5/23には、6年の孫が通う小学校の運動会がありました。
陽射しを避けて5月下旬の午前中0855〜1205の開催です。以前はよくあった午前の部と午后の部があり、その間の休みに家族と弁当を一緒にグランドで食べるという懐かしい光景はありません。親はシートを敷いて座ってみることはなく立見席のみです。運営や進行では、児童や父兄も参加して手際よくプログラムが進められています。改めて準備が大変だったろうなと感心しました。さらに、このためのプロジェクトチームが事前に3~6年生で編成され(メンバは会場でもゼッケンを付けていました)、企画から設営、運営までが計画、実行されたようで、これもこの学校の「自ら企画する」という方針だったと最後に校長先生が挨拶で話されていました。子供にとってもよい経験だと思いました。こんなことは私世代、子供の世代では聞いたことがなかったですが、今流なのでしょうか。やり方は多少は変わってきていますが、競技や演技は大きくは変わらず昔ながらの運動会で安心もした次第です。
ただ俳句では、「運動会」は秋の季語で5月の俳句には使えません。これは昔の運動会が秋のみの開催だったからでしょうが、季語も世の中(いまは春と秋の開催が半々だそうです)に合わせて変わってほしいとも勝手に思った次第です(複数の時期をもつ季語としての認定など)。
そこで、一句、
若葉風ゴールに向かう子とカメラ
ソーランの最後の演技新樹かな
この日は、小学校のすぐ近くの横浜日野こもれび納骨堂にある先祖の墓にお参りをして帰宅しました。
この日は、7,000歩コースでした。
《洋光台第一小運動会》
5年生の100m走のゴールから
応援席全景
高学年のリレー。この日最後の競技でした。
背景は改装・建直し中の公団(現UR)の洋光台
団地です。
6年生の「命懸けのソーラン」の団体演技。
卒業前の最後の演技で力が入っていました。
左奥は「ふれあい席」のテントで、ここに
だけ父兄用の椅子がありました。
3年生の807m走ゴールから
子供の数ほどあるカメラの目です。親は
立ち見です。
線引き用の石灰袋。懐かしい品です。
線引き器に石灰を移す用具です。背景は校舎
です。
6年生の100m走のスタートライン「入場門」
トラック全景。結構広い運動場です。
背景は校舎です。右が応援席、正面の
テントが本部、来賓席、放送席です。
テントは帆布ではなくビニール製です。
応援席全景その2。反対側から。

プログラムから。チームごとに
「運動会キャラクター」を応募から
選ぶのも令和流です。
《近くで墓参》
参拝ブースの墓前から。正面に先祖の骨壺を
納めた墓碑銘付きのステンレス製の厨子が搬送
されます。昨年12月に舞鶴の墓を改葬、分骨し
こちらに納骨しました。自動搬送式納骨施設で
ろうそくも焼香も電池式です。
小学校の近くにある日野こもれび納骨堂。
市営日野公園墓地内にあります。地下に
6,500基の厨子が納められています。