2026年9月20日日曜日

大船の初秋とヒョウタン展 ー萩と彼岸花そして瓢箪ー

 9/15には、雨天の合間に大船フラワーセンターの萩や彼岸花などの初秋を見に久々に出かけました。
園内中央には萩(ミヤギノハギ)の株が並ぶ横に長いエリアがあります。まだ二分咲きでしたが、赤紫色の蝶型の花を穂状に付け、穂が風にうねるように揺れて咲く様は風情があります。このことから「風聞草(カゼキキグサ)」とも言われるとか。万葉集でも最も多く詠まれた花だそうで、秋の七草の代表格です。萩は仙台の市花で、滞在した頃にこの時期によく話題になる秋の花として萩(ミヤギノハギ)を初めて知り、市内東部にある野草園の萩まつりには下宿の仲間と何度かでかけ、そこで親しんだ記憶があります。それをきっかけに神奈川ではここや鎌倉で萩の寺といわれる海蔵寺や宝戒寺を訪ねるようになりました。
他にも、秋の花木では、彼岸花、キバナコスモス、コウホネ(河骨)、秋バラ、瓢箪など、夏の名残では、睡蓮、蓮、旱蓮木(かんれんぼく)、仙人草(クレマチス)など、が楽しめました。
瓢箪では、アジア、中南米、アフリカの各地で様々な容器として利用されている瓢箪の現物を展示するヒョウタン展が開かれていました。東京農大にもおられた植物学者湯浅浩史氏が50年かけて世界45か国で収集された2,000点以上のコレクションから230点が並びます。この日も湯浅氏はおられ熱心に見物客に説明されていました。それぞれに生活スタイルを想像しながら「人類の原器」(瓢箪は1万年以上前から人類が利用してきた最古の栽培植物のひとつだとか。また古代土器の底が丸いのは瓢箪をイメージしているそうです)を巡るのも一興です。ここでの展示は今回が6回目だそうですが、中国で伝統的なコオロギを戦わせる闘蟋(とうしつ)で使われるコオロギ入れや南米のマテ茶の茶器、3mほどある細長い長瓢箪など、軽くて水漏れしにくく加工もしやすい瓢箪容器を集めた貴重な企画と思いました。いわば「人類の原器」展でしょうか。残念ながら、近年は安価なプラスチックに代えられて民族独特の文化が消えていく時期でもあるようです。
因みに、後援団体の特定非営利活動法人全日本愛瓢会は、名誉総裁を2004年から秋篠宮様(文仁親王)が務められています。宮中の畑で育てられていた百成瓢箪の植生に触れたのをきっかけに幼少期から瓢箪に興味をもたれ、アフリカ種との交配による大型化の研究や収集をされてきたそうです。その研究成果でしょうか、会場にも宮様所有の2m以上あるような大きな瓢箪が展示されていましたが、ここだけは撮影禁止でした。また、秋篠宮様と全日本愛瓢会との関りの経緯を記した宮様からのメッセージも会場に掲載されていました。単なる形式的な名誉職ではないようです。宮様の人柄の一端を知る機会になりました。
短い時間でしたが、初秋を満喫しました。
この日は、7,500歩コースでした。


園内のミヤギノハギは開花間もないようでした。二分咲きといったっところでしょうか。





萩の枝帆が風になびくのは趣があります。

 菖蒲園の脇には黄色の彼岸花も咲き始めていました。
彼岸花はこの地域では今月下旬が見頃になります。
キバナコスモスも畑で咲き始めていました。
園内の水辺には河骨(コウホネ)も見かけました。

薔薇園では数株の秋バラが咲き始めていました。

イボヒョウタン。瓢箪はこれから充実します。企画館では各国での瓢箪の利用例を展示する「ヒョウタン展」が開催中でした。

入口正面の睡蓮池にはそろそろシーズンを終えた睡蓮が幾分残っています。



仙人草(クレマチス)も満開でした。

蓮池の一角に新たにオニバスが植えられていました。写真左はその幼葉です。

オニバスはいまで直径50㎝程でしたが、まだまだ大きくなると思います。

鉢植えの蓮の最後の一輪でした。

鉢植えの蓮が並びます。俳句では枯れていく蓮を破蓮(やれはす)というようです。

小さなバナナのような房をつける旱蓮木(かんれんぼく)または喜樹(きじゅ)

フィリピンやアフリカの物入れや肉入れ

マテ茶の茶器も瓢箪製でした。南米チリ、アルゼンチン、パラグアイの品です。
瓢箪で作った世界各地の化粧用品も並びます。

秋篠宮文仁親王様からのメッセージ「大型瓢箪と愛瓢会」。これは撮影可能でした。

ヒョウタン展全景

ヒョウタン展チラシから。今年6回目の企画だとか。私は2回目でしたが、前回より充実していました。

同上。液体容器、流動物容器、粉末容器、固形物容器、シンボル・呪術など用途は多様です。

2026年9月18日金曜日

瓢箪の季節ー実用品と縁起物ー

 9/14には、数日続いた雨天が晴れ、この時期の瓢箪の様子見に鎌倉街道関の下近辺の「休処」にある瓢箪棚に出かけました。
今年の夏は炎暑続きで葉の枯れ具合が昨年より進んでいましたが、身の成り方は順調のようでした。ただ、いつもはこの棚に一緒に植えられているヘチマ(糸瓜)は今年は植付けを見合わされたようでした。
昔の日本人が庭に瓢箪を植えた理由をたどると、持ち易いくびれのある実が水筒、酒器などの軽量で持ちやすい器として、出たばかりの実の漬物などの食材として、また葉の旺盛な茂りが夏場の日除けとしての実用品として便利に幅広く使われてきた側面と、その繁殖力やつける実の多さなど、植生を通じた特性から、無病息災・厄除け・子孫繁栄などの縁起を担いできた側面があるようです。
なかには、「六つの瓢箪」を「六瓢(むびょう)」と読んで、「無病」=無病息災に通じるとして、縁起がよいものとされたとか、語呂合わせもあります。また、瓢箪は、酒や水のほか薬味や薬を入れる容器として使われたことから、邪気を払うもの、病を封じるものととしても扱われた歴史もあるようです。このため瓢箪の形をした飾りを家に置いたり、身につけたりする風習が今も残ります。さらに、瓢箪は一つの株にたくさんの実をつけることから「子宝・子孫が繁栄する」という意味・祈りを込める場合もありました。秀吉の旗標の「千成瓢箪(せんなり)」はこの流れでしょうか。

この日は、4,800歩コースでした。

去年の丁度同日2025年9月14日にもここを訪れて、当ブログに下記のような記事をアップしていました。

今年の「休処」の瓢箪と実家の瓢箪

また、小さな実(ベビー瓢箪)が「ひょうたん漬け」としても利用されることもあり、2023年6月25日に当ブログに以下のような記事をアップしていました。この品物は珍味の域で一般的とはいえませんが。

ひょうたん漬け


休処の瓢箪棚


 

2026年9月15日火曜日

舞鶴実家跡の活用の開始 その6

 
舞鶴実家跡の5階建マンション建築が進行する様子を、舞鶴在住の姉から9/3、9/12、9/15時点の写真として着々と送ってもらっています。感謝です。
先回記事 (下記その5) にあるように、8月末までには地下の基盤、基礎工事はほぼ終了し、9月に入ってからは、地上の建物の建設が急ピッチで進められています。
どうやら鉄筋コンクリート造りではなく木造壁板を柱代わりにして建てる工法のようです。大型クレーンが入り足場や木造壁板の束を次々と運び込み積み上げています。
9/15時点では、1階の間取り工事がおおよそできているようで、中央の通路の右側に一見小さな部屋が多く並びワンルームマンションのようにも見えます。推測ですが。
これから2階、3階と工事が進むと見込まれ、もうしばらくウォッチを続けたいと思います。

《 9月3日の様子から 》


大型クレーンが入りました。左側の2軒の建物の中間が実家跡地で工事用足場のような鉄鋼枠が設置されています。右側道路が表通りの四条通りです。(姉撮影の写真引用。以下同様)

工事用足場の敷設工事です。木造壁板を繋ぐ結合材でしょうか。

大型トラックで運ばれてきた鉄鋼材が次々と現場に運び込まれています。右奥は八島商店街のアーケードです。

舞鶴実家跡地活用の建築工事現場全景


《 9月12日の様子から 》

木造壁板の束が次々と現場に運び込まれます。木造壁板を柱代わりにして建てる工法のようです。2~3階建の木造住宅ではこの工法が多く見られますが、このような5階建マンション建築にも適用されるようです。空の鰯雲に季節を感じます。


《 9月15日の様子から 》


1階の間取りの工事が進んでします。中央に通路があり右側が区分住宅のようです。

因みに、8/27までの建築現場の様子を、当ブログに下記のように記事をアップしていました。

舞鶴実家跡の活用の開始 その5


地元町内会の落語会


9/13には、地元町内会の65歳以上を対象にしたふれあい食事会が、町内会館で行われました。
いつも落語、講談、手品などが前半にあって、後半は昼食会です。
今回は落語で、地元の落語家「恋南亭真っ平師匠」(こいなんてい まっぴら)の登壇でした。お住いがすぐ近くの上大岡駅近くだそうで、まさに地元落語家です。冗談のようなお名前ですが、現役では衣料関係の仕事をされていて、一念発起されて第二の人生で落語家を選び、兄弟子と近くの杉田劇場で寄席を毎年開催されているそうです。以前には、この落語会では今は亡き桂歌丸師匠門弟の桂歌助師匠が定番でしたが、ご自身の健康問題もあり交代されたようです。
この日の演目は、タイトルは不明でしたが、落語の起源からはじまり(江戸中期の京都での小話が起源だとか、そのネタの書籍も残っているそうです)、気候の変化に移り、明治5年の旧暦から新暦への切り替え時の混乱、その切り替え時期に起こった借金の返済の前倒しで困った長屋の住人夫婦と長屋の大家、そして質屋の亭主との間での騒動が、面白おかしく語られます。
この日の話で面白かったのは、地球温暖化で衣料業界が困っているとのことでした。 温暖化で四季の春と秋が短くなり夏と冬の二季に近くなると、衣料品では春物と秋物を売る時期が短くなり夏物や冬物で代用されてしまうために需要も供給も減るそうです。四季が商品系列に直結する業界には大きな減速要因かも知れません。ビジネスマンっぽい落語家さんでこれからも楽しませてもらえそうです。また、旧暦から新暦に変えるときの混乱を思い起こさせられました。
二季化では、俳句の世界でもこれまでの歳時記が現実の月々の景と合わなくなり混乱が起こりつつあります。ただ、京都の旧暦ベースでできた歳時記を京都以外の地にあるいは新暦に置きなおすことにはある意味でこれまでに慣れていますので、二季化もさらに置きなおすことになるのでしょうか。
そこで、一句、

鰯雲町内会の落語会

因みに、上記の桂歌助さんの高座については、2023年2月18日に同じ町内会館で行われ、下記のような記事を当ブログにアップしていました。

ふれあい茶話会

 ふれあい茶話会
https://kinoken33.blogspot.com/2023/02/blog-post_20.html


ふれあい食事会での落語高座。素朴な造りに親しみが持てます。

2026年9月14日月曜日

ある社会福祉法人の感謝祭

6/12には、この時期ある社会福祉法人が運営する金沢区能見台に施設(金沢地域活動ホーム)で、地域住民との交流イベントとして毎年行われる「感謝祭」に参加してきました。ここ3年、高齢者介護と障害者支援を行う公設民営のこの法人に業務的な監査を行う立場で関係していまして、このところ毎年参加しています。
施設の設備を利用した職員と利用者の共同企画による、手作り製品販売、パン作り体験、内製の久遠チョコレート販売、ボッチャ体験、アイロンビーズ体験、太鼓演奏体験などの工夫を重ねたコーナーが並びます。
法人内のある施設では、ペットボトルキャップの洗浄、乾燥、色識別、破砕を受注し、破砕品を納品します。その破砕品の一部をインジェクション装置を使って熱溶解して様々な金型に溶け込ませて成形し、ここ独自のコマ、コースタ、キーフォルダーなどカラフルな製品に仕上げて販売しています。主に色識別を施設の利用者が分担します。リサイクル品を使って新製品を作ることから、環境に優しい「アップサイクル活動」というそうです。
この日も600人程の参加があるそうで、随所に法人、各施設での具体的な活動内容が掲示、アピールされていました。組織的にしっかりと企画され、計画的な準備を経た感謝祭、と感じました。関係の皆さん、お疲れ様でした。
この日は、7,000歩コースでした。



ペットボトルのキャップの成形品から。
コースター、コマ、キーフォルダー、メモ帳の表紙など色々です。

シーラカンスのキーフォルダ。デザインも色具合もよく、気に入り早速使っています。

キャップ破砕材を熱溶解して成形する自動式インジェクション装置。昨年7月に導入されています。(後援会会報より引用)

手作りのソフトな写真立ても

夏祭り用の神輿も手製でした。屋根には立派な鳳凰も。
太鼓体験とともに、クロージングでは太鼓演奏も行われます。

2026年9月11日金曜日

開催最終日の特別展「空海と真言の名宝」

9/6午後には秋雨前線の長居による大雨のなか、東京国立博物館平成館で開催中の特別展「空海と真言の名宝」(7/14 ~9/6,途中展示入替)を観てきました。この日は開催最終日でした。

弘法大師・空海(774–835)が開いた真言密教の教えと、1200年以上にわたって継承されてきたその至宝を一堂に集めた大規模展で、高野山金剛峯寺をはじめ、東寺(教王護国寺(注1))、仁和寺、醍醐寺、西大寺といった真言宗各派の十八本山や関係寺院から、国宝や重要文化財を含む選りすぐりの名宝が出品されると聞き、気になっていました。
今回この展示に惹かれたのは、日頃近くの鎌倉で臨済宗、曹洞宗などの禅宗や日蓮宗などの、顕教(注2)に分類される寺院に多く接する中で、密教の代表である真言宗(注3)が平安期に興り朝廷からあれだけ強く支持され、その後鎌倉仏教を生むことになる背景と理由を展示を通じて、今更ながらなんとなく肌で感じられたら、といったところでした。以下、思いつくままに・・・。

展示では、空海の生涯を辿りながら、多面性を訴えてきます。真言宗の開祖にとどまらず、優れた書家としての顔(書道史上の三筆の一人)、中国(唐)へ渡って膨大な知識を吸収した知識人としての側面、そして四国八十八箇所霊場の巡礼で民衆に親しまれる「お大師さま」信仰の対象としての姿まで、現物で立体的に紹介されていました。
なかでも、空海自筆の書と直筆ノート(国宝)として、唐での留学中に空海が密教の典籍を書写した『三十帖冊子』(仁和寺蔵)をはじめ、空海の当時の筆遣いや意気込みがそのまま伝わってくるような直筆の書が展示され、ついしばらく立ち止まっていました。
また、今回、真言宗十八本山がいまも皇室の直視を迎え毎年行われている宮中密教儀式「後七日御修法(ごしちにちみしほ)」(注4)のことを初めて知りました。儀式の空間的な間取りや段取り、使用される仏像、仏具まで展示され、空海が始めて以来1,200年続く儀式として歴史を感じました。これは、承和2年(835年)に空海が始めて以来、現在も毎年行われている真言宗最高の儀式だそうで、その儀式で用いられる「十二天像」や精巧な仏具類が並び、ベールに包まれた密教修法の厳かな雰囲気が伝わります。一方で、この頃の真言宗は、朝廷や貴族を向いていて、「民衆の救済」という意識は低かった、それが鎌倉仏教を生んだ、という本郷和人さん(「宗教の日本史」など)の指摘は当たっているようにも思いました。あくまでも現代から見ての話ですが。
さらには、文字では表現しきれない密教の宇宙観を視覚化した「両界曼荼羅」(曼荼羅と立体曼荼羅)などの絵画に加え、平安時代初期の密教彫刻の傑作である「五智如来坐像」(安祥寺蔵)など、仏像群による立体的でカラフルそして重厚な世界観を体感させてもらいました。これまで接する機会が多かった顕教の禅宗や浄土系宗派とは基本的な思考がかなり異なるようです。
総じては、真言宗の密教の世界の、儀式を重んじる、仏画、仏像、仏具の精度が高く大から小まで動きがある、教義が視覚的で一見してわかりやすい、といったところを身近に感じて帰路につきました。
これまで、ここや京都国立博物館で観た法然展、親鸞展を思い出しながら、これを機に空海もやや近くなった気がしました。写真は最後のブースでのみ撮影可能でした。
この日は、午前の他の移動も合わせて11,800歩コースでした。
最後に、一句、

空海展唐で写経の筆遣い

因みに、浄土宗の法然展、浄土真宗の親鸞展を訪ねた折の記事を下記にアップしていました。
・法然展:2024年5月9日

「法然と極楽浄土」展

・親鸞展:2023年4月11日

親鸞展と三十三間堂といつものうどん店


愛染明王坐像(山梨放光寺蔵)
天の星を射るがごとし。甲斐源氏ゆかりの平安仏

五智如来坐像(京都 安祥寺蔵)。初期密教彫刻の傑作とのこと。

五智如来坐像 背面からも
会場の東京国立博物館平成館入口にて。この日は大雨でした。
勝手ながら、ついつい空海が唐に渡るときに難破した東シナ海の嵐をイメージしてしまいました。

(注1) 教王護国寺
京都・東寺の正式名称であり、真言宗(いまは東寺派)総本山として国家鎮護を目的に創建された密教寺院。正式には「八幡山金光明四天王教王護国寺秘密伝法院」(通称:教王護国寺。東寺)。 創建は延暦15年(796年)、平安京造営に伴い国家鎮護の官寺として建立され、弘仁14年(823年)嵯峨天皇が空海(弘法大師)に託し(下賜)、真言密教の根本道場となる。 「教王(きょうおう)」とは王を教化する、「護国」とは国家を守るという意味で、 “密教によって国家を守る寺”という理念が寺号に込められている。因みに、東寺と呼ばれるのは、平安京の東西を守る官寺として創建され(東寺・西寺)、東寺は羅城門の東、西寺は西に置かれ、王城鎮護を担った。現存するのは東寺のみ。
(注2) 顕教と密教
顕教(けんぎょう)は密教からみた対語で、仏の教えを、仏典に基づき言葉や教理によって明らかに説く教え。真言宗(東密といわれる)と後の天台宗の一部(東密に対して台密といわれる)以外の宗派での悟りを得る道を指す。
これに対し、密教は、仏と自分が一体となることを、身体・言葉・心を使った実践によって体得する教え。人間の理性では到達できない秘密の教えを指し、悟りを得るために仏の神秘的な力を借りて成仏するという道を提示する。それが三密(後述)による即身成仏とされる。
顕教は解脱に至る堅実な教えながら悟りに至るまでには時間と鍛錬が必要なのに対して、密教では、通常の人間の努力だけでは悟りに達するのは難しいとされ、仏の神秘的な力を借りて短期間で効率的に悟りに達すると説いた。その仏の力が三密加持(手で印を結ぶ「身密」真言・陀羅尼を唱える「口密」、 仏を観想する「意密」により大日如来と人間の身・口・意が合致すること)によって成仏できるとする即身成仏の考え方である。
平安期の現世利益を求める貴族たちには密教が受け入れられた。
(注3) 真言宗の概要  (宗教年鑑令和7年度版から引用、編集)
真言宗の開祖は弘法大師・空海(774~835)である。空海は唐で恵果より真言密教 を学び、ことごとく秘法を伝授されたという。帰国ののち真言宗を開き、823年には、 嵯峨天皇から教王護国寺として東寺を賜って皇城鎮護の道場とし、835年、高野山で入定(入寂)した。 この間、布教活動とともに福祉的活動や橋をかけるなどの社会事業にも尽力した。密教 というのは、歴史上の釈尊が説いたとされる顕教に対するもので、法身仏(いわば絶対 者)である大日如来が、直接説いた教えという。生きとし生けるものは、宇宙の根源的 な生命である大日如来の顕現であり、我々も身・口・意の三密行の実践により即身成仏 することができると説く。そのほか具体的な行として阿字観などがあり、また諸尊の加 護を求めて加持祈禱がしばしば行われる。曼荼羅は密教の悟りの世界=宇宙の大生命を 象徴的に図画でもって示したものであり、かつ現実世界がそのまま理想世界であること を示すものである。また、高野山は、弘法大師・空海の入定の地であり、大師の救いを 信じて南無大師遍照金剛と唱える大師信仰の中心となった。この高野山金剛峯寺を総本 山とする高野山真言宗は真言宗団の中でも最大の宗団である。また、真言宗は皇室と縁 が深く、大覚寺、仁和寺等の門跡寺院が多くあり、それぞれ一派を形成している。 12世紀には、覚鑁(かくばん、1095~1143)が出て密教と高野山の復興につとめた。覚鑁は金剛峯寺と大伝法院の座首を兼任するなどしたが、金剛峯寺勢力と折り合わず、高野山を離れて根来(ねごろ,和歌山県)に根来寺として本拠を置いた。その後、頼瑜(らいゆ,1226~1304)が出て大伝法院を根来に移し、新義真言宗として独立した。根来寺が豊臣秀吉に焼かれると、専誉(せんよ) と 玄宥(げんゆう )の二人の能化は、それぞれ大和長谷寺、京都智積(ちしゃく) 院に移り、現在の真言宗豊山(ぶざん) 派 と真言宗智山(ちさん) 派の基を据えた。
 〔修験道〕 平安末には日本古来の山岳信仰が仏教、道教、シャーマニズム、神道などと習合して、 修験道という一つの宗教体系を作り上げた。中世期、大峰山では吉野・熊野を拠点とし て修行が行われ、熊野側では聖護院(しょうごいん)を本山とする本山派が、吉野側では大和を中心に 当山派が形成された。江戸時代には両派が認められていたが、明治政府により神仏分離 政策がとられ、明治5(1872)年、修験道は一宗としては廃止され、本山派は天台宗に、 当山派は真言宗に組み込まれるかたちとなった。現在は独立して本山修験宗、真言宗醍 醐派、金峯山修験本宗、修験道などとなっている。
(注4) 後七日御修法(ごしちにちみしほ)の概要(関連HPを引用・編集)
後七日御修法は、 京都・東寺(教王護国寺)金堂で行われる密教の国家安泰祈願法会。  平安時代以来、 国家安泰」「五穀豊穣」「天皇の安寧」を祈るために  毎年1月8日〜14日に行われてきた年頭の国家儀礼で、 天皇の勅使が参向することからその格式の高さが際立っている。

2026年9月10日木曜日

ちょっとしたパソコン修理ー小荷物用タグの細針金の利用ー

 9/9には、ノートパソコン(PC)のキーボードを自前で修理し、はからずも驚くほどパソコン操作が改善しました。

これまで新旧含め3台のノートPC(デスク用大型、持ちび用中型、同小型)が、長く使用していると、いずれも特定のキー及びその周辺の複数のキーの反応が他と比べて遅いか何度か押さないと入力できない、ないしは何度押しても入力できない、といった入力不良が起ってきます。そこで、あるPCでは、外付けのUSBキーボードを使ったり、別のPCではスクリーンキーボードを使ったりして、その時々の状況に合わせて補っていました。
それが段々と煩わしくなり、直るものならと思い、メーカに修理の方法を問い合わせたり、ネットで調べたり、近くの量販店のヘルプデスクに持っていったりしていました。しかし、いずれも、キーボードだけの取り換えは時間と費用がかかる、当該PCは相当使い込んで古いのでそろそろ新しいのに買い替えたらどうか、などと、PCごとの交換を勧められます。また、キーボードのボタンを外すのは避けたほうがよい、と素人は触らないほうが無難とまでいわれます。
といっても、年齢を考えると今からPCの新品購入は考えずらく、買うなら中古かなあ、と思いながら、それなら自分でできるところまで修理をやってみるか、と思いたち、ボタンを外さない範囲で色々と試してみました。
その中で、ひとつ効果的で簡単な方法が見つかりましたので、参考情報としてアップした次第です。
それは小荷物など荷造り用のタグについている細針金(より針金、タグワイヤ、タグの針金などともいわれます)を使うことです。これがその細さ、ホコリを取るにはほどほどの固さ、柔軟性などでキーボードの修理には丁度良いようです。電源を切った状態で、ボタンを外すことなくボタン周囲の隙間から2~4cm分の細針金をボタンの下に入れてゴソゴソとボタンの背面を掃除します。この操作を動作不良のキーボードのボタンについて試みると3台のPCでいずれの入力不良ボタンも操作性が完全に回復しました。この方法では、キーボードのこの種の入力不良は、キーボードのボタンの背面に隙間から入り込んだホコリや紙片などが接触を悪くしているのが原因ではないかとの想定によります。これまでデスクトップ型のPCを使っていた頃に外付けの大型のキーボードでよく目にした光景から、ノートPCでも同じことが内部で起こっているのではないか、との想定です。内部の圧着センサなどの部品の劣化や破損が原因だとこの方法は効きません。結果的にはたまたま想定が当たったのかも知れません。いわばパソコンの余命をなんとか伸ばす試みでしょうか。
想像するに、キーボードの入力不良でノートPCを機種交換するケースも一般には多いと思われ、上記のような草の根的な方法でその幾分かでも救済できれば、と思うところです。

そこで、一句、

パソコンの延ばす余命や敬老日


荷造り用のタグについている細針金がパソコンのキーボードの入力不良の修理には効果的です。
小荷物用タグ。最近はあまり見かけない品ですが、これは取壊し前に舞鶴の実家から持ち出した昭和期のものです。

2026年9月9日水曜日

風船葛の収獲

9/1〜7頃には前庭に植えた風船葛(かずら)の風船が茶色、褐色に変色し種子の収獲時期に入りました。写真には撮り損ねましたが、収獲中には茎に10cm程のカマキリを見かけました。
今年は水を絶やさなかったせいか豊作で風船の数もサイズもここ数年では最大のようです。
採取した種子で、また来年も植生しようかと思っています。
そこで、一句、

鈴なりの風船葛もらう涼
カーテンの風船葛散歩道


風船葛の風船の収獲。今年はこの3倍程の収獲になりそうです。

風船葛の種子。種子には黒地に白いハートマークがつくことから英語名は「heart seed 」だそうです。「balloon vine 」の別名も。

茶色〜褐色に変色します。
今年も多くの風船がなりちょっとしたグリーンカーテンでした。通りがかりの散歩の方にウォッチャがおられて朝には何度か声を掛けられました。

大船の初秋とヒョウタン展 ー萩と彼岸花そして瓢箪ー

 9/15には、雨天の合間に大船フラワーセンターの萩や彼岸花などの初秋を見に久々に出かけました。 園内中央には萩(ミヤギノハギ)の株が並ぶ横に長いエリアがあります。まだ二分咲きでしたが、赤紫色の蝶型の花を穂状に付け、穂が風にうねるように揺れて咲く様は風情があります。このことから「...