの食材の工場見学と、よく考えられた今流の敬老「研修」旅行会かもしれない、と感じたところでした。一方で、伊豆長岡といえば源頼朝と政子が出会った歴史的なスポットで歴史ある寺社も多いのですが、今回は上記のようにそれどころではなくバタバタとして見過ごしたのが残念でした。
この日は、9,000歩コースでした。

因みに、2023年11月には、地元の南台町内会のバス旅行で静岡の掛川城などを訪ねて、その様子を下記のような記事にして当ブログにアップしていました。

町内会バス旅行ー掛川城と掛川花鳥園ー

また、2025年3月には、同じく南台町内会で横須賀巡りして、下記の記事を当ブログにアップしていました。

町内会の横須賀巡り

《かねふく「めんたいパーク伊豆」》


辛子明太子の製造工程から。一昼夜塩漬けに
された半製品です。塩漬けでプリプリ感が
出るとか。原料のスケソウダラは主に日本海、
オホーツク海、ベーリング海、アラスカ湾の
200〜300mの中層で獲れるそうです。
 
よごれをとって形を整え製品になります。

塩漬け中に回転して攪拌するための機械だ
そうです。
  
長岡温泉郷の高速出口にある かねふく
「めんたいパーク」。関東工場の一つだそうです。


《鈴廣かまぼこ博物館》

鈴廣かまぼこ博物館に隣接する鈴廣かまぼこ
工場(奥)と手作り教室(手前)。
全国各地の蒲鉾と原料となる魚品種
蒲鉾製造には水と塩が大事だそうです。

鈴廣の八代目当主鈴木昭三の叔父が第十九代
横綱常陸山で大相撲の普及や両国の国技館建設
に貢献されたそうです。その縁で「鈴廣」の
入った着物が今も土俵の呼び出しに使われて
いるそうです。皇室とも関係があったとか。

小田原郊外の鈴廣かまぼこ博物館

2026年3月7日土曜日

いまどきの通天閣

3/4は大阪新今宮で同行の方と一泊しました。新今宮が通天閣の最寄駅だと気づいたのは駅に近づいてから、という有様でした。
一旦チェックインした後、20分程の距離と聞き、大阪・関西万博後の通天閣と新世界を観ておこうと、おもむろに散策と食事に出かけることにしました。
40〜50年前に2~3度立ち寄った記憶はありますが、随分と久しぶりの通天閣でした。
印象は、通天閣は変わらないけどもその界隈の新世界の街並みは雑然としていたのが随分と変わって今流にスッキリと整備されきれいになったな、というところでした。通天閣もリニューアルしたと報じられていましたが、正面の大きな日立の広告も変わりません。また、新世界の店頭など随所にビリケンの像が使われているのも変化でしょうか(確かビリケンさんご本尊は通天閣におられます)。一角には「ビリケン神社」という小さな祠(ほこら)まで見かけます。
この夜は、新世界の中ほどの角にある「横綱」さんで串揚げセットを注文し一杯呑んで、今回は通天閣にも登らず、早々に引き上げました。
ただ、人出は、中国の観光客が減ったこともあるのでしょうか、思ったほどには混んでいませんでした。この日のホテル料金も安目だったのもその要因かも知れません。それぞれの経営では万博の余波と合わせて、なんとか持ちこたえてほしいと思います。
ここに限らず、今回大阪の本町、堺筋本町、四ツ橋、梅田、森ノ宮を移動して感じたのは、東京、横浜に比べて鉄道駅、通路などでのエスカレータが少ないこと、駅内、駅間を長く歩かせること、です。この年齢になってはじめて感じることかもしれませんが。エスカレータが少ないのは、駅などの通路が細く小さな階段が多いこと、駅舎の基本的な造りが小さいことなどがあり、追加工事が難しいのか、とも思いました。本来エスカレータなどなくて当たり前、足腰のトレーニングになり有難いと思いながらも…、です。
この日は、15,000歩コースでした。結構歩きました。

「横綱」さんの店頭から。青森のねぶた風の
飾りです。

老舗店のほかにチエーン店も多く見かけます。
これも変化かも知れません。

2026年3月5日木曜日

大坂城梅園

 3/4には属する産業用ドローンの普及団体(JDC)のセミナーが企画され、その応援に大阪堺筋本町に出かけました。 セミナー参加者の紹介で、今の時期のこの近辺での見所は大坂城の梅園と聞き、翌日3/5の帰路、大坂城を久々に訪ねました。森ノ宮駅⇒青屋口⇒梅園⇒玉造口⇒森ノ宮駅の、天守をはずして梅園だけを巡るショートカットコースの散策でした。途中随所に蕾を膨らましている桜の木を見かけました。大坂城は梅園以上に桜の名所でした。お堀の内外では梅園を大幅に上回る規模の桜園が想像できます。
ここの梅園はまだ新しく、大阪府立北野高校の卒業生が創立100周年記念に22品種880本の梅の苗木を大阪市に寄付したのがきっかけでここが整備され昭和49年3月(1974年)に開園したそうです。品種ごとに早咲き、中咲き、遅咲きが区分され、きちんと管理されています。今は105種1245本が植えられており、早咲から遅咲きまで12月下旬から3月中旬まで広々としたしかも植栽の密度の高い梅園の開花が順に続くとか。
短時間でしたが、前日までの雨模様とはうって変わって朝から絶好の観梅日和に恵まれ、大阪でも梅を満喫しました。
この日は、22,600歩コースでした。よく歩きましたが物珍しさのためかあまり気になりませんでした。

園内には105種1245本が植栽されています。
低木の若木も多く手入れもよく立派な
梅園です。
 
国内で最大の花をつける種「武蔵野」。
5cmにもなる花をつけます。


  
梅園全景

場内には大坂城豊国神社も。
今年の大河の主役秀長の兄者です。


豊国神社前にある「南無阿弥陀仏碑(蓮如上人
六字名号碑)」。大坂城築城前にここにあった
大阪(石山)本願寺の証跡とのこと。ここが
蓮如上人を中心にした浄土真宗の拠点であり、
信長と蓮如の石山合戦までは一大宗教都市で
した。大阪の地名も蓮如上人の手紙「御文書」
が歴史的な発出だとか。余り目立ちませんが
真宗徒には聖地です。本願寺はここから幾つかの
都市を経て京都に移されました。
梅林越しの大坂城正面


森ノ宮駅のすぐ前にある噴水広場に入ると
早々に大阪城天守閣が望めます。久々です。
  
梅園南端から
天守閣に通じる桜門。今回は時間がなく
残念でしたが入場を諦めました。

2026年2月4日水曜日

横浜中華街の春節祭2026ー百節龍ー

2/1には、横浜中華街の春節祭を観てきました。中華街の目抜き通りの空中に舞う赤いランタンの龍の飾り「百節龍」、青森のねぶたのような干支や中国故事に因んだイルミネーションオブジェなどが並ぶので「春節燈火」とも言われます。
今年も中華街大通りと関帝廟通りを一巡してきました。週末でもあってか大変賑わっていました。
ここ何年かこの季節にはこのイベントを観てきましたが、今年は中華街地区内のランタンやイルミネーションの数や規模は抑えて周辺の市街地(横浜駅、戸塚駅、関内駅、みなとみらい地区(MM21)のランドマークタワービルなど)に小ぶりなイルミネーションを置いて、中華街に集客するように方針を変えているようにみえます。ここ数年の傾向のようです。また、中華街の店舗も新陳代謝が進んでいるようで老舗の聘珍楼や龍鳳酒家なども閉店して別の店に変わっていました。最近は中華料理店のほかに「占館」という占所の出店が多く若い女性には人気があるようです。
帰りには、華僑の間で信仰されている関帝廟と媽祖廟(まそびょう)にも寄りました。いつもながらの金色を多用した極彩色ですが、中国では、金色は、皇帝の色、天の権威、富・繁栄・成功、邪気を祓う力の象徴として重宝されていることに、いつもながら日本とは真逆で彼我の差を感じます。
この日は、8,800歩コースでした。
ここで、一句、

春節や百節龍とにらみ合い

因みに、3年前の2023年2月5日にもここを訪ね、当ブログに下記のような記事をアップしていました。同様に2022年から毎年訪れていて「春節」で当ブログ右上の検索窓から記事を検索できます。確かに写真になりやすいイベントです。

横浜港夜景と中華街春節


中華街大通りの百節龍1

山下町公園の天馬像。今年の干支です。

関帝廟中門のランタンをくぐって本殿へ

百節龍1を真下から

金蟾(きんせん:蟾はヒキガエルの意)。
金塊を背負って特殊詐欺撲滅を訴えて
います。ご時世です。私は
いつもは「銭蛙」
といっています。(注1)

百節龍1の尻尾から
関帝廟の狛犬雄。小銭を
抱えています。

関帝廟通りの百節龍2
山下町公園の東屋  會芳亭(かいほうてい)
と狛犬。かつてこの場所にあった劇場兼料亭
「會芳楼」という由緒ある施設の名前に因んで、
2000年の公園整備時に建てられたとのこと。

百節龍1の中景。緑の玉「龍珠
(りゅうじゅ)」(注2)を追っています。

(追加)中華街から少し離れた関内駅前の
伊勢佐木町入口でも小さな春節祭の
イルミネーションを見かけました。

(注1)金蟾(きんせん)について
中華料理店のレジなどでよくみかける金貨や金塊をくわえた蛙(ヒキガエル)の像。別名では、 多くは前脚が2本、後脚が1本の三本脚であることから「三脚蟾蜍(さんきゃくせんじょ)」ともいわれる。
金蟾は、富と財運をもたらす霊獣とされ、中国の以下のような道教伝説に由来する。
仙人に諭されて改心した妖怪の蛙が財宝を吐き出して人々に富を与える存在になり、その姿が「金貨をくわえた三本脚の蛙」として表現された。それから、金蟾は招財、商売繁盛、家運隆盛のシンボルとなる。
口に金貨をくわえている金蟾は財を招き入れるように頭を店の中に向けることが多い。(関連HPから引用・編集)

(注2) 龍珠(りゅうじゅ)について
横浜中華街の春節祭で、百節龍が追いかけている緑の玉は、如意宝珠(にょいほうじゅ)、龍珠(りゅうじゅ)、夜明珠(やめいじゅ:特に光り輝く玉を指す)と呼ばれ、日本ではまとめて「龍の宝珠(ほうじゅ)」と説明されることが多い。
この玉は縁起のいい象徴で、
・知恵・真理・悟り
  龍は天と地をつなぐ霊獣で、宝珠は「宇宙の真理」や「最高の知恵」を表す。
・富・繁栄・幸運
  商売繁盛、五穀豊穣、財運上昇の象徴。
・願いを叶える力
  「如意」という名の通り、思いのままに願いが成就する力を持つとされる。
の意味をもつ。(関連HPから引用・編集)

2025年12月14日日曜日

東舞鶴の見所スポット半日巡り

 12/13午前には、先祖供養の法要の為に久しぶりに舞鶴に来た息子親子に東舞鶴の見所を半日コースで案内しました。
この日巡ったのは、引揚記念公園(引揚記念館は会館前でした)からの引揚げ桟橋の眺望スポット、五郎ヵ岳展望台からの舞鶴港の俯瞰スポット、舞鶴東港のクルージング「海軍ゆかりの港めぐり遊覧船」(キャッチコピーから)、赤レンガパークの赤レンガ倉庫、赤レンガ博物館、でした。この他には、飛鳥時代に創建され西国三十三所第二十九番札所の真言宗 松尾寺(まつのおでら)、紅葉と五重塔が評判の鹿原(かわら)の金剛院、などが挙がります。
このようなことでもないと地元民はこれらのスポットを回ることはありませんが、久し振りに巡ってみると、それぞれに観光地化しているなと感じました。また、各所で多くの地元シニアボランティアが日頃の観光客受入れをさり気なく支えているようにも感じました。引揚記念館のボランティア活動は希望者が多いと聞きます。ここまでは海外のインバウンド客は来ていないようです。
この日は、10,800歩コースでした。

因みに、2023年3月にこの引揚記念館の展示が東京駅前でも行われたことがあり、当ブログに下記のような記事をアップしていました。

舞鶴引揚記念館・平和祈念展示資料館 合同展示ーシベリア抑留の記憶をつなぐー

また、文中の松尾寺と金剛院については、2023年10月の訪問記事を当ブログに下記のようにアップしていました。

松尾寺:
西国33か所巡礼第29番札所 青葉山松尾寺

金剛院:
舞鶴 鹿原の金剛院


<舞鶴引揚記念公園・引揚桟橋>


クレインブリッジ(鶴の橋)。この先にある
関西電力の火力発電所建設のための工事用
道路の一部として造られました。2羽の
鶴が飛び立つ様を表しているとか。この日は
好天で波が静かでした。

望郷慰霊之塔。引揚記念公園のシンボルです。

引揚げ桟橋の一部(当時は左にもっと長くあり
ました)。終戦から昭和33年まで13年間に66万人
のシベリア、満州、朝鮮からの引揚者がここ
あった引揚援護局での検疫と入国手続きを受けて
全国に帰還しました。すぐそばに引揚者の遺品
などを展示する引揚記念館があります。全国に
あった引揚港の中で最後まで受入が続きました。

引揚に因んだ歌「異国の丘」と「岸壁の母」の
歌詞が刻まれています。もう一つ田端義夫の
「かえり船」もありました。これらはいつの間にか
私のカラオケ定番にもなりました。また、これらは
私にとっては、舞鶴小唄、舞鶴風流音頭、軍艦マーチ
とともに郷里のご当地「民謡」です。

引揚桟橋の奥にはべニア板工場が今も健在で、
いつもながらの煙を出していました。林べニア
産業舞鶴工場です。その右奥には車のガラスを
造る日本板硝子の舞鶴事業所があります。

<五郎ヵ岳展望台>


舞鶴東港全景。奥は若狭湾で、左下は「国際
物流ポート」で市が肝いりで開発中です。

舞鶴西港側。ここでも雲が低く垂れ下がって
います。湾上に雲海ができる兆しです。
中段左端は丹後富士(建部山)です。

中央奥は関西電力の舞鶴(高性能)火力発電所。

<舞鶴東港クルーズ>


掃海艇「はつしま」と「あいしま」。
魚雷探知のために磁気に反応しない木製とか
繊維強化プラスチック(FRP)製の胴体とのこと。
近々木製胴体艇は引退とのこと。

多用途支援艦「ひうち」。小さいながら
艦隊には必須の存在だそうです。背後は
補給艦「ましゅう」です。13隻で構成される
舞鶴艦隊の最小艦と最大艦の取り合わせです。

補給艦「ましゅう」。護衛艦中では最長で
年間の出港期間も長い艦だとか。

新型護衛艦「やはぎ」と「あがの」。少ない乗員で
運航できるとか。こちらも人手不足のご時世です。

ヘリ空母「ひゅうが」。この日はJMU(ジャパン
マリーンユナイテッド)舞鶴工場で修理中でした。

クルーズではクレインブリッジにも立ち寄ります。

海上自衛隊舞鶴地方総監部 北吸(きたすい)
桟橋。海自では一番長い桟橋とのこと。背景
正面中央の山頂には五郎ヵ岳展望台が見えます。

この日は在籍13隻のうち12隻が停泊中とか。
珍しいそうです。左手前が補給艦「ましゅう」、
中央は護衛艦「みょうこう」、「あたご」、
「ふゆづき」

舞鶴港のクルーズ船です。この日は手前の後部
座席に搭乗しました。

<赤レンガパーク
:赤レンガ倉庫と赤レンガ博物館>


赤レンガの博物館としては日本唯一だそうです。
近くでレンガが作れることも水の確保とともに
明治期の軍港(鎮守府)指定の要件だったとか。

赤レンガ博物館二階窓から。右の2隻は
掃海艇です。

赤レンガの歴史、製法、組上法などが
丁寧に展示されています。

明治から軍港物資の保管に使われた赤レンガ
倉庫。明治期の映画のロケ地だそうです。
 

今どきのパソコン用TVチューナー -4代目の調達-

 先日7/28には、パソコン用USB接続テレビチューナーを新機種に交換しました。パソコン(PC)でテレビ(TV)を視るためにPCのUSB端子に接続する簡易なTV信号変換器です。ここ20年程、居間とは別に自分の書斎でもTVを視たり留守中に録画したりするために利用し重宝してきました。...