2026年8月16日日曜日

今どきの納骨堂での墓参り

 8/14,15と日野こもれび納骨堂でお盆のお墓参りをしました。昨年末に舞鶴の墓仕舞いし、回収した遺骨を分骨して半分を4代続く菩提寺の得月寺の永代供養墓に合葬し、後半分の遺骨は横浜港南区にある市営の横浜日野こもれび納骨堂の納骨ケース(厨子(ずし)といいます)に 納骨しました 。 いわゆる「改葬と分骨」というタイプの墓仕舞いでした。
今年のお盆は、この納骨堂に  納骨して初めてのお盆になりました。
思ったほどには混んではなく、まず受付でこの納骨堂の厨子の30年間の賃貸借に関する契約時に受け取る参拝カードを提示します(タッチ式です)。すると参拝棟でお参りする場所(参拝ブース)が指定されます。ここでは2つの参拝棟あわせて30ブース程あります。いわば30組の参拝者が同時に参拝できます。因みこの納骨堂は地下に6,500基の厨子が収納される自動搬送式の納骨堂です。ブースが決まると焼香セットが渡されます。それを持って指定されたブースに行き、焼香しお参りをします。事前にブースの正面には、自家の厨子が自動搬送され置かれています。参拝が終わると終了ボタンを押すと扉が閉じて厨子が元の位置に搬送されます。帰りには焼香セットを受付に戻して終了です。因みに焼香セットは電池式で据え付けのろうそくも電池式です。火を使わないのは防火対策の一環でしょうか。
横浜市には4つの市営墓地がありますが、墓地内にできた納骨堂はここが初めてで、応募推移をみて他の市営墓地にも広げていくそうです。1年程前に確認したところでは既に6,500基のうち8割近くが契約済みだそうです。一定数ごとに半年毎に公募し抽選で決まります。
これから都市部では従来からの墓石式の墓地の拡大、維持・管理が難しいことから、このような合葬式の墓地が増えることになるのかも知れません。これまでの戸建住宅から集合住宅への変化のようなものです。
この日は、6,800歩コースでした。


この日野こもれび納骨堂は一般の墓石墓地(横浜市日野公園墓地)の中に建てられています。
墓石式の墓地エリアと隣接しています。

参拝ブース。この参拝棟には15ブースあります。

個別の参拝ブース。画像を一部加工しています。手前の箱が焼香セットです。

参拝ブースその2。こちらも別の参拝棟で15ブース程あります。

納骨堂内に樹木葬の区域があります。中央の木はハナミズキでした。自動搬送式の納骨とは別種の契約になります。

横浜日野こもれび納骨堂の全景。洋光台の高台にあります。

2026年8月15日土曜日

綿の花とコットンボールそして風船葛

今年も玄関先では棉の木4株を育てていますが、 8/14時点で40個程の白い花が開花しています。好天時に交配すると紅色に変わり1〜2日で花弁は落ちますが、そのあとに丸い小さなコットンボールができ日に日に大きくなっています。これから1週間程かけて直径3㎝程までになりやがてボールが割れて白い綿(綿花)が現れます。他にも黄色の花、黄色の綿花を付ける品種もあるようです。ここ4年続けて植えています。ここしばらくはコットンボールの成長が楽しみです。
また、並んで植えている風鈴葛(ふうりんかずら)も順調に茎が張り、風鈴を30個ほどつけています。ここ3年続けていますが、今年が一番多く咲いています。裏庭にも植えたのですが、陽当りこちらの方が良いせいか、裏庭でも30個ほどの風鈴を付けています。風に涼し気な光景を楽しめます。
庭先の葉山椒も、青虫の被害後に逞しく再生し、ほぼ元の葉の茂りに戻っています。


玄関先の棉の木のコットンボール。いまで直径2㎝です。

受粉直後に白から紅変します。1〜2日で落下し雌しべがコットンボールとして成長します。

綿の花。受粉前は真っ白です。
葉山椒も青虫被害から再生し、ほぼ元の葉の茂りに戻りました。少しずつ収獲しています。

玄関先の風船葛


裏庭の風船葛も元気です。

玄関先の風船葛はグリーンカーテンらしくはなっています。一部の風船は褐色に変わりつつあります。中には黒に白のハートマークがついた種子が5個ほどつきます。このため英語名はHeart Seedsです。

2026年8月14日金曜日

暑気払いと大井町トラックスーそのコンセプトなどー

8/12には、以前の職場の仲間で暑気払いを大井町で楽しんできました。会場が、この3月末にJR東日本が大規模な再開発をしてできたばかりの大井町トラックス内のスペイン料理店「リザラン((LIZARRAN)」でした。男女子供7人が久々に気軽に集まり、懐かしい話、今の職場の話、小学校の話題・ゲーム、職場仲間の消息など、美味しいお酒と料理を合わせての愉しい会でした。いま小学校4年生で流行っているクイズも教えてもらいました。短期的な記憶力が試されました。認知症のチェックには良さそうです。
私には折角の機会かと思い、少し早めに出かけて施設内をさっと散策してきました。興味があったのは、この時期にこの場所で、このようにかなり力の入った大規模開発をする経緯とコンセプトでした。
現地で見聞きする中で幾分かは断片的にわかってきました。もともと歴史的にはJR東日本の鉄道車両整備拠点、社宅であり、直近までは暫定的に劇団四季の劇場やスポーツ施設として利用されていた場所でした。これまでは線路の東側の庶民的な繁華街に比べて目立たない地区でした。
大井町トラックスは、JR東日本が品川〜大井町エリアを「都市生活のイノベーション拠点」として再編する戦略の一環として誕生したとのこと。ホテル・オフィス・商業・住宅・広場を備えた新しい都市生活を共創する拠点として、歴史的な“線路=TRACKS”の記憶を継承しつつ、新たな交流・回遊・防災・ゼロカーボンを軸にした未来型まちづくりが狙いだそうです。
「駅を中心とした都市生活の新しい価値を共創する拠点」という考えは、これからの人口減少社会におけるコンパクトシティ化、防災機能の強化などの課題に鉄道会社として布石を打ったようにも思いました。
JR東日本としては、大井町周辺をもう少し広くとらえているようです。浜松町〜大井町を 「広域品川圏」 と捉えて、これからの羽田空港の国際化に備えたゲートウェイ機能、リニア中央新幹線開業を見据えた駅舎新設と周辺の都市再編を推進するとのこと。さらにはここをも核にして南東京の都市競争力を強化しようとも考えているとか。
ここがオープンした2026年3月28日には、同日に2つ駅先の高輪ゲートウェイシティも全面開業し、広域品川圏が本格始動したとのこと。
また、近く開始する品川区新庁舎の建設と連携し、行政・地域・企業が協働する「一体的なまちづくり」をも目指しているそうです。
一巡する中で、いろいろと考えられた広域の先行投資型で、またテナント店を回りながらも随所になかなか力の入った再開発と感じました。とくに、大正期の車両工場・線路の記憶を名称に込め、鉄道文化をまちのアイデンティティとして再構築しようとしているところ、CO₂排出量を一般ビル比で約50%削減しようとしている点には感心しました。
いつも気になることですが、このトラックスの想定する商圏内の在来商店への影響です。確実にかなりの商店は大きな影響を受けると思われますが、古い繁華街(旧市街でしょうか、昭和世代には格好です)と新しい繁華街としてなんとかうまく棲み分けて持続してほしいものです。我々利用者もできれば両方に行くようにしなければなりません。
この日は、8,500歩コースでした。

地上23階建てのビジネスタワー。
都内最大級の無柱オフィス(基準階約5,000㎡)を備えたオフィスフロアが6~最上階に含まれます。低層階にはTOHOシネマズも入り都内初の高品質音響のドルビーシネマを備えているとか。

ステーションパーク。
左奥が商業施設。1〜5階に約81店舗が入ります。JR東日本系のアトレが運営しアトレ初のアウトモール型だそうです。5km圏を商圏とし、地域住民と広域来街者の両方を取り込む戦略だとか。この日の暑気払い会場もこの商業施設の4階でした。


トラックスパークのウッドテラス。右奥手前が23階のビジネスタワーでその奥が26階のホテル・レジデンスタワー。後者にはメトロポリタンホテル(6~13階)、賃貸住宅(18~25階)、長期滞在向けのサービスレジデンス(15~17階)法人登記可能なSOHO 20戸、クリニック、スパ・サウナなどが入ります。手前がトラックスパークで広域避難場所にもなる芝生広場。ここでは帰宅困難者約3,000人を受け入れ可能で 72時間の備蓄を確保し、 広場を避難場所として開放するとのこと。昨今の災害動向から、これは十分に起こりえることです。またホテル・レジデンスタワーの最上階にはルーフトップバーが入ります。「鉄道旅」をテーマとした内装で レストランやバーはもちろん「トレインビュー」の客室もあり、眼下に現行の山手線車両基地を眺めながら過ごすことができるとか。

ステーションパーク。この施設の表玄関になります。左側前後にJR京浜東北線が走り手前を左に行くとJR/東急大井町駅に直結します。なかなか便利なモールです。これもJR東日本ならではでしょうか。右奥の背景はホテル・レジデンスタワーです。

2026年8月10日月曜日

路上のアブラゼミとクマゼミ

 8/9には、最寄りのバス停に行く途中で歩道に仰向けに最期を迎えたアブラゼミを見かけました。よく7年間土中で成長し地上で鳴くのは7日間、と言われます。地上でも子孫を残すとこのように生涯を終えるそうです。例年この時期によく見かける光景ですが、今年はいつもよりアブラゼミの声を聞くことが少なかったように感じます。
先日も報道で知りましたが、近年都市部でのアブラゼミは減少傾向にあり、暑さに強いクマゼミの勢力圏が拡大しつつあるそうです。 (詳しくは(注)参照)
故郷の舞鶴で子供の頃にはアブラゼミに比べてクマゼミは珍しく、希少な存在でした。クマゼミは体格もよく黒っぽい透明の羽で、なんとなく風格を感じ、子供ながらに獲るのが憧れでした。林の中でよく通る鳴き声を聞くといつも虫取網の届かないはるか高いところに悠々ととまっている「高嶺の蝉」でもありました。たまに獲れた時には子供仲間でも自慢のタネだったように覚えています。
虫の世界でも近年の天候や人間の生活スタイルの変化などの影響で勢力図が変わってきているようです。アブラゼミからみると虫騒がせで、はた迷惑な話かもしれません。
また、最近頻繁に人里に出没する山中の大動物の世界だけでなく小さな蝉の世界でも、と思えてくるのも世相でしょうか。
そこで、一句、
昼下がり仰向けの蝉空を抱く
ひとり蝉仰向けのまま風を聴く


役割を終えたアブラゼミの最期。真っ白い腹が印象的です。

(注)今年の関東でアブラゼミが少なく感じられる背景について(関連HPの記事を引用・編集)

関東の都市部でアブラゼミが少なく感じられるのは、都市部で続いている長期的な減少傾向の延長線上にある現象で、2026年の関東でも同様の傾向が確認されています。主な原因は 都市の乾燥・高温化(ヒートアイランド化)とクマゼミの分布拡大による勢力図の変化です。

・アブラゼミが減っている理由(関東の都市部)
1. 都市の乾燥化
アブラゼミの幼虫は湿った土壌を好みますが、都市部ではアスファルト化で雨水が浸透しない公園の土壌が踏み固められ乾燥するこれにより幼虫が生育しにくくなり、都市部での減少が顕著になっています。
2. 猛暑・ヒートアイランド化
アブラゼミは極端な高温に強くなく、真夏の日中は鳴き止む性質があります。近年の都市部の高温化は、アブラゼミにとって過酷な環境となり、個体数減少の要因になっています。
3. 人工光による夜間活動の乱れ
東京都・神奈川県の調査では、都市部のアブラゼミが夜間にも鳴き続ける例が確認されています。
これは人工光による体内時計の乱れで、繁殖行動に影響している可能性があります。

・クマゼミによる主役交代の理由
1. 関東でのクマゼミ増加推移
ウェザーニュースのここ10年のデータでは、神奈川:+8.6% 東京:+5.9% 千葉:+5.5% 茨城:+4.1%と、クマゼミの存在感が着実に増加しています。
2. 植栽移動による幼虫の移動繁殖
クマゼミは自力で移動できるのは半径約1.2km程度で広範囲を移動できません。しかし街路樹の移植の際に、根に付いた幼虫が一緒に運ばれることで分布が急拡大したと考えられています。
3. 都市環境への適応力の高さ
クマゼミの幼虫は体が大きく力が強いため、硬い・乾燥した地面でも地上に出られ都市環境に適応しやすい、という特性があります。

2026年8月9日日曜日

舞鶴実家跡の活用の開始 その4

 8/8の舞鶴の実家跡地のマンション建設現場の様子が姉から届きました。
早いもので一階部分の基礎ができており間取りがうかがえます。
一筋隣(三条通り)の友人が先代から相続し売却した敷地にも10年ほど前にマンションが建ちました。もともと先代が歯医者でした。この近辺には、町のコンパクト化もあってか、マンションや、観光客のほかに近くの火力/原子力発電所の定期保守の関係者が多く長期で利用するホテルが増えています。
元々八島商店街を中心とした商業区域でしたが、駅前の住宅区域に様変わりしそうです。


マンション建設現場の右側。正面奥は三条通り沿いの京都銀行東舞鶴支店です。
現場の敷地の前を左右に四条通りが走ります。

同中央
同左側。建物の左側(南側)の隣地との境界地に何か地下埋設設備を設置するのでしょうか。数m掘られています。

2026年8月6日木曜日

クリガニのカニ汁

 8/6には、孫の付き合いで目黒に出かけ、やや疲れて帰りに寄った寿司店(目黒駅ビル内の「寿司 活」でした)で、たまたま「大きいクリガニのカニ汁」を店内のメニュー短冊に見かけました。この季節のクリガニについつい惹かれて注文してしまいました。今年3月にも陸奥湾のクリガニを珍しく大船で見かけ自宅で美味しくいただいたばかりでした。春が旬と聞いていましたが真夏はどんな味なのか興味がわき、半分衝動買いでした。
なかなか濃厚なカニミソの味のする味噌汁で、春と同様に堪能しました。関東でよく見かけるワタリガニのカニ汁よりも一段濃厚な旨味の残る汁です。サイズはひと回り小さいですが。

2026年3月に大船の魚店で見かけ、試食した時の様子を当ブログの下記の記事にアップしていました。

陸奥湾のトゲクリガニを試食



クリガニのカニ汁。なかなか濃厚な旨味のカニ汁です。

2026年8月4日火曜日

今どきのパソコン用TVチューナー -4代目の調達-

 先日7/28には、パソコン用USB接続テレビチューナーを新機種に交換しました。パソコン(PC)でテレビ(TV)を視るためにPCのUSB端子に接続する簡易なTV信号変換器です。ここ20年程、居間とは別に自分の書斎でもTVを視たり留守中に録画したりするために利用し重宝してきました。思い返すとこの機種で4代目になります。1~2代目ではTV電波をアンテナから直接受信するアンテナロッドタイプでした。3~4代目は屋内同軸ケーブル経由で受信します。
この機種交換でも、世相の変化を感じることが幾つかありました。
まずは、USB接続TVチューナーの製品機種が減ったことです。最寄りの量販店のヨドバシカメラ上大岡店で探しましたが、一見では見あたらず店員に聞くと、今ではUSB接続TVチューナーの製品が減って、製品コーナーはないとのこと。また、在庫がないか探してもらったところ紹介されたのがPIXELA社(大阪の会社で安心しました)のXit-Square100(Xit-SQR100)でした。奥から出してきてこれしか在庫がないとのこと。一代前の機種を買うときにはこの店舗で4~5機種は並ぶ陳列コーナーがありました。背景には、TVを視るユーザが減っているとのこと。視る場合にも多くはインターネットのTV配信サイト(NHK One やTVerなど)から視ることが多くなり、外付けのチューナーは使わなくなったそうです。一時はPCにTVチューナーが内臓されていることも多かったですがそれも今は軽装化され殆ど見られないようです。そのためこれまでの主要なベンダであったI-O DATAやBuffaloも製品供給から撤退したとか。先代はI-O DATAのGV-MVP/AZでした。確かに最近は電波による放送メディアがオールドメディアと言われSNS配信に比べてその内容の深さと多様性が問われています。また、主な放送番組はインターネット経由でも同時配信または後刻聴き逃し配信されるため、放送波を直接に視る機会は減っています。ただ私には、これまで馴染んだ、定期的で、精粗混交の程よい、必要最小限の一般的な社会・世相情報として、新聞とともに、利用を続けたいメディアです。しばらくはSNSとの併用でしょうか。
いま一つは、録画・再生機能の豊富さです。ユーザの録画履歴を反映したおすすめ録画番組の提示、スキップ再生やAIを使った要約再生、録画映像の自在な編集など、新機能のオンパレードです。また、録画品質も5レベルのオプションから選べ、再生する映像の品質を問わない長時間録画(中位のHSタイプ)を選ぶと例えば現用の1.7TBの外付けハードディスクでは1,000時間程の録画ができるようになり、当面容量を気にせず録画できそうです。また、周期的に録画番組を指定するおまかせ録画の予約方法でもユーザニーズに合わせて細かに指定できまた柔軟性が高くなっています。望むらくは、スマホからも遠隔で録画、再生ができればさらに便利ですが、この機能は別の機種になるとのこと。二代目ではこれができましたが。

当初設定に戸惑いましたがなんとか基本的には機能するようになり(製造元への問合せに迅速に対応してもらいました)、これからいろいろと新機能も試してみようと思うところです。


四代目パソコン用USB接続テレビチューナー Xit-Square100。右上からTV信号が同軸ケーブルで入ります。先代よりコンパクトで軽量です。

先代の三代目のGV-MVP/AZ。8年程使いましたが次第に録画動作が不安定になってきたため新機種に切り替えることにしました。長くお世話になりました。

2026年8月1日土曜日

横浜プチパン展2026夏

 7/31には恒例の第9回横浜プチパン展(7/21~8/1)を関内の仲通りギャラリーで観てきました。今年は水彩画が集められ白い同じサイズのフレームにして100作品が展示されていました。夏場の開催、ということもあるのでしょうか。
毎年夏と冬にここで開催され、審査なしでプロ・アマ問わず小作品を出品できる、自主性の高い個性のある作品のオープンでカジュアルな、ある意味でビジネスライクな公募展です。(注)
猛暑の中でしたが久々に個性的な作品を楽しめましたし、大いに参考になりました。
ここではリーズナブルな価格表示がされ販売されます。この日は最終日1日前だったこともあり、殆どの作品には販売済の赤マークが貼られていました。
この日は、4,500歩コースでした。ジムで不足分を補充です。
因みに、昨年2025年7月にもここのプチパン展を訪ねて、当ブログに下記のような記事をアップしていました。

横浜プチパン展@2025年盛夏



一色先生の「ヨコハマブルー・汽車道」。動きと光のある海の表現に感心しました。

成澤氏の「海月」(くらげ)も印象的でした。

白い同一フレームの展示風景から

村杉氏の「夏が来た!」も気になりました。

同上
案内カンバンから

手前を東西に走る仲通りからみたプチパン展会場の仲通りギャラリー。右奥に行くと日本郵船記念館、その奥は横浜港の大桟橋のちょっと左側に出ます。私は勝手に「海辺のギャラリー」と呼んでいます。

(注)プチパン展について (ギャラリー内での説明から引用)
プチパン展とは、仏語のpetit プチ(小さい)と公募展のアンデパンダン展(プロ・アマ問わず作品を受け入れる無審査の公募展、アンデパンダンは独立的の意)のパンとを組み合わせた展覧会名です。
同じ大きさのフレームに水性画材を用いたそれぞれの個性豊かな作品をお楽しみください。
今回も100名の皆さまにご出品いただき、心から感謝申し上げます。

2026年7月29日水曜日

北上産の米「ひとめぼれ」

 7/28には岩手県北上市横川目の義弟から米「ひとめぼれ」を30Kgの米袋(中には紙の1俵袋に半分詰められています)でいただきました。毎年この時期のおいしい産直の米を頂戴し感謝するばかりです。北上の水と親族の手による産物をしっかりと味わいたいと思っています。 


今年いただいた米「ひとめぼれ」。重いです。

箱の中はずっしりと一俵袋です。

因みに。2023年4月には北上の景勝地 北上展勝地の桜並木などを訪ねた時の記事を当ブログに下記の通りアップしていました。

岩手 北上展勝地



2026年7月28日火曜日

舞鶴実家跡の活用の開始 その3

 7/26での舞鶴実家跡地での5階建てマンション建設工事の様子が姉から届きました。第3報です。
はやいもので杭打ちが始まって1月足らずで縦横の鉄筋建が進行中のようです。
隣地との境界ギリギリに建物が建ちます。ここは商業地域だったこともあるのでしょうか、隣地境界線と建物のスペースは最近の住宅地とは違って狭いようです。 

 
舞鶴実家跡の様子から。工事右側
です。姉から届いた写真をそのまま
引用させてもらっています。

工事左側です。マンションの
地下1階の駐車場の工事のように
見えます。

2026年7月27日月曜日

名古屋駅前での会食

 7/26には、岡崎に住む次男と名古屋駅前で久々に会食してきました。親からはたまの陣中見舞いのようなつもりですが、本人にどう見えているかは不明です。名古屋の地元料理の店が会場で、岡崎産の八丁味噌をふんだんに使った赤みそ料理や江戸末期から続く地元愛知県津島市の酒蔵の「長珍」(ちょうちん)を味わいながら食事を楽しめました。
短い時間でしたが、ゆっくりといろいろと話すことができました。
この日は、電車の移動が多く7,800歩コースどまりした。

会食会場の入る名古屋駅桜通口すぐ前の
大名古屋ビルヂング。10年ほど前に再築
された2代目とのこと。迷彩色のようなビル
で窓がどこにあるか分かりません。ここの3階
にある「山虎」が会食の場でした。ここの
低層階は大モールが賑わっています。
初代の大名古屋ビルヂングは、伊勢湾台風
(1959年)からの復興のシンボルとして建設
され1965年(昭和40年)に完成しました。
名古屋駅前を代表するランドマークだったそうです。

味噌おでん。しっかりと八丁味噌が使われて
います。八丁味噌は一見色が濃いので塩っ辛い
ように見えますが甘い味噌です。
出汁巻き卵にも八丁味噌のたれが使われています。
なかなか美味です。このほか定番で濃厚な味噌
煮込みも格別でした。

地酒「長珍」の原酒でしょうか。
店の正面に鎮座していました。

「山虎」の店内から。銘酒「長珍」の樽が
掲げられています。量の出ない酒らしく
私には初耳でした。小仕込み・手造りを
重視した酒造りを続けているとのこと。
尾張の代表的な銘柄だとか。少し褐色の
入るマイルドで旨味の残る酒です。

「山虎」さんの入口から。えらく混んでました。
駅前のミッドランドスクエアタワー
(豊田・毎日ビル)。トヨタの営業部門が
入居する愛知県で最も高いビルだとか。
名古屋駅の入るツインタワーの
JRセントラルタワーズです。
桜通口側は最近できた高層ビル
群が迫ります。 多くはトヨタ
関係の会社が所有、入居して
いるようです。

2026年7月26日日曜日

葉山椒の青虫被害と風船かずらの風船の実

 7/20前後から玄関先に植えていた葉山椒の葉が青虫(色、形からアゲハチョウの幼虫のようです)に次々と食べられていく異変が起こりました。数日で、それまで青々と茂っていた高さ30㎝程の葉山椒がほぼ坊主になりました。
しかし、生態系はタフで、害虫で葉が侵食された時には、虫がいなくなると途端に若芽が顔を出しこれまたあっという間に元に戻すという余力、回復力、バネというか習性があるように思っています。前の自宅の庭に植えていた柿の木でも音をたてて虫が葉を食べてしまいましたが、やがて蛾になり虫がいなくなるとすぐに新芽が生えて元に戻るのを目の当たりに見た経験があります。今回の葉山椒もそうあってほしいと思うばかりです。昨日今日の様子ではさっそくに小さな新芽が出始めていました。裏にある実山椒(朝倉山椒)は順調に伸びています。
他に、風船葛(かずら)も背丈を伸ばし1.5mに伸び、風船も4~5個つけ始めています。
また、棉の木もせっせと花を咲かせ、受粉して赤く変色しているのをみるようになりました。


棉(わた)の木も白い花を付け始めています。受粉すると
1日で赤く変色します。こちらも強い生命力を
感じさせる植物です。

葉山椒が青虫に葉をほぼ全て浸食されましたが、棘のある茎から小さな若芽が出て挽回し始て
います。逞しい生命力です。

実山椒の生育は順調です。

玄関先の風船葛、棉の木、葉山椒
です。今年はこのところ珍しく毎朝
水をやっています。


(追加) その後の葉山椒の再生


(追加1)8/2には葉山椒の若芽が出始めてきました。虫害後の逞しい再生能力です。

8/2 上面から


(追加2)8/9の葉山椒。ほぼ青虫被害前に戻っています。

今どきの納骨堂での墓参り

 8/14,15と日野こもれび納骨堂でお盆のお墓参りをしました。昨年末に舞鶴の墓仕舞いし、回収した遺骨を分骨して半分を4代続く菩提寺の得月寺の永代供養墓に合葬し、後半分の遺骨は横浜港南区にある市営の横浜日野こもれび納骨堂の納骨ケース(厨子(ずし)といいます)に  納骨しました  ...