10/23には、舞鶴への帰省から横浜に戻ると早々に舞鶴在住の姉から美味しそうな産直のサツマイモ(甘藷)が宅急便で送られてきました。姉の友だちの旦那さんが自営の畑でつくられた手作りの産品だとのこと。ここでとれた季節の旬の野菜をいつも送ってもらい感謝です。
秋の夜長に、今年の夏の不順な天候の中で舞鶴の水で育った甘藷をじっくりと味わおうと思っています。
ここで、一句、
獲れたてが郷里(くに)から届く甘藷かな
きのけん 日頃の散歩路
2026年10月28日水曜日
舞鶴からのサツマイモ
2026年10月27日火曜日
インターネット句会のこと その2 ー1年間の使い心地ー
ここ1年余り、属する神奈川県現代俳句協会傘下の句会のひとつであるインターネット句会に参加しています。
夏雲システム(注)という、篤志家によって運営されている便利で使い勝手の良いシステムが使われています。IT企業の社員の方がボランティアで運営されている句会運営支援サイトです。料金もかからず無料で使えます。日本で唯一のシステムで、俳句愛好者にとっては大変有難い立派な社会貢献活動と感心しています。
機能の概要は以下の(注)の通りです。ネット上の句会設定から参加者による投句、無記名の投句一覧(清記表といいます)の提示、参加者による選句(特選1句、並線○句を選びます)、講評(選定理由などコメントします)、点盛(通常、特選2点、並選1点で句ごとに点数をカウントします)、その選句・講評結果の公表まで、一連の句会の段取り(ステップ)をこのサイトがワンストップでカバーしています。スマホ、パソコンからも利用可能で、移動先でも句会参加が問題なくできます。
伝統的に対面が原則だった句会ですが、コロナ禍を契機に、オフィスでのリモートワークの普及もあって、やむなくインターネットを使ったオンライン句会が一気に広まりました。
しかし、最近はオンライン句会の限界も指摘され始め、従来からの対面型のオフライン句会を補完する役割と見られ始めているようです。
先日も句会の後の懇親会で、これが話題となり、対面型の句会がフルマラソンとすると、オンライン句会は、フルマラソンの様々な問題を補う「ハーフマラソン」というところで、とってかわるのではなくお互い状況に応じて補い合うもの、対面句会を補助するもの、かもしれないというのが結論でした。
その場で先生からも、最近はオンライン句会は増えていない、むしろ対面型に変わるケースもある、とのことでした。オンライン句会が便利なのは、遠隔地からの句会に参加するメンバ、日程的に合わずその時間に参加できないメンバあるいは年齢や体調不良などで句会会場まで足を運ぶのに不自由なメンバ、忙しい現役世代、若い世代のメンバ、にとっては、オンライン句会であれば同じ条件で参加でき、オンライン句会は非常に有効な方法であることは間違いありません。
ただ、ここ1年間月一回のオンライン句会に参加して感じるのは、メンバの人となり、存在感、人物感が湧かない、というところです。このオンライン句会も20名のメンバが参加していますが、顔見知りなのは、たまたま他の句会で知り合った1人だけで、他の方々とは、出句や講評の内容を文字ではやり取りするわけですが、直接にはお会いしたこともお話したこともない 、というはがゆい、まどろっこしい状況が続いています。よく言われる、オンラインでは雑談、無駄話、サイドトーク、イフォーマルコミュニケーションが不足するとうい現象が、オンラインばかり長く続くと段々と現れてくるようです。オンラインでは、強く言わないし悪くもいわない、また無駄口もたたかない、という一般的な傾向で、形式的なやり取りになり勝ちで、新しいアイデア、思いつき、ちょっと変わった話が出にくい傾向があるそうです。
これを補うために、オンライン会議システムとして広く使われているZoomミーティングを夏雲システムと組み合わせて使うこともあるようですが、やはりハーフマラソンで対面には及びません。
最近では、一時期リモートワークに舵を切った企業での出社回帰(RTO:Return to Office といわれます)、在宅勤務推奨ルールの見直し、などが増えているそうです。
このように、趣味の世界の句会でもオンラインとオフラインのせめぎ合い、組み合わせによる補完、などが模索され始めているように、オンライン句会を1年間余り使ってみてあらためて感じさせられました。
(注)夏雲システムについて
2025年7月には俳句句会運営サイトとして広く普及している 夏雲システム について当ブログに以下のような記事をアップしていました。
インターネット句会のこと
2026年10月24日土曜日
三渓園藤棚下の投句箱のことー仲秋の三渓園再訪ー
日付が少々前後しますが、 10/16には、三渓園俳句大会に応募するために三渓園を再訪しました。今年は10/19が投句締切とされ、三渓園の風物を詠んだ俳句を園内の投句箱に投函することとなっています。子供から大人まで応募可能で小中学生の作品を表彰する部門もあります。(注1)
私が三渓園を訪れるようになって10年程たちますが、当初から園入口近くの大池の傍にある藤棚の下に置かれた鳥の巣箱のような木製の投句箱が気になっていました。なかなか風流な企画だなと印象に残っていました。
それから年月を経て、3年前から俳句を始め色々と経緯があって昨年暮れにたまたま横浜俳話会に入会することになりました。その事業内容の中に三渓園俳句大会の協賛が入っており因縁を感じたところでした。聞くと、俳句大会の裏方として募集から審査、表彰まで大会運営を主体的に行っており、多くの会員がボランティアで運営に協力しているとのこと。俳句大会ポスターにも「協賛 横浜俳話会」と入っています。
こんなこともあって、私は直接運営に係る立場ではありませんが、今年から俳句大会に応募することにした次第です。今回は三渓園に係る拙句4句をこの投句箱に投函してきました。まだまだ出来栄えに自信はありませんが、投句したからには結果を楽しみにしています。
帰路、折角でしたので、仲秋の三渓園を一巡してきました。紅葉にはまだ早く、雁、鴨などの渡り鳥は大池に幾つか辿り着いている、といった時期でした。
この日は、9,500歩コースでした。
ところで話は変わりますが、コロナ禍の中で2021年8月から始めたこの散歩ブログが、この記事で800件目の投稿になりました。始めて6年3か月経ちますが月13件ペースでなんとかこれまで続いたことに自分ながら驚いています。ブログの取材や撮影が出かける動機にもなり間接的に健康の維持には良さそうです。もうしばらくは気儘に続けてみようかと思っています。
(注1)三渓園俳句大会について
応募要領は下記の三渓園のホームページに公表されています。
https://www.sankeien.or.jp/contest/#haiku
(注2)横浜俳話会について
下記に関連する記事を先日2026年10月19日に当ブログにアップしていました。
横浜俳話会の俳句大会
《 三渓園俳句大会の投句函と大会会場の鶴翔閣 》
鶴翔閣。元所有者の生糸商人原三渓の居住宅でした。
毎年2月には観梅俳句大会の会場になります。
《 仲秋の三渓園あれこれ 》
10月末からの菊花展の準備が進んでいます。10/31~11/23に写真右側の小屋やテントで行われます。
修繕中の旧矢箆原家住宅その2_全景。屋根の茅葺が終わったようです。
大池に浮かぶ巴舟(ともえぶね)
半夏生の季節
2026年10月22日木曜日
東舞鶴湾 前島の散車ー前島埠頭の変化?ー
10/22の朝には、40年ほど前に東舞鶴湾岸を埋立てでできた前島を宿泊ホテルの自転車で一巡してきました。いつもの「散車」コースです。
前島の埠頭東岸には新日本海フェリーが運営する小樽-舞鶴便のフェリーポート、埠頭内部では一般市民向けの保育園、野球場、テニスコートなどが整備されています。
今回感じたのは、この前島が、本来の埠頭としても機能しているように見えました。これまで余り見かけなかった幾つかの貨物船や浚渫船などの工事船舶が北岸と西岸に接岸し、埠頭内でも荷揚げや積み替え作業が行われています。
港での物流の中継や港湾工事業務の一環としての埠頭ビジネスでも前島のさらなる活況ぶりも見たいところです。同時に市民に人気の釣り場としての利用ははもちろん続いてほしいところですが。
今回の帰省では、ホテルはビジネス客、観光客ともに活況のようで、私が延泊を予約しようとしても満室というケースをいくつか目の当たりにしました。結構なことと思いました。
因みに、昨年2025年10月末にもここを訪ねた時の記事を、当ブログに以下のようにアップしていました。
秋の舞鶴帰省と墓じまい
この日は、5,800歩コースでした。
2025年12月には、この遊覧船で舞鶴東港のクルージングをあらためて経験し当ブログに下記のような記事をアップしていました。
東舞鶴の見所スポット半日巡り
2026年10月21日水曜日
最後の中学同期会と帰省あれこれ
10/21には、傘寿1年前、卒業64周年の舞鶴市立白糸中学校37期卒業生同期会が郷里の舞鶴で行われ参加してきました。
参加は49名でした。我々は終戦直後の昭和22年(1947年)生まれで、出生児が急増したベビーブーマと呼ばれ、いわゆる団塊世代初年の年代でした。1学年12クラス、50名程/クラスでしたから600名/学年のうちまだ元気な8%が参加したことになります。
会場は東舞鶴湾岸沿いのホテル ベル・マーレでした。この同期会はここ3回ほど10年ごとに開催しています。いくつになっても懐かしい仲間との再会の連続でした。
聞くと、80歳直前になり、皆持病をいくつか抱えながらも元気なうちにしたいこと、すべきことをしておきたいといった心境の面々だったように思いました。10年ぶりの再会で、はじめは面識もあやふやですが、会の終わり頃には今とかつての面影が段々と繋がり納得してスムースに話ができるようにモードが変わります。これがいずれの同窓会でも見られる、開始時点と終了時点で大きなギャップを感じる独特の雰囲気の変化のように思っています。
この参加人数であればでしょうが、全員がクラスごとに演壇に上がり一人一人が短くしゃべる/聞くこともでき、また余興として長年の熟練者による尺八やサックスの演奏もあり、で盛り沢山で和やかな会でした。
同窓会のスピーチの中で、学校名にある「白糸」の由緒について、「この近くでは昔ソーメンが多く生産されていたことから「白糸」の名前が、白糸濱神社、白糸中学校、(今はありませんが)海軍御用達の料亭「白糸」などに使われた」、という説をあたらめて紹介してもらいました。
一次会のあとも近くにある、同世代の経営する馴染みのスナックで二次会を楽しみ(久々に誘われて「青春時代」を歌いました)、雨の中名残惜しみながら散会しました。
同窓会の前には会場近くにある現在の母校の中学校校舎やその前にある地域の氏神さんの白糸濱神社にも立ち寄りました。中学校では丁度授業中で一巡できました。建屋は大きく変わりましたが、校舎入口に置かれた学校のモットー「常に新たに」を刻んだ石碑は変わりません。校庭はもっと広かったというイメージが残っていますが、昔思った以上に今は小さく見えるということはよくあることです。
この日は、6,800歩コースでした。
《 最後の中学同期会・母校と周辺の様子から 》
右奥の高いビルが同期会会場のホテル ベル・マーレ。東舞鶴湾岸にあります。正面奥が東舞鶴湾で山並みのさらに奥が若狭湾です。
会場カンバンから
会場正面から
前島から寺川越しに見た東舞鶴湾岸。右奥の高いビルが会場のホテル ベル・マーレです。東舞鶴で規模の大きな同窓会というと大体ここが会場になります。湾岸の高いビルはいずれもホテルでこのところ経営は好調だとか。
現在の母校 白糸中学校の正門から。正面の「常に新らし」の石碑は変わりません。
ネットの中の校庭もよく整備されていました。
校舎正面から
中学校前にある地域の氏神さまの白糸濱神社。街中にも多くの幟をみかけ例大祭の直前のようでした。中学生の頃には、この右側に奉納相撲のための屋根付きの土俵がありました。
例大祭の幟から。幾人かの友人も幟を寄進していました。
因みに、与保呂の水源地については、2024年4月に観桜に訪ねており、当ブログにも下記のような記事をアップしていました。
「与保呂の水源地」での祇園しだれ桜
《 先祖の墓参りから 》
昨年12月に改葬してこちらの永代供養墓に納骨しました。
墓近くの杉の苔から
墓地のある愛宕山の中腹から東舞鶴市街と背景の青葉山(この地域の最高峰です)。この時には雲海ができていました。青葉山の奥は若狭湾になります。
《 四条の実家跡地の建築現場から 》
実家跡地には、土地の買主によって5階建マンションが建設中です。
工事現場全景。四条通りから。
現場前から奥の東舞鶴港。手前は左右に走る八島通りにある八島商店街のアーケードです。前後が四条通りです。
《 東舞鶴駅前から 》
舞鶴の散歩道
《 帰省往路から 》
舞鶴からのサツマイモ
10/23には、舞鶴への帰省から横浜に戻ると早々に舞鶴在住の姉から美味しそうな産直のサツマイモ(甘藷)が宅急便で送られてきました。姉の友だちの旦那さんが自営の畑でつくられた手作りの産品だとのこと。ここでとれた季節の旬の野菜をいつも送ってもらい感謝です。 秋の夜長に、今年の夏の不...
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長く地元で行きつけの飲み屋のひとつになっていた「養老の滝 蒔田店(まいた)」が29年間の営業を3/20で終了することになったことを知りました。市営地下鉄蒔田駅前に入居するビルの取壊し計画が具体化したこととコロナ禍以降の諸物価の値上がりで経営が急速に厳しくなったことが原因だそうで...
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