2026年6月5日金曜日

横浜開港祭「時計塔にのぼろう!」に参加

 6/1には、横浜開港祭(6/1~2)の一環として、いつもは非公開の横浜市開港記念館の時計塔が公開され、のぼってきました。これまで事後にタウンニュースの報道で見てきましたが、実際にのぼるのは初めてでした。たまたま先日の蕎麦屋談義吟行会の途中にここに立ち寄り、この企画を事前に知りました。
この記念館は、開港50周年を記念して市民の寄付により大正6(1917)年に創建されて以来、市街中心部にある市民の集会場として使われてきました。関東大震災で大きな被害を受けながらも再建され、昭和34(1959)年からは横浜市開港記念館の名称で、公会堂として利用されています。
時計塔は36mあり、いつもとは違う眺めです。時計塔は横浜の3塔のなかの「ジャックの塔」と呼ばれ親しまれています。この日は10〜14時の4時間の300人の観客を受け入れる企画で、一人当たり8分で昇り降りする忙しい見学会でしたが、一市民としても珍しい経験ができました。ボランティアの「ジャックサポーターズ」の方々が精力的に動かれていました。
この日は、10,400歩コースでした。
因みに、2023年7月にははす向かいの神奈川県庁を訪ね、下記のような記事を当ブログにアップしていました。当時、ここ開港記念館のジャックの塔は工事中でした。

文月の会展と県庁キングの塔



横浜市開港記念館。中央が時計塔で36mあり
ます。時計塔は年2回公開され登れます。
赤レンガと花崗岩を使ったフリークラシック
という建築様式だそうで、東京駅を設計された
辰野金吾氏のお弟子さん達が設計された
そうです。東京駅にスタイルは似ています。
辰野氏が英国に留学中に知り習得し日本に
広められたとか。
2階フロアから時計塔への登り口。
時計塔頂上から。はす向かいには県庁が
見えます。県庁は「キングの塔」と呼ばれ、
記念館の時計塔は「ジャックの塔」と呼ばれ
ます。因みに「クィーンの塔」は近くの横浜
税関の塔の愛称です。この塔の運営には
「ジャックサポーターズ」というボランティア
組織が指定管理者として協力されています。
頂上階から見た時計塔階段
頂上階東側には県庁越しに大桟橋が見えます。
登る途中の階段

頂上階の時計の裏側。すぐ裏に時計が動いて
いました。

記念館西側の棟。先にドームが見えます。

地上からみたドーム。震災後設計関係者の
遺品から図面が見つかり再建されました。
時計塔低層階からみる県庁全景。左奥が
横浜港です。

記念館北側の棟の屋根
2階正面のステンドグラス
「咸臨丸」
1〜2階の階段

2階正面の銅枠窓
1階正面の講堂。この日は環境関係の
会議が予定され準備中でした。

おまけ_整理券228番(300人中)が「あたり」
でこの日記念のカップをいただきました。
一地元住民として大事にしたいと思います。

2026年6月1日月曜日

薬師池公園の菖蒲園と蓮池とアメンボウ

 5/31には久々に町田にある薬師池公園を訪ねました。
狙いは、ここ近くの農家が栽培されている蕎麦畑にこの時期に咲く白い花の撮影のつもりでしたが、今年は農家の意向で多くが菜の花を植えられ今が収穫期で蕎麦の花は見られない、と途中で耳にして、農園(七国山ファーマーズセンター周辺です)の手前の薬師池公園で菖蒲園と蓮池の今を撮ってきました。
結果的には、花菖蒲がタイミング的にピッタシで多くのシニアの見物客でにぎわっていました。公園中央の薬師池には鴨の子やアメンボウなどこの時期らしい光景でした。近く台風6号が関東を直撃するとの報道もあり、その前に観ておこうという人が多かったかも知れません。
この日は、10,400歩コースでした。



公園中央の薬師池ではアメンボウが長閑です。
「水馬」と書くそうですがぴったりです。

鴨も水草の掃除役でしょうか。
次の主役の紫陽花もそろそろです。

この時期には蓮の幼葉は水面に浮きます。



白い花菖蒲は珍しい。

水車小屋も動いていました。





「大紫」です。




3年前にはこの蓮池で撮影会をしました。



菖蒲園全景

蓮池全景

2026年5月31日日曜日

道端の紫陽花と最後の定時総会

 5/29には、関わるドローンのユーザ団体の定時総会が中央区の銀座ブロッサムであり参加してきました。新富町駅から歩いて3分程の区役所の前にあります。
会場に向う途中の街路樹の根元に植えられた紫陽花が丁度見頃でした。菖蒲園の菖蒲はよく手入れされ正装の姿という感じはしますが、路肩のそれは日々の厳しい世相にもまれた普段着の、ごく普通の本来の姿のように見えます。
この総会では、フォーマルな報告と決議の後に、その時にトピカルな 話題の講演会が数件行われるのが恒例です。
今年は水中ドローンと水上ドローンのメーカからの機体開発と運用実績の発表と災害を想定した過酷環境でのドローン飛行の国際コンペの実施報告(HEDC:Harsh Environment Drone Challenge)などが行われました。一般には、ドローンは地上150m以下の上空を飛ぶ飛行体と認識されていますが、これからは、マンホール、洞道や水道管などの地下埋設物の壁面の点検・監視、岸壁や船底の付着物の撤去と点検といった水中と、島嶼国である日本の離島への物資輸送などの水上輸送の業務にドローンが使われ、これまでの人手作業からロボットを使った自動作業に移行しようとしています。また、災害対策として深刻な被害を受けた場合を想定して被害状況の把握、救助、物資輸送などのために福島県の浪江町に大規模な飛行実験場が建設され(F-REI(福島国際研究教育機構)の福島ロボットテストフィールド(RTF)です)、HEDCはそこで行なわれています。
私がこの団体の創設からボランティアで関わり始めて14年になります。任意の業界団体から4年たって一般社団法人になり、団体名称も3回の改称を経てきました。当初からはドローン業界もまた業界を取り巻く環境も大きく変遷し(総会資料では会員数が発足時の46法人が昨年度末には256団体になっていました)、成長してきました。当時は夢中でしたが、今から振り返ると、いわば日本のドローン業界が草創期のもがきの時期にあった、その一端を垣間見たようにも思えます(最初は「ドローン」は一般的ではなく「小型無人航空機」、「UAV」(Unmanned Air Vehicle)、「RPAS」(Remotely Piloted Aircraft Systems) などと呼ばれていました)。
今回でこの団体の役員からは離れますが、微力ながらも長きに亘ってよい経験をさせてもらったと関係の方々に心から感謝するばかりです。まだなんとか元気なうちに退けてほっとしているところです。
この日は、総会、講演会の後に、懇親会そして近くの中華店での賑やかな二次会と、多くの会話が輻輳する有意義で、面白い、いつもながらの会でした。これからもこうあってほしいと思いました。
ここで、一句、

梅雨晴れ間肩の荷ひとつ風に置く
紫陽花や退任前に想いをり

この日は、7,800歩コースでした。最後まで盛り上がり、久々に帰りの横浜の地下鉄が終電のひとつ前になりヒヤヒヤしました。年甲斐もなく…と、家族からは厳しい目で見られています。


定期総会会場前の並木の下の紫陽花から。
丁度満開でした。





水中ドローンの装着した高圧洗浄機による
付着物除去(Full Depth社資料引用)
潜水夫の人手不足が事業機会とのこと(同上)

空と水中のドローンの比較(同上)

今年も総会会場の銀座ブロッサム(7階)。この
右手前には、この団体の東京事務所があります。
写真手前は三叉路の橋「三吉橋」です。三吉橋に
ついては1年前の2025年6月に前回のこの総会
出席時の様子を当ブログに下記のような記事を
アップしていました。ご参考まで。

新富町の三叉橋 「三吉橋」


2026年5月24日日曜日

今どきの小学校の運動会と墓参

 5/23には、6年の孫が通う小学校の運動会がありました。
陽射しを避けて5月下旬の午前中0855〜1205の開催です。以前はよくあった午前の部と午后の部があり、その間の休みに家族と弁当を一緒にグランドで食べるという懐かしい光景はありません。親はシートを敷いて座ってみることはなく立見席のみです。運営や進行では、児童や父兄も参加して手際よくプログラムが進められています。改めて準備が大変だったろうなと感心しました。さらに、このためのプロジェクトチームが事前に3~6年生で編成され(メンバは会場でもゼッケンを付けていました)、企画から設営、運営までが計画、実行されたようで、これもこの学校の「自ら企画する」という方針だったと最後に校長先生が挨拶で話されていました。子供にとってもよい経験だと思いました。こんなことは私世代、子供の世代では聞いたことがなかったですが、今流なのでしょうか。やり方は多少は変わってきていますが、競技や演技は大きくは変わらず昔ながらの運動会で安心もした次第です。
ただ俳句では、「運動会」は秋の季語で5月の俳句には使えません。これは昔の運動会が秋のみの開催だったからでしょうが、季語も世の中(いまは春と秋の開催が半々だそうです)に合わせて変わってほしいとも勝手に思った次第です(複数の時期をもつ季語としての認定など)。
そこで、一句、

若葉風ゴールに向かう子とカメラ
ソーランの最後の演技新樹かな

この日は、小学校のすぐ近くの横浜日野こもれび納骨堂にある先祖の墓にお参りをして帰宅しました。
この日は、7,000歩コースでした。

《洋光台第一小運動会》

5年生の100m走のゴールから
応援席全景

高学年のリレー。この日最後の競技でした。
背景は改装・建直し中の公団(現UR)の洋光台
団地です。

6年生の「命懸けのソーラン」の団体演技。
卒業前の最後の演技で力が入っていました。
左奥は「ふれあい席」のテントで、ここに
だけ父兄用の椅子がありました。

3年生の807m走ゴールから

子供の数ほどあるカメラの目です。親は
立ち見です。

線引き用の石灰袋。懐かしい品です。

線引き器に石灰を移す用具です。背景は校舎
です。

6年生の100m走のスタートライン「入場門」

トラック全景。結構広い運動場です。
背景は校舎です。右が応援席、正面の
テントが本部、来賓席、放送席です。
テントは帆布ではなくビニール製です。

応援席全景その2。反対側から。

プログラムから。チームごとに
「運動会キャラクター」を応募から
選ぶのも令和流です。

《近くで墓参》

参拝ブースの墓前から。正面に先祖の骨壺を
納めた墓碑銘付きのステンレス製の厨子が搬送
されます。昨年12月に舞鶴の墓を改葬、分骨し
こちらに納骨しました。自動搬送式納骨施設で
ろうそくも焼香も電池式です。
小学校の近くにある日野こもれび納骨堂。
市営日野公園墓地内にあります。地下に
6,500基の厨子が納められています。

横浜開港祭「時計塔にのぼろう!」に参加

 6/1には、横浜開港祭(6/1~2)の一環として、いつもは非公開の横浜市開港記念館の時計塔が公開され、のぼってきました。これまで事後にタウンニュースの報道で見てきましたが、実際にのぼるのは初めてでした。たまたま先日の蕎麦屋談義吟行会の途中にここに立ち寄り、この企画を事前に知りま...