3/3は横浜では終日雨で、たまたま出かける途中のバス停で並ぶ小学5~6年の男の子が、変わった楕円形の傘をさしているのに気が付きました。
一見、写真で小学生は黒い傘と青い傘を重ねて指しているように見えますが、これがひとつの傘です。背負うリュックがすっぽりと傘に覆われています。最近はリュックを背負って移動する人が増えましたが、雨の時にはリュックに思いのほか雨水が染み込み中の資料や本が濡れてしまうことがあります。私も何度か経験しました。
本人に聞くと、学校の同級生では流行っている、とのことでした。小学生も大きなリュックを担ぐ姿を見ますので、どうも、雨天の時の困りごとを解決する新製品だったのかもしれません。リュックの中が濡れて困る親の気持ちもわかります。
また、この製品は、前のひとつの三角部分が透明のビニールになっていて前もよく見える機能付きです。これは以前から見かけたことがありますが、いろいろと組み合わせるなど、傘の業界も新しいニーズを探されているなと感じました。
きのけん 日頃の散歩路
2026年3月3日火曜日
ちょっと変わった新型の傘
2026年3月1日日曜日
三渓園隣の上海横浜友好園
2/22には、三渓園に向うのに、いつもの桜木町駅からバスで三渓園正門から入るのではなく、根岸駅から三渓園南門から入るルートにしました。地元本牧在住の知人から、入口までの歩きが若干少ないと聞き、安易にも今回このルートにしてみました。
三渓園南門に行く途中の崖の下に上海横浜友好園があり、現地に早めに着いたため久々に立ち寄ってみました。隣の純和風の三渓園とは趣がガラッと違って、蓮池に、蘇州、杭州、上海などに伝わる中国江南の伝統的な建築様式の庭園建築が並びます。創建120年の三渓園とは隣接しますが全く別施設で、本牧市民公園の一画にある比較的新しい施設とのこと。
上海横浜友好園は、横浜市と上海市の友好都市提携15周年を記念して1989年(平成元年)に整備された庭園・建築です。横浜市制100周年や横浜開港130周年の記念事業の一環として、上海市から贈られたそうです。その後、令和3年(2021年)に改修工事が完了し、再び一般に開放されているとか。
昨今日中関係は様変わりしていますが、はやくこの友好園創設の頃の関係に戻ってほしいものです。
2026年2月28日土曜日
三渓園の梅模様ー臥龍梅と横笛庵ー
2/22には観梅俳句大会の始まる前に急ぎ足で園内を一巡しました。作句のための軽い吟行でもあります。
ここの臥龍梅(がりょうばい)は評判で、地元で臥龍梅というと「三渓園の…」となります。俳句でもよく詠まれます。
ここで、一句、
臥龍梅地を這う龍の 目覚めかな
臥龍梅歳重ねど空にらむ
もう一つ、この日は園内の茶室の横笛庵と前の白梅の取り合わせが良いことに気が付きました。これまで古風な小屋として見過ごしていました。
梅の時期もなかなかの見所の多いところだとあらためて認識した次第です。
この日は、10,300歩コースでした。
2026年2月26日木曜日
第50回三渓園観梅俳句大会に初参加
2/22には、三渓園で第50回三渓園観梅俳句大会が催され俳句ファン80名程(ほぼ男女同数でした)が集まりました。
この日の三渓園は梅は満開で好天の花見日和でした。この大会のこれまでの長い歴史では、寒い日や雨に降られた日が多いそうで、こんな好条件は珍しいそうです。
会場は園内で一番大きな古民家の鶴翔閣で、もともと生糸貿易で財をなした飛騨出身の原三渓(富太郎)と家族の住いだった茅葺屋根の屋敷を借り切っての開催でした。といってもこの句会の主催が三渓園の管理団体(三渓園保勝会)と横浜俳話会ですので、自前の施設を使った企画ということになります。
私の属する俳句結社の主宰が今年から横浜俳話会の役員を引き受けられたことから、結社メンバに参加要請があり初めて参加した次第です。
投句に当たって参加者に指定される兼題は「嘱目」一句で、その場で実際に自分の目で見た光景を題材にして一句を詠むことになります。10時半から投句用紙が渡され、園内を周遊などして作句して、投句の締め切りが12時です。その後、選者による選句が始まり、その間に併行して来賓挨拶、講演が行われます。投句の集約が終わると句稿として印刷して参加者全員に配られ、今回は予め指名された選者の選句が披露され(披講)、点盛、集計が行われ順位が決まっていきます。招待客が自身の選句の趣旨を披露し(講評)、その後上位者の表彰と続き16時半頃までの長い大会です。これが一連の俳句大会の進行でした。これは、参加人数の多少に依らず小さな句会と同じで、淡々と公平に行われます。
この日の私の投句は
梅が香や三重塔天を突く
で一人の選者の並選(1点)をいただきました。
印象としては、観梅吟行の中でも多くの参加者が梅以外を題材にして詠まれていること、しかも臨場感を細やかに詠まれていることに、嘱目とはこういうことかとあらためて感心しました。
この日は、園内の投句箱にここ1年に投句された作品についても表彰されていました。これを機に投句箱にも随時投句したいと思うところでした。
鶴翔閣での句会風景。投句箱俳句入賞者には
小学生もいました。
鶴翔閣前の大池では亀たちが春の陽射しに
甲羅干し中でした。
会場入口
園内を会場に向かう途中の内苑で
鶴翔閣は原三渓の住まいでした。三渓園は
今年で開園120周年とのこと。園内を会場に向かう途中の外苑の梅。満開でした。
会場の鶴翔閣全景。古風な大屋敷です。
2026年2月25日水曜日
保土ヶ谷公園の梅園
2/24には、初めて県立保土ヶ谷公園の梅園を訪ねました。ここは、高校野球、インターハイなどスポーツの県大会などの開催場所となる運動公園で地元ではよく耳にしますが、季節の花木も楽しめる総合公園でもあります。保土ヶ谷駅から15分程のバスで梅園の前にたどり着けます。
この日は、すぐ隣の河津桜並木が目立っていましたが、二日前の2/22にここで梅まつりが行われ多様ですので、梅としては遅咲きの若木の梅園で、今年の開花時期も例年より遅れているようです。
2026年2月24日火曜日
いまどきの山形風芋煮会
2/22には、関係する社会福祉施設の横浜市柳町地域ケアプラザが地元住民との交流を図るために企画する「柳町の芋煮会」に参加してきました。
施設は京急線金沢八景駅から南に15分程歩いた六浦川沿いにあります。
今回が初めての企画だそうで、いろいろ検討した結果、炊き出し形式の芋煮会とし、この日は200食を準備し完売をもって終了するということで、地元の家族ずれやお年寄り仲間が多く集まって交流の場になっています。こういった地道な活動が、円滑な世代間、年齢によらず健常者と身体の不自由な人たちとの地域での共生のためには大事なことと思っています。
この芋煮会の芋煮の作り方で、今ならではの変化を感じました。
施設所属の栄養士の話では、芋煮を造る際に、本場でも専用の調味料を使って芋煮の出汁をとることが定着している、とのことでした。私は学生時代を含め社会人になってからも何かと仲間で芋煮会をすることがよくあり、今回も何かの因縁かと思っていました。ただ、これまでは、芋煮の味付けは、そのとき集まった中で味に覚えと自信のあるメンバがおもむろに醤油と砂糖だけを使ってすることが常でした。いわゆる鍋奉行のようなものです。出汁は、山形風は牛肉、宮城風は豚肉、里芋、葱や牛蒡などの野菜の具から取るものとばかり思っていました。しかし、今回は、評判の山形風芋煮用の出汁「味マルジュウ」(注)があってそれを使ったとのこと。芋煮の味にも鍋ごとの個性がなくなりつつあることを感じました。これもご時世でしょうか。勿論、しっかりと濃厚な芋煮の味でした。
また、山形風は牛、葱、牛蒡、コンニャクだけで作ると聞いていましたが、今回はニンジンや舞茸などが入っていました。これも今流かもしれません。
この日は、8,300歩コースでした。
平潟湾。会場の横浜市柳町地域ケアプラザは、
平潟湾に注ぐ六浦川沿いにあり、行く途中に
金沢八景駅から平潟湾の沿道を散策しました。
芋煮会の帰りに通りかかった臨済宗
建長寺派の昇天山金龍禅院に寄り
ました。墓地内にある枝垂れ梅が
満開で近所の方々が三々五々訪ねて
「味マルジュウ」 は、山形県の老舗醤油蔵 丸十大屋(まるじゅうたや) が造る、だし入り醤油(だししょうゆ) の定番商品です。単なる醤油ではなく、鰹節(かつおぶし)、宗田節、鯖節(さばぶし)、煮干しなど国産の素材からとった一番だしをたっぷり加えてある風味豊かな調味料です。だしのうまみがしっかりきいているので、薄めても風味が抜けません。 里芋や牛肉で作る山形の郷土料理「芋煮」の味付けにぴったりとして地元でも愛されています。 (関連HPから引用、編集)
早くも河津桜@保土ヶ谷公園
2/24には、翌日から雨模様との予報もあり、今年の梅の見納めにと県立保土ヶ谷公園に観梅に出かけたところ、はからずも梅園の横の河原で早咲の河津桜を見かけました。丁度満開に近い咲き具合で、幸運でした。神奈川では三浦海岸や松田などでも河津桜並木が、東京から見て河津よりは交通の便が良いこともあるのでしょうか最近よく話題になります。
保土ヶ谷公園は、東海道線保土ヶ谷駅西口から星川行バスで15分後乗ったところにあり、春夏には高校野球の神奈川県の予選が連日行われ、「高校野球のメッカ」ともいわれます。ほかにもサッカー場、テニス場など各種のスポーツ施設のある総合的な運動公園ですが、高台の広い敷地には、季節の花木も植栽されて人気のスポットでもあります。
最近は早咲きの河津桜を本場の伊豆の河津以外でも見かけることが増えました。日本人の初物好きが、終戦後に植樹された桜の後継種として河津桜が植栽されることがあるのかもしれません。
ここでは2日前の2/22には梅まつりが行われたそうですが、梅と桜の競演でした。
ここで一句、
梅東風や早咲き桜を吹き流し
2026年2月19日木曜日
奄美の「たんかん」
2/18には、奄美大島の名瀬に住む従姉妹から今が旬のタンカン(注)を60個ほどいただきました。自宅で獲れたものだとか。羨ましい庭です。
外皮が薄く、実は酸味が少なくみずみずしくて風味があり濃厚な甘みのミカンです。切るだけでジュースが滴ります。
昨年1月末に訪れた奄美大島を思い出しながら、じっくりと味わいたいと思います。滞在中にスーパーで山積みになって売られていたのを買い求め、そのみずみずしさに驚いた記憶があります。訪問中に何度か食べた地の食品「鶏飯」(けいはん)の風味付けなどに使われるとは。
箱の底にはクッション代わりに新聞紙が入っており、奄美の新聞「南海日日新聞」2日分が敷かれていました。ついついじっくりと読んでしまいました。市長選が無投票だったとか。
ここで、一句、
タンカンや箱いっぱいの名瀬の春
底に敷く地元新聞春の海
因みに、奄美を訪ねた時の様子を、当ブログに以下のような記事でアップしています。
初めての奄美大島その1ー倉崎海岸・奄美クレータ
(注)タンカンについてタンカン(桶柑、短柑)は、ミカン科の常緑樹。ポンカンとネーブルオレンジの交配種で、酸味が少なく濃厚な甘みが特徴である。
概要:
タンカンには「桶柑」(タンカン、台湾語:タ̣ンカㇺ)の字があてられており、中国で行商人が木桶で持ち歩いたことが由来とされる。
中国広東省が原産地で、1789年に台湾北部の新荘に導入された。日本には1896年(明治39年)頃に台湾から奄美大島を始めとする南西諸島へ移植された。1929年(昭和9年)頃に本格的な栽培が始まった。
現在の主な産地は中国広東省、福建省、台湾中・北部、日本の鹿児島県の屋久島、奄美大島などと沖縄県である。
花期は4月頃、収穫時期は1、2月で、冬の果物である。
利用:
果実を食用にする。ポンカンやネーブルオレンジと同じく、外皮は1~2mmと薄く瓤嚢(じょうのう:半月形の袋)の膜が柔らかく、難なく食べることができる。果肉はオレンジ色で柔らかく多汁、酸味は少なく甘味に富み風味が良い。
加工食品:
果皮は、奄美大島では刻んで薬味として用い、奄美料理の鶏飯の風味付けなどにも使われる。また、オレンジピールの様に、砂糖で煮て菓子にすることもできる。奄美大島ではタンカンの果肉を奄美黒糖焼酎に漬け込んだリキュールが「たんかん酒」の名で製造販売されている他、家庭でも作られている。(関連HPから引用、編集)
杉田梅まつり2026
2/15には、杉田梅まつりの最終日で、好天の中近くの妙法寺を再度訪ねました。1週間前に比べると梅の開花は進んでいましたが、全体的には5~7分咲きくらいでした。前回とは大違いで、参道、境内の人出、本堂前の廊下と階段で行われるステージ、お呈茶席、地元店の売店やキッチンカーなどで大賑わいでした。地域に密着したまつりだな、と感じました。
たまたま訪れた時のステージは、未来太鼓道場による和太鼓と横浜芸妓組合の芸者衆による横浜の歌と踊り、でしたが、他にも里神楽・神代神楽研究会による「神楽」七福神や臨済宗建長寺派の禅僧バンドによる演奏や慶大詩吟サークルによる詩吟、津軽三味線、地元小学校・中学校の演奏など多彩でした。
後ろにある牛頭山にも登り梅並木の横の茶店で仕入れた団子をほうばりながら、見渡せる今の風景と歌川広重も「杉田の梅」で残した浮世絵とを見比べながら、同じ地形にかつての杉田梅林をイメージしました。牛頭山山頂から海側、山側の風景を描いた「武州杉田の梅林」、「杉田の梅」の絵も残しており、様変わりしたものの、今の地形と符合します。
また、途中、メジロが多く飛び交うのもみかけ、ついつい多くの衝動写真を撮っていました。
この日は、9,600歩コースでした。
ちょっと変わった新型の傘
3/3は横浜では終日雨で、たまたま出かける途中のバス停で並ぶ小学5~6年の男の子が、変わった楕円形の傘をさしているのに気が付きました。 一見、写真で小学生は黒い傘と青い傘を重ねて指しているように見えますが、これがひとつの傘です。背負うリュックがすっぽりと傘に覆われています。最近...
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