9/1〜7頃には前庭に植えた風船葛(かずら)の風船が茶色、褐色に変色し種子の収獲時期に入りました。写真には撮り損ねましたが、収獲中には茎に10cm程のカマキリを見かけました。
今年は水を絶やさなかったせいか豊作で風船の数もサイズもここ数年では最大のようです。
採取した種子で、また来年も植生しようかと思っています。
そこで、一句、
鈴なりの風船葛もらう涼
カーテンの風船葛散歩道
きのけん 日頃の散歩路
2026年9月9日水曜日
風船葛の収獲
2026年9月6日日曜日
アムステルダム発祥の「リペア・カフェ」のことー消費者の「修理する権利」ー
9/6には、JR新杉田駅からシーサイドラインで1駅目の南部市場駅前にあるブランチ横浜南部市場の自主上映会「市場deシネマ」に参加してきました。市場内のNANBU BASEという共用施設で2月に1回程のペースで開催されます。館長は市場内の鮮魚卸売店の店長さんです。観終わったら、シェアタイムという、観客一人ひとりが感想を言い合い、皆で共有するというオプションがあります。私は、食品ロス低減を目指して「市場deシネマ」ができた頃からあれこれ20年程通っています。
今回の上映はアムステルダム在住のクリエイティブディレクタ瀬沢正人氏が総指揮して制作した「リペア・カフェ(The Repair Cafe)」(2024年作品)でした。30分の短編ですが説得力のあるドキュメンタリでした。内容や背景は下記(注)の通りです。
アムステルダムには40〜50の「リペア・カフェ」があるそうです。オランダ発祥だそうで公会堂などの施設を使ったボランティア活動の一環として定期的に無料で様々な品を修理する会(カフェ)がもたれているそうです。最近では、「リペア・カフェ運動」がEU諸国に広がり3,000~4,000程の会が活動しているとか。それぞれの会のネットワークや連携も進んでいるとのこと。この動きが元になって2024年7月にはEUで消費者の「修理する権利」が規定され、消費者が製品の修理を簡単にできるようにするために「製品の修理を促進する共通指令」が施行され、テレビ、掃除機、携帯電話など11種類の家電について、購入から最大10年間、メーカが修理サービスの提供を行いうことが義務付けられました。
製品の設計段階からごみが出ることを防ぎ、資源を高い価値を保ったまま再利用して循環させ、自然を再生していくサーキュラー・エコノミーの推進する上で、最小限のエネルギで製品の寿命を延ばす「リペア」は重要なカギとなることが、6つの事例(ネックレス、パンツ、掃除機、スピーカ、自転車、オモチャなど)で、うまくリアルに表現されていると思いました。
EUの共通指令施行と同じ2024年7月には日本でも、サーキュラー・エコノミーに関する関係閣僚会議が開かれ、リペアを通じて地域活性化やライフスタイルの転換の必要性が議論されているとか。
こういう動きは、欧州のみならず、日本でも拡げる必要があるように思いました。商品が高機能化、複雑化しているので「修理しにくい」現状もあり、修理が難しい分野もありますが、一時期言われた日本発の「モッタイナイ」の再興でしょうか。
映画の中でも「新しく買わないことが勝利なんです」、「モノ以上のものを修理している」、「地球の健康状態を示すプラネタリバウンダリが限界を迎えつつある現代では修復や再生を通じて消費を減らし持続的な社会を築くための変化がこれまで以上に必要になっている」、「シニア世代には修理しながら使いたいものが周りに多い」などの会話/メッセージが印象に残りました。
上映後のシェアタイムで観客の一人が言われていたことで、「モンゴルでは、交通事情が広大で(日本のJAFのような)駆け付け保守が難しいため、運転免許科目に修理技術を含めてある程度の修理はドライバ自身でできるようにしている」と言われていました。リペア・カフェをさらに進めると、修理しやすい製品を作る、さらにその先には、消費者自身の修理技能を上げることも分野によっては必要なのかもしれません。ある意味ではネットによる修理ノウハウの共有による、高騰化した修理ビジネスの一般市民による「民主化」(低価格化・価格破壊と利用者の拡がり)の動きと見ることができるかも知れません。
関連するドキュメンタリ「リペア・カフェ」特設ホームページは下記の通りです。予告編などがあります。
直すのはモノだけじゃなかった|映画『リペアカフェ』公式

映画「リペア・カフェ」のチラシから
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(注) 映画「リぺア・カフェ」について (関連HPから引用・編集)
・映画の概要
「修理したいのはモノだけじゃなかった。」
お店では修理を受け付けてくれない壊れた家電や服、自転車など、あらゆるものを地域のボランティアが無料で直してくれる、
オランダ発祥のリペア・カフェ。実は彼らの役目は、モノを修理するだけではない。
離れ離れになった家族の「思い出」、疎遠になりつつある地域の「コミュニティ」、
捨てることを前提に成り立つ消費社会の「システム」…
リペア・カフェにはどのような人とモノが集うのか?壊れかけた「モノ以上のもの」を直す人々の物語がここにある。
・あらすじ
映画『The Repair Cafe』は、オランダで生まれた「リペア・カフェ運動」を追ったドキュメンタリー。
その制作背景を紹介します。
あなたの周りに眠っている、壊れたままのものはありますか?
ほつれたニット服、ひび割れたタブレット、小さい頃に遊んだおもちゃ……それぞれに思い出やストーリーがあるでしょう。
しかし、大量生産・大量消費が前提となる社会では、私たちは、気付けばモノが壊れたら新しいものに買い替えるのが当たり前になっています。お店で修理を頼むよりも新品を買う方が安かったり、自分で修理するのが難しかったりすることもあります。
そんな壊れた家電や服、自転車など、あらゆるものを地域のボランティアが無料で直してくれる場所があります。
その名もRepair Cafe(リペア・カフェ)。
IDEAS FOR GOODが贈る、初のオリジナルショートドキュメンタリー『リペア・カフェ』は、そんなリペアカフェ発祥の地であるオランダ・アムステルダムを舞台に、彼らの活動に密着。その中で生まれたコミュニケーションから、私たちの身の回りにあるモノと人との関係性や、真の豊かさを見つめ直します。
・ディレクタ瀬沢正人氏からのメッセージ
アムステルダムのリペア・カフェを初めて訪れたのは、2022年秋にオランダを旅行しているときのことでした。そこに来ていた車椅子のおじいさんが取り出したのは古い壁掛け時計。故障を調べている修理人を見たとき、「彼らが本当に直しているのはモノだけではなく、思い出なのかもしれない」と私は考えました。
一年後、アムステルダムで暮らし始めた私はリペアカフェでの撮影を開始しました。すると「思い出」だけではなく、孤独が問題となる都市の「コミュニティ」や、競争と消費が無限に拡大していく「社会のあり方」など、多くの「モノ以上のもの」を彼らは“修理”しようとしていることに気付いたのです。本作品では、そうしたリペアという営みから生まれる多様な価値を映そうと試みました。
制作中、私もリペア・カフェに影響され、画面の割れたスマホや壊れた腕時計を自分で修理しました。修理という行為には、創造力が試されます。そして、修理をしたら「3年前に買った型落ちのスマホ」が「自分が修理した大切なスマホ」に変わりました。リペア・カフェで出会った人たちは、今では大切な友人になっています。
この作品が、自分の身の回りのモノへの見方が変わったり、モノにまつわる誰かのことを思い出してもっと大切に思えたりする、そんなきっかけになれたら幸いです。
関連URL:直すのはモノだけじゃなかった|映画『リペアカフェ』公式
予告編: https://repaircafe-movie.com/
https://ideasforgood.jp/documentary-repair-cafe/
https://www.cinemo.info/137m?fbclid=IwcGRvZgFleHRuA2FlbQIxMABicmlkETFWTHdjYkUySXNNWFFmTTlHc3J0YwZhcHBfaWQQMjIyMDM5MTc4ODIwMDg5MgABHrN8-cWfTbPCpDGM_VpiAKCCK7G5igCsuChGJBgbwrg0SnGtsLSkNCTzGyrx_aem_N4UODq6qb-fUTQs8nLchMg
2026年9月5日土曜日
地元神社での奉納盆踊り
横浜市港南・笹下の総鎮守 天照大神宮(天照大神) の奉納盆踊り大会が、9月5〜6日に秋季例大祭に合わせて2日間開催されました。 天照大神宮は自宅から歩いて5分程の高台にあり社も見えます。夕方からは盆踊りの曲やアナウンスが表の港南桜道に響き、ついつい誘われます。初日には町内会の協力で境内には6~7店の夜店も出て、子供達で賑わいました。
9/5は、終了直後から雨が降り出し、ラッキーでした。9/6は雨模様の予報です。
因みに、2023年9月4日にも秋季例大祭の様子について当ブログに下記のような記事をアップしていました。
地元での天照大神宮秋季例大祭
ご時世でしょうか、女性の宮司さんです。
曲が進むごとに舞台の踊り手に加えて周りの参加者も増えてきました。
2026年9月2日水曜日
舞鶴実家跡の活用の開始 その5
郷里舞鶴四条にあった実家跡地の活用事例として、8/27時点での5階建マンション建設の様子が姉から届きました。この地区の変化に繋がりビジネスとしてもうまく回ってほしいという思いから、他所事ながら気になり様子見を続けています。
前回(同上その4、下記) 地下の基礎工事段階で林立していた鉄骨が役割を終えたのか、間取りの壁の部分だけになり短くなっています。これから一階ごとに積み上げていくようです。また、表(写真手前)の四条通り側はエントランスか駐車場のスペースのようにも見えます。
そのうち分かるのでしょうが、段々と間取りが単身者向きなのか、家族向きなのか、その組み合わせなのか、にも興味が出てきます。この区域の長期的なコンパクトシティ化志向なら家族向けの間取りでしょうし、当面の回転の速い顧客がターゲットなら単身者向けのワンルームになるように思います。数年前お世話になった地元の不動産業者が駅前に建てられたのは確か5階建てのワンルームマンションで竣工直後全室埋まったと言われていました。
もうしばらく工事の推移を見守りたいと思っています。
先回には8/8時点の工事現場の様子を下記のように当ブログにアップしていました。
舞鶴実家跡の活用の開始 その4
敷地の北側です。鉄筋が間取りの境界だけに立っています。
(姉撮影の写真引用、以下同様)
2026年9月1日火曜日
来春開園の市営舞岡しぜん墓園のこと
先日市営地下鉄で移動中に舞岡で建設中の市営墓地で新たな個別の墓地区画の公募が始まったことを知りました。私も5年前に同種の公募に応募し、日野こもれび納骨堂の1区画を確保し(30年の賃借契約です)昨年末に納骨した経験から、今度はどういう形式の墓地の公募かと、興味がそそられました。
舞岡は最寄りの地下鉄駅の港南中央駅から北に3つ目の駅ですぐ近くになります。今回は、以下のような公募内容でした。
1. 公募名: 舞岡しぜん墓園(新設)
2. 開園・使用開始時期: 令和8年度末(令和9年4月~使用開始予定)
3. 公募の狙い: 高齢化と需要増加への対応: 横浜市民の高齢化に伴う墓地需要の高まりに応えるため。多様化するお墓のニーズの受け皿: 「墓じまいの心配がないお墓を望む」「継承者がいない」「自然に近い形で眠りたい」といった市民のニーズ変化に合わせ、樹木葬や合葬式墓地など多様な形態を提供。
4. 場所: 横浜市戸塚区舞岡地区に整備中の新しい市営墓地
5. 特徴:
・自然調和型の公園墓園: 豊かな緑地や自然景観を生かした「公園型墓園」として整備。
・多様な供養形態: 従来の普通墓地に限らず、樹木葬墓地や合葬式墓地などを備え、継承問題に配慮した設計。
・安心の公営管理: 宗教不問で利用でき、横浜市が経営管理するため永続性・費用の面で安心感がある。
6. 公募墓地区画の種類:
・芝生型納骨施設:6,000区画
・合葬式樹木型納骨施設:2区画(1,500体)
・合葬式樹林型納骨施設:1区画(1,500体)
・合同埋蔵墓(将来設置予定):1区画
7. 公募申込期間: 9月1日~9月30日(今日からでした)
8. 申込資格: 3ヶ月以上継続して横浜市内に住民登録があること、など
(市の以下のHPから引用)
舞岡しぜん墓園(旧(仮称)舞岡墓園)について 横浜市
芝生型納骨施設イメージ
(同上のHPより引用)
合葬式樹林型納骨施設イメージ
(同上のHPより引用)
このところの日野公園墓地における日野こもれび納骨堂と今回の舞岡しぜん墓園の内容、そして郷里舞鶴で明治期来の墓地の変化、近所の寺での最近の墓地造成の様子、などをみると、これからの地域の墓事情、主な選択肢が見えてくるように思いました。
因みに、横浜日野こもれび納骨堂については、先月8/14,15に墓参りをした折の様子を、当ブログに以下の記事をアップしていました。
今どきの納骨堂での墓参り
また、近所の乗願寺での墓地造成の様子を、宗教法人での一事例として2026/8/21に当ブログに下記のような記事をアップしていました。
もう一つの先祖の霊の埋葬方法
2026年8月26日水曜日
句会の再編と引き継がれる五つのモットー
7月末に昨年12月から参加している俳句句会が再編されるとの通知を受けました。現在4つの句会に参加していますが、この会は2007年に発起人5人で横浜に発足し19年目になり、私には歴史ある刺激の多い句会です。会員は米子、大阪、高松、栃木、南房総等の地方支部を含めて70人程です。この間、月1回の句会と季刊の会誌を発行し、神奈川でも個性的で活発な俳句の結社のひとつとなっています。
ところが、今回の主宰からの通知では、来年1月発行の第80号の会誌をもって会Aの活動を終了する。これまでの句会、会誌発行、ホームぺージの運用等の活動は、新しく設立する同人団体Bに移行する。このため会や会誌の名称は変わり、これまでの主宰制ではなく同人制とするため運営方法は多少変わるが基本路線は継続していく、とのことでした。直接にはAの主宰の最近の体調不良が原因ですが、他の発起人やキーパーソンの体調不良や急逝、会員の高齢化、退会などが背景にあるとのことでした。Bの代表に予定されている方はもともとAの事務局で中心的に活躍されていた方で70歳、5~6歳若返ります。私もこの方の紹介で入会した経緯があります。ここでも世代交代です。結社にはこうやって2代、3代、4代と継承されて続くケースを他にもよく耳にします。句会Aの主宰は事前に運営関係者と今後の運営について随分と相談されたそうですが、今回は後継者も育てられ引き際の良い句会Aの終結宣言だったと思います。主宰は終会後は同人Bの顧問となられ、希望があれば会の運営とは別に作句指導はされるそうです。
具体的には、Aには創設以来5つのモットーがあり、この方針のもとにこれまで運営されてきたが、今後新設のBにおいても基本的にはこのモットーが引き継がれる、とのことでした。そのモットーは以下です。
1) 集う者それぞれの個性、多様性を尊重する.
2) 集う者それぞれの同時代的態度を尊重する
3) 集う者それぞれの濁りなき感性を尊重する
4) 集う者それぞれの淀みなき発想を尊重する
5) 集う者それぞれの楽しい空間を尊重する
このモットーの通り、句会では自由律、川柳、回文、一行詩を受け入れてきたそうです。
ついては、A会誌終刊に先立ってAからBに移行するかどうかの会員の意向をアンケート形式で回答してほしいとのことでした。
その後アンケート調査が行われ、先日の話では60人ほどがBに移行するとの回答があったそうです。Bの存立の要件を満たしたとのことで、AからBへの再編の見通しが立ったようです。主宰には、長く俳句界を変えるために全国レベルで尽力され、個性的な指導ぶりや丁寧で長文の鑑賞などで実績をあげてこられたことに心より敬意を表したいと思います。
この一連の再編の動きのなかで感心したのは、五つのモットーでした。本来なら入会時にしっかり読んで吟味し納得してから入会すべきものですが、誘われて余り読まずに入会手続きをしてしまい、実はこのモットーを見るのはこの再編のときに初見でした。ただ入会当初から紹介者からも「自由闊達な会、出句作への講評は厳しいが時間をかけて丁寧に全句を講評・添削してもらえる会、主宰のみならず参加者がお互い思うところははっきり言う会、句会後には定常的に近くで懇談会をする会、・・・」とは聞いていましたので、そういうと日頃の句会の運営は確かにこのモットーに則って行われていたな、と後付けながら納得した次第です。
それにしてもこのモットーは文面の良さもさることながら、5項目とも「 集う者それぞれの・・・を尊重する」とうたわれ、内容も会員本位であり包摂的で素晴らしい考え方と思いました。当時の俳句界に飽き足らない若手有志が発起人として結集したと聞いています。当時の結成の志と意気込みが伝わってくるようにも思えます。
このモットーにそえるように及ばずながら日頃作句に努めなければと、来年1月からの新設Bの一会員としてあらためて思ったところでした。
因みに、Aの句会参加については、2026年1月に当ブログに下記のような記事をアップしていました
新しい句会での新年句会と神奈川宿
これまで19年間句会(A)会場となった横浜市幸ヶ谷集会場
横浜駅北口北東方向に歩いて15分程の広場の一角にあります。
2026年8月22日土曜日
親父譲りのフェルト帽と舞鶴での同窓会
この夏には、ついつい親父譲りの夏向きのフェルト生地のフェドラ帽を、涼し気なところに惹かれよく使いました。舞鶴の実家を整理する際に、親父が使っていた様々な形の10個ほどの帽子を横浜に持ち帰りました。しばらくは余り使うこともなかったのですが、年齢もあってか、最近は、帰省や墓参り、法事など親族の行事、舞鶴や関東での中高の同窓会などには機会をみて敢えて使うようにしています。写真奥のべージュの帽子には内側に「59.5」と墨で書かれ1959年5月に購入したようです。舞鶴の実家では新調した物についてはすぐに購入日付と名前、住所を大き目に書く習慣がありました。置き忘れた時の紛失の予防です。67年経つわけですが(2/3世紀です)作りもしっかりしていてまだまだ使えそうです。フェルトは羊毛、ラビットなどの獣毛を縮絨させた不繊布、麻やストローなどの編地を指し、フェドラは頭頂部(クラウン)の前後に走る中央のくぼみが特徴の中折れ形の帽子を指すそうです。しばらくは途中でうっかり亡失しないようにして、先代からの遺品として大事に使いたいと思っています。
話が少々変わりますが、8/21には出身高校の同期の同窓会を舞鶴で行うとの電話連絡がありました。
10/21マーレで計画している18期の同窓会の案内ハガキが宛先不在で返ってきているが、出欠を知らせてほしい、とのことでした。慌てて確認したところ、旧住所(港南区笹下)に送られていて不在となったようでした。すぐに出席と返答しました。これまでの同窓会などの連絡ではこのようなことはなく、経緯を聞くと、どうも長く名簿管理をしてくれていた幹事が急逝し、パソコン内の名簿ファイルの最新版が見つからず引継ぎができなかったようでした。80歳近くにもなるとこんなことも十分に起こりうるので常々大事なモノ/コトは複数人で共有しておく必要があるな、とあらためて思った次第です。この同窓会にも、親父譲りの帽子をかぶって参加しようと考えているところです。
2026年8月21日金曜日
もう一つの先祖の霊の埋葬方法
8/16には、近くの港南桜道沿いにある乗願寺の墓地で従来型の個別葬(墓石式)と新しい合葬(樹木葬や納骨堂)の中間のような、密集型の墓石式個別葬を見かけました。最近、金沢文庫に住む知人から、この新しいタイプの墓を建てた、との話を耳にしました。海が見渡せるとのこと。そこでこの乗願寺(正式には真宗高田派本山専修寺 横浜別院 乗願寺です)にも数年前に新しいタイプの墓地が造られていたことを思い出し、散歩の途中に再訪してみた次第です。
ここの墓地には大きく4種類あり、25cm角または25×50cm、深さ70cm程の縦長の石の筒(カロート)に骨壺を棚に積んで埋葬するタイプ(タイプ2、タイプ1)です。上に小さな石の墓碑銘(プレート)を置きます。檀家には、いずれのタイプもお墓の維持管理のための草刈りや掃除などの手間はかからないようです。寺からすると、狭い墓地に多くの檀家の墓石を置くことができます。先に知人から聞いたのはどうやらこのタイプの墓だったようです。聞いた話とつじつまが合います。
また、従来の墓石に近い墓を高さ70cm程の台の上にコンパクトに詰めて置くタイプ(タイプ4)もあります。こちらも隣とは密着していて草の生えるスペースはありません。
今どきの埋葬に関する日本人の考え方や維持管理の簡素化などのニーズの変化に合わせて、寺側でも 、限られた土地の収容効率を上げて多くの墓石を置きたいという考えのもとに色々と工夫されているな、と感じます。埋葬法のバリエーションの多さには驚きます。因みに、法律では「埋葬」は土葬を意味し、骨壺の収納は「埋蔵」というそうです。昨年末の墓仕舞いを通して知りました。
この日は、6,800歩コースでした。
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関連して、2026年1月に金澤七福神を巡った折に、金沢文庫赤井の正法院をお参りした際にもこのような密集型の墓地をみかけ当ブログに下記のような記事をアップしていました。正法院でも乗願寺と同く、山腹にある墓地に高密度化の工夫がされています。そういえば正法院からも海(平潟湾)が見えました。
地元の七福神巡りその3
2026年8月16日日曜日
今どきの納骨堂での墓参り
8/14,15と日野こもれび納骨堂でお盆のお墓参りをしました。昨年末に郷里の舞鶴で墓仕舞いをし、回収した遺骨を分骨して半分を4代続く菩提寺の得月寺の永代供養墓に合葬し(改装になります)、後半分の遺骨は横浜港南区にある市営の横浜日野こもれび納骨堂の納骨ケース(厨子(ずし)といいます)に 納骨しました 。 いわゆる「改葬と分骨」というタイプの墓仕舞いでした。
今年のお盆は、この納骨堂に 納骨して初めてのお盆になりました。自宅から歩いて15分程のところにあります。
当日、思ったほどには混んではなく、まず受付でこの納骨堂の厨子の30年間の賃貸借に関する契約時に受け取る参拝カードを提示します(タッチ式です)。すると参拝棟でお参りする場所(参拝ブース)が指定されます。ここでは2つの参拝棟あわせて30ブース程あります。いわば30組の参拝者が同時に参拝できます。因みにこの納骨堂は地下に6,500基の厨子が収納される自動搬送式の納骨堂です。ブースが決まると焼香セットが渡されます。それを持って指定されたブースに行き、焼香しお参りをします。事前にブースの正面には、自家の厨子が自動搬送され置かれています。参拝が終わると終了ボタンを押すと扉が閉じて厨子が元の位置に搬送されます。帰りには焼香セットを受付に戻して終了です。因みに焼香セットは電池式で据え付けのろうそくも電池式です。火を使わないのは防火対策の一環でしょうか。
横浜市には4つの市営墓地がありますが、墓地内にできた納骨堂はここが初めてで、応募推移をみて他の市営墓地にも広げていくそうです。1年程前に確認したところでは既に6,500基のうち8割近くが契約済みだそうです。一定数ごとに半年毎に公募し抽選で決まります。
これから都市部では従来からの墓石式の墓地の拡大、維持・管理が難しいことから、このような合葬式の墓地が増えることになるのかも知れません。これまでの無期の賃借契約(墓地永代使用権です)の戸建住宅から定期賃借契約の集合住宅への変化のようなものです。
この日は、6,800歩コースでした。
参拝ブース。この参拝棟には15ブースあります。
個別の参拝ブース。画像を一部加工しています。手前の箱が焼香セットです。
参拝ブースその2。別の参拝棟でこちらも15ブース程あります。
2026年8月15日土曜日
綿の花とコットンボールそして風船葛
今年も玄関先では棉の木4株を育てていますが、 8/14時点で40個程の白い花が開花しています。好天時に交配すると紅色に変わり1〜2日で花弁は落ちますが、そのあとに丸い小さなコットンボールができ日に日に大きくなっています。これから1週間程かけて直径3㎝程までになりやがてボールが割れて白い綿(綿花)が現れます。他にも黄色の花、黄色の綿花を付ける品種もあるようです。ここ4年続けて植えています。ここしばらくはコットンボールの成長が楽しみです。
また、並んで植えている風鈴葛(ふうりんかずら)も順調に茎を張り、風鈴を30個ほどつけています。ここ3年続けていますが、今年が一番多く咲いています。裏庭にも植えたのですが、陽当りこちらの方が良いせいか、裏庭でも30個ほどの風鈴を付けています。風に涼し気な光景を楽しめます。
庭先の葉山椒も、青虫の被害後に逞しく再生し、ほぼ元の葉の茂りに戻っています。
2026年8月14日金曜日
暑気払いと大井町トラックスーそのコンセプトなどー
私には折角の機会かと思い、少し早めに出かけて施設内をさっと散策してきました。興味があったのは、この時期にこの場所で、このようにかなり力の入った大規模開発をする経緯とコンセプトでした。
現地で見聞きする中で幾分かは断片的にわかってきました。もともと歴史的にはJR東日本の鉄道車両整備拠点、社宅であり、直近までは暫定的に劇団四季の劇場やスポーツ施設として利用されていた場所でした。これまでは線路の東側の庶民的な繁華街に比べて目立たない地区でした。
大井町トラックスは、JR東日本が品川〜大井町エリアを「都市生活のイノベーション拠点」として再編する戦略の一環として誕生したとのこと。ホテル・オフィス・商業・住宅・広場を備えた新しい都市生活を共創する拠点として、歴史的な“線路=TRACKS”の記憶を継承しつつ、新たな交流・回遊・防災・ゼロカーボンを軸にした未来型まちづくりが狙いだそうです。
「駅を中心とした都市生活の新しい価値を共創する拠点」という考えは、これからの人口減少社会におけるコンパクトシティ化、防災機能の強化などの課題に鉄道会社として布石を打ったようにも思いました。
さらに、JR東日本としては、大井町周辺をもう少し広く考えているようです。浜松町〜大井町を 「広域品川圏」 と捉えて、これからの羽田空港の国際化に備えたゲートウェイ機能、リニア中央新幹線開業を見据えた駅舎新設と周辺の都市再編を推進する、また近年増える防災拠点とする、とのこと。さらにはここをも核にして南東京の都市競争力を強化しようとも考えているとか。なかなか壮大な構想に感心しました。
一巡する中で、いろいろと考えられた広域の先行投資型で、またテナント店を回りながらも随所になかなか力の入った再開発と感じました。とくに、大正期の車両工場・線路の記憶を名称に込め、鉄道文化をまちのアイデンティティとして再構築しようとしているところ、CO₂排出量を一般ビル比で約50%削減しようとしている点には感心しました。
いつも気になることですが、この大井町 トラックスの想定する商圏内の在来商店への影響です。確実にかなりの商店は大きな影響を受けると思われますが、大井町駅東口の古い繁華街(旧市街でしょうか、昭和世代には格好です)とは、同西口の新しい繁華街としてなんとかうまく棲み分けて両方が持続してほしいものです。我々利用者もできれば両方に行くようにしなければなりません。
この日は、8,500歩コースでした。
都内最大級の無柱オフィス(基準階約5,000㎡)を備えたオフィスフロアが6~最上階に含まれます。低層階にはTOHOシネマズも入り都内初の高品質音響のドルビーシネマ機能をを備えているとか。

ステーションパーク。
左奥が商業施設。1〜5階に約81店舗が入ります。JR東日本系のアトレが運営しアトレ初のアウトモール型だそうです。5km圏を商圏とし、地域住民と広域来街者の両方を取り込む戦略だとか。この日の暑気払い会場もこの商業施設の4階でした。

トラックスパークのウッドテラス。右奥手前が23階のビジネスタワーでその奥が26階のホテル・レジデンスタワー。後者にはメトロポリタンホテル(6~13階)、賃貸住宅(18~25階)、長期滞在向けのサービスレジデンス(15~17階)、法人登記可能なSOHO 20戸、クリニック、スパ・サウナなどが入ります。手前がトラックスパークで広域避難場所にもなる芝生広場。ここでは帰宅困難者約3,000人を受け入れ可能で 72時間の備蓄を確保し、 広場を避難場所として開放するとのこと。昨今の災害動向から、これは十分に起こりえることです。またホテル・レジデンスタワーの最上階にはルーフトップバーが入ります。「鉄道旅」をテーマとした内装で レストランやバーはもちろん「トレインビュー」の客室もあり、眼下に現行の山手線車両基地を眺めながら過ごすことができるとか。
ステーションパーク。この施設の表玄関になります。左側前後に東急大井町線が走り手前に行くとJR/東急大井町駅に直結します。なかなか便利なモールです。これもJR東日本ならではでしょうか。右奥の背景はホテル・レジデンスタワーです。
2026年8月10日月曜日
路上のアブラゼミとクマゼミ
8/9には、最寄りのバス停に行く途中で歩道に仰向けに最期を迎えたアブラゼミを見かけました。よく7年間土中で成長し地上で鳴くのは7日間、と言われます。地上でも子孫を残すとこのように生涯を終えるそうです。例年この時期によく見かける光景ですが、今年はいつもよりアブラゼミの声を聞くことが少なかったように感じます。
先日も報道で知りましたが、近年都市部でのアブラゼミは減少傾向にあり、暑さに強いクマゼミの勢力圏が拡大しつつあるそうです。 (詳しくは(注)参照)
故郷の舞鶴で子供の頃にはアブラゼミに比べてクマゼミは珍しく、希少な存在でした。クマゼミは体格もよく黒っぽい透明の羽で、なんとなく風格を感じ、子供ながらに獲るのが憧れでした。林の中でよく通る鳴き声を聞くといつも虫取網の届かないはるか高いところに悠々ととまっている「高嶺の蝉」でもありました。たまに獲れた時には子供仲間でも自慢のタネだったように覚えています。
虫の世界でも近年の天候や人間の生活スタイルの変化などの影響で勢力図が変わってきているようです。アブラゼミからみると虫騒がせで、はた迷惑な話かもしれません。
また、最近頻繁に人里に出没する山中の大動物の世界だけでなく小さな蝉の世界でも、と思えてくるのも世相でしょうか。
そこで、一句、
昼下がり仰向けの蝉空を抱く
ひとり蝉仰向けのまま風を聴く
属するインターネット句会で俳句仲間の六川さんの句が写真にはピッタシで引用させていただきます。
油蝉搾り出してるはみがき粉
(注)今年の関東でアブラゼミが少なく感じられる背景について(関連HPの記事を引用・編集)
関東の都市部でアブラゼミが少なく感じられるのは、都市部で続いている長期的な減少傾向の延長線上にある現象で、2026年の関東でも同様の傾向が確認されています。主な原因は
都市の乾燥・高温化(ヒートアイランド化)とクマゼミの分布拡大による勢力図の変化です。
・アブラゼミが減っている理由(関東の都市部)
1. 都市の乾燥化
アブラゼミの幼虫は湿った土壌を好みますが、都市部ではアスファルト化で雨水が浸透しない公園の土壌が踏み固められ乾燥するこれにより幼虫が生育しにくくなり、都市部での減少が顕著になっています。
2. 猛暑・ヒートアイランド化
アブラゼミは極端な高温に強くなく、真夏の日中は鳴き止む性質があります。近年の都市部の高温化は、アブラゼミにとって過酷な環境となり、個体数減少の要因になっています。
3. 人工光による夜間活動の乱れ
東京都・神奈川県の調査では、都市部のアブラゼミが夜間にも鳴き続ける例が確認されています。
これは人工光による体内時計の乱れで、繁殖行動に影響している可能性があります。
・クマゼミによる主役交代の理由
1. 関東でのクマゼミ増加推移
ウェザーニュースのここ10年のデータでは、神奈川:+8.6% 東京:+5.9% 千葉:+5.5% 茨城:+4.1%と、クマゼミの存在感が着実に増加しています。
2. 植栽移動による幼虫の移動繁殖
クマゼミは自力で移動できるのは半径約1.2km程度で広範囲を移動できません。しかし街路樹の移植の際に、根に付いた幼虫が一緒に運ばれることで分布が急拡大したと考えられています。
3. 都市環境への適応力の高さ
クマゼミの幼虫は体が大きく力が強いため、硬い・乾燥した地面でも地上に出られ都市環境に適応しやすい、という特性があります。
2026年8月9日日曜日
舞鶴実家跡の活用の開始 その4
8/8の舞鶴の実家跡地のマンション建設現場の様子が姉から届きました。
早いもので一階部分の基礎ができており間取りがうかがえます。
一筋隣(三条通り)の友人が先代から相続し売却した敷地にも10年ほど前にマンションが建ちました。もともと先代が歯医者でした。この近辺には、町のコンパクト化もあってか、マンションや、観光客のほかに近くの火力/原子力発電所の定期保守の関係者が多く長期で利用するホテルが増えています。
元々八島商店街を中心とした商業区域でしたが、駅前の住宅区域に様変わりしそうです。
現場の敷地の前を左右に四条通りが走ります。
2026年8月6日木曜日
クリガニのカニ汁
8/6には、孫の付き合いで目黒に出かけ、やや疲れて帰りに寄った寿司店(目黒駅ビル内の「寿司 活」でした)で、たまたま「大きいクリガニのカニ汁」を店内のメニュー短冊に見かけました。この季節のクリガニについつい惹かれて注文してしまいました。今年3月にも陸奥湾のクリガニを珍しく大船で見かけ自宅で美味しくいただいたばかりでした。春が旬と聞いていましたが真夏はどんな味なのか興味がわき、半分衝動買いでした。
なかなか濃厚なカニミソの味のする味噌汁で、春と同様に堪能しました。関東でよく見かけるワタリガニのカニ汁よりも一段濃厚な旨味の残る汁です。サイズはひと回り小さいですが。
陸奥湾のトゲクリガニを試食
風船葛の収獲
9/1〜7頃には前庭に植えた風船葛(かずら)の風船が茶色、褐色に変色し種子の収獲時期に入りました。写真には撮り損ねましたが、収獲中には茎に10cm程のカマキリを見かけました。 今年は水を絶やさなかったせいか豊作で風船の数もサイズもここ数年では最大のようです。 採取した種子で、また...
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長く地元で行きつけの飲み屋のひとつになっていた「養老の滝 蒔田店(まいた)」が29年間の営業を3/20で終了することになったことを知りました。市営地下鉄蒔田駅前に入居するビルの取壊し計画が具体化したこととコロナ禍以降の諸物価の値上がりで経営が急速に厳しくなったことが原因だそうで...
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先日、舞鶴に帰省の折に、空き家がうまく活用されている例を見かけました。 JR東舞鶴駅の駅前通りである三条通りに面する築100年になる空き家を改装し、古民家「涼庵」の屋号で地元の陶芸作家 高井晴美さんによる陶器の展示会が行われていました。涼庵での初めてのイベントだったとか。 高井...
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11/30-12/2には。二泊と短期ですが、主に入院中の弟の見舞いに郷里の東舞鶴に帰省しました。12/1朝には小春日和に誘われて自転車で東舞鶴海岸の前島界隈を私なりのいつものコースで一巡してきました。この日は、前島埠頭での小鯵釣りが当たり日だったようで、皆さんよく釣れていました...


