2026年7月13日月曜日

地元の上大岡熱祭

 7/12には、上大岡に出た際に丁度開催中の上大岡熱祭に巡り合いました。
ここでは年2回の大きなイベントがあり、真夏の上大岡熱祭と10月末の上大岡ハロウィン(今年は10/25)です。
今回の熱祭は沖縄文化とのコラボで新しい趣向を凝らしていましたが、目を引いたのが沖縄儀間での伝統舞踊です。その儀間神奈川會の40人ほどの大舞台でした。なかなか熱の入った演技で、熱暑の中ながら、しばしさわやかな涼風を感じました。

儀間神奈川會の演舞の途中で飛び出す獅子
(シーシー)
儀間神奈川會の演舞その1

白髪の女性を噛みついて悪霊を祓います。

儀間神奈川會の演舞その2
若い世代も参加しています。 

儀間神奈川會の演舞その3
獅子舞の先導役です。木製のミニ獅子を
持って誘導します。

American & 沖縄島人のデュエットも

沖縄民謡トリオも

会場のパサージュ上大岡商店街全景。
さながらコンパクトな沖縄物産展の様相です。
正面奥に仮設舞台、その奥が鎌倉街道、
京急上大岡駅です。因みに、すぐ後ろに
旧鎌倉街道が走ります。

2026年7月8日水曜日

カマスの旬とオニユリ

 7/5にはかつての職場仲間で桜木町で集まり歓談をしました。その時に目を引いたのが本カマスの塩焼きでした。本カマスは年に2回の旬があるそうですが(産卵後の脂がのって最も美味しい時期の秋〜初冬(9〜11月)と産卵前の身が締まり旨味が強い春〜初夏(5〜6月))、その頃に相模湾産や房総沖産が多く出回り、塩焼きや生干しなどでよく食べます。
ここでも魚で季節を感じる習慣は変わりません。
集まる途中の道端でオニユリを見かけました。こちらも今が旬でした。
この日も旨い酒と肴でゆっくりと旧交を温めた次第です。
ここで、一句、

炭火焼きのカマスの香り友集う

この日は、7,800歩コースでした。


本カマスの塩焼き。炭火の焼き具合も
丁度よくなかなかの絶品でした。

集まる途中でオニユリ(八重咲品種)を見かけ
ました。花弁が強く反り返り、表面に暗褐色の
斑点があるのが特徴とか。まさにその通りです。

(参考) 6月末には本カマスの鮮度の
良い一夜干しをいただきました。

2026年7月6日月曜日

第11回楽写会写真展

属する写真クラブの第11回楽写会写真展が7/3~9に富士フォトギャラリー銀座で行われており、 7/6には午前中の在廊当番で会場に立ち会いました。半日で60人ほどの来場があり、暑い時期にも拘わらず盛況で、来ていただいた方々には感謝ばかりです。
この日は、その後の移動を含めて10,700歩コースでした。


今回の私の出展作品でタイトルは
「一等花見所 横浜 旧根岸競馬場」です。
「一等花見所」は右奥の建物が明治初期に作られた
日本で最初の西洋式競馬場の「一等馬見所」だった
ことに掛けてみました。

会場風景から

会場風景その2。手前にはここ3回の写真展の
作品集を小机に置いています。今回は
16作品の出展でした。
会場入口から

案内状から
京橋駅前の東京スクェアガーデン前の
ピラカンサスもビルの谷間で見頃でした。

京橋の親柱。伝統的な和風の橋の欄干には、
ネギの穂の形に似た「擬宝珠(ぎぼし)」という
飾りがよく使われたそうで、京橋は明治8年に
石造りのアーチ橋に架け替えられた際、伝統的な
擬宝珠の形を残した親柱が作られました。その後
大正11年に撤去された時にここに京橋の碑として
親柱が史跡として残されたとのこと。
写真展会場のビルの横にある銀座一丁目交番。
京橋親柱の京橋の碑と道路を挟んで対向して
います。屋根は京橋の「擬宝珠(ぎぼし)」風
の欄干をイメージしたとのこと。銀座通りの
両側に「擬宝珠(ぎぼし)」が並びます。
京橋については、昨年6月2日にここを訪れ
当ブログに下記の記事をアップしていました。

             「京橋の碑」と紫陽花


(参考) 数寄屋橋交番
近くの数寄屋橋交差点にある交番も同じような
設計です。欧州で1910~30年頃流行った装飾様式
のアール・デコ調だそうです。2012年スケッチを
始めた頃のレッスンで描いていました。

2026年7月3日金曜日

舞鶴実家跡の活用の開始

 4/2には舞鶴の姉から実家跡地の建設工事が始まった、との連絡がありました。
ここには5階建てのマンションが建つ予定だそうです。
この土地は昨年6月に地元の不動産会社に売却し、その買主さんが1年経って着工されました。
売却した時の仲介会社によると、最近舞鶴では、人口減に備えて駅周辺に町の機能や居住を集約するコンパクトシティ化が進んでおり、ここもJR東舞鶴駅に近いことから、その住替え需要を見てのビジネスとみれる、そうです。この土地は海に近く地盤が柔らかいので、20m程の杭を数10本打つ工事が必要になるとのこと。完成は来春に間に合うかどうかで、昭和40年頃から変わらなかったこの一画の光景も大分様子が変わりそうです。
この工事がこの地区の新しい局面を開くきっかけのひとつになればと、期待するところです。


舞鶴の実家跡地に5階建マンションの建設
工事が始まりました。(姉撮影の写真を引用)

2026年6月30日火曜日

「夏越の大祓」に初めて参加

6/30には、「夏越の大祓(なごしのおおはらえ)」(水無月祓(みなずきはらえ)とも言われます)に、近くの永谷天満宮(ながや)で初めて参加し、茅の輪くぐり(ちのわ)を含めて一連の神事を身近に体験してきました。神官による丁寧な解説と資料付きでいわばそのフルコースでした。1年の半分が過ぎて、上半期の罪や穢れ(けがれ)を祓い清め一年の後半を人々が清浄な心身で清々しく過ごすことを祈願する神事だそうです。これまで後日に報道で見聞きしながら、実際に参加したいものだと長く思ってきました。

この日16時から全国の神社で行われている神社としては重要な神事で、皇室も皇居にある神社で行うそうです。大祓は年に2回半年ごとに行われます。もう一回は「年越の大祓(としこしのおおはらえ)」と呼ばれ、年末大晦日の午後に下半期の穢れを清め、新たな気持ちで新年を迎えるための神事として行われます。初詣の時に神社の境内で見る茅の輪は、年越の大祓の新年での有効利用でしょうか。
永谷天満宮は、横浜市営地下鉄上永谷駅から歩いて10分程のところにある古い神社で、三体しかない菅原道真公自刻の自像の一つを祀ります。地元の初詣では人気のスポットのひとつです。背後には、街並に囲まれそう広くはありませんが鎮守の森(天神山)があり、熊笹の中で紫陽花や百合の花が楽しめます。
この日、15時過ぎから受付が始まり、氏子衆を含めて300人ほどが境内に集まります。受付では①「大祓式次第」を印刷した紙、②個人のお祓いに使う切麻(きりぬさ)と人形(ひとがた)の入った半紙を折った袋、③大祓詞(おおはらえことば)を印刷した紙、④夏越の大祓についての由緒、茅の輪くぐりの意味とくぐり方を書いた「夏越の大祓について」の紙、⑤茅の輪のミニチュアの「茅の輪守り」、などが授与されます。多くの氏子会の皆さんが協力されているようです。茅の輪造りにも茅の採取から備え付けまで氏子会の有志が協力されたそうです。
16時から神事が始まり、以下のような式次第の通り進められます(資料①より)。

一、斎主招神祝詞(かみおぎののりと)
   神主が祝詞奏上する間、軽く頭をお下げ下さい。
一、献饌(けんせん)
 神主が神様にお供え物をおすすめ致します。
一、大祓詞(おおはらへことば)を奏上
 神主に合わせて皆様で奏上下さい。参列者全員が大祓詞(資料③)を読み上げます。
一、切麻を取りて祓う
 切麻で、ご自身の身体を「左、右、左」とお清め下さい。切麻とは、白い紙を5㎜角に切った紙片と1㎝程に切った藁をさします(②の紙袋)。
一、人形を取りて祓う
 人形(人の形に切った半紙)でご自身の身体を頭から足にかけてなで、最後に息を吹きかけます。人形は再度半紙にお包み下さい(②の紙袋)。
一、人形を集め、唐櫃に納める
 神主が皆様の人形を集めますので、最前列の方に人形を包んだ半紙をお回し下さい。
一、大麻(おおぬさ)で祓う
 神主が大麻でお祓いしますので、頭をお下げ下さい。
一、玉串を奉りて拝礼
一、徹饌(てっせん)
 お供え物をお下げいたします。
一、斎主送神祝詞(かみあげののりと)
   神主が祝詞奏上する間、軽く頭をお下げ下さい。 
一、茅の輪くぐり
 資料④に従って神主に引き続き、茅の輪をくぐります。くぐったあとは拝殿に上がりお参拝ください。

梅雨晴間の強い西日の中で1時間ほどかかる祭事でしたが、終って振る舞われる西瓜を有難く頂戴して身体を冷やし、今年も1年の真中に来たことを感じながら、気持ちだけは清々しい思いで帰路についた次第です。
この日は、少な目で5,800歩コースでした。
そこで、一句、

声細くくぐる茅の輪や空翔ける
夕陽差す茅の輪くぐりて身を祓う

因みに、2023年6月にもここと隣の貞昌院の紫陽花を訪ねて、下記のような記事を当ブログにアップしていました。

地元永谷天満宮と貞昌院の紫陽花



茅の輪(ちのわ)。これをくぐり8の字状に一回半
回ります。 氏子会の方々が駅近くの空き地から
茅の葉を採取して茅の輪に造り上げたそうです。
境内の小屋では神楽も演奏、舞われます。

申込みの時に授与される品々。中央は
「茅の輪守り」です。他は式次第や
大祓詞などです。

神楽の演奏と獅子舞。保存会の方々です。
撮影、SNS掲載の了解を得ました。

左の階段上に本殿があります。中央奥が
お供え物を備えた祭壇です。

神様へのお供えと祭壇。左下は参加者の清めに
使った人形(ひとがた)を集めて納めた唐櫃です。
氏子会代表によってまとめて奉納されます。
神主のリードで茅の輪くぐりが始まります。

茅の輪くぐり。神主が先導し40~50人の
グループに分けて進められます。

階段上の本殿での参拝

本殿全景

神様へのお供え物と祭壇

茅の輪の横下には刈り取ったまま
積まれています。

上永谷駅近くのこの空地から氏子会有志によって
茅の葉が刈り取られました。刈り取りには神社
裏山とこの用地を隔年で交互に使うそうです。


参拝客には冷えたスイカが振る舞われます。

帰りの境内で姫岩垂草(ヒメイワダレソウ)を
見かけました。

大祓式次第(資料①)

夏越の大祓について(資料④)。
茅の輪くぐりの由縁や手順が詳細に
書かれています。決まった和歌などを
口ずさんでくぐることが推奨されて
います。

大祓詞(おおはらえことば)
その1_前半(資料③から)。
これを参拝者全員が大祓詞奏上で
読み上げます。

大祓詞その2_後半 (資料③から)

2026年6月26日金曜日

目黒の庭園美術館

6/23午後には、目黒の自然教育園を 一巡した後に、すぐ隣にある東京都庭園美術館にも立ち寄りました。
この日は来週に開催予定の陶芸の美術展の準備のため美術館には入れないとのことでしたが、庭園だけでもと拝観することにしました。といいましても65歳以上には入場料はかかりません。最近都立の施設はそういうところが多いようです。
ここは昭和8年(1933)に朝香宮家の自邸として建てられました。その後、終戦の昭和22年(1947)に朝香宮家は皇籍から離脱され、ここを離れられたそうです。昭和58年(1983)に美術館として開館しています。1910〜1930年に欧州で広がったフランスのアール・デコの装飾様式(注)を採り入れた日本の皇室建築でもユニークな建物とのこと。近代の皇室の変遷を見るようでもあり、その結果として本館は美術館として生まれ変わり庭園も西洋庭園、日本庭園、芝庭として公開されました。

確かに、隣の自然教育園とは好対照で、自然のままをありのまま残す地区とここのようにしっかりと手入れ、管理された庭園が隣接するのも、これまた一興といったところです。庭園には多くの種類の四季の花木が植栽されています。
ここは大分前2018年2月にも一度訪ねていて、本館のスケッチを残していました(参考)。
隣りの自然教育園の素朴な野草と合わせて、季節ごとに庭木と野草を訪ねてみたいコンパクトなスポットです。


ヒペリカム(小坊主弟切:コボウズオトウトギリ)。
花とは別に赤い実を付けます。

立派な黒松も
入口の西洋庭園のオブジェ。休息をイメージ
しているように思えます。これもアール・
デコ流(注)なのでしょうか。

新館(ギャラリー棟)。本館の奥に繋がって
います。左手前も仏国彫刻家による犬の
作品です。

日本庭園内にある茶室「光華」にて。
床の間の掛け軸の書は「和敬清寂」です。
茶道の根本精神だとか。

日本庭園

本館(旧朝香宮邸)側面から。左隣に新館が
繋がっています。後に増築されたのでしょうか。

本館前の中国風の狛犬雌。子供
同伴です。

中国風の狛犬雄。しっかりと睨みを
効かしています。和洋中の折衷で、
いわば日本文化の典型です。

本館正面から

東京都庭園美術館正門

(参考)20180224にもここを訪ねていました。
当時も本館の建物に惹かれたようです。
 
(注)アール・デコについて(パンフレットから引用)
1910〜1930年にフランスを中心に欧州を席巻した工芸・建築・絵画・ファッションなど広い分野に波及した装飾様式の総称。直線と立体の知的な構成と幾何学的な模様が特徴とされる。

地元の上大岡熱祭

 7/12には、上大岡に出た際に丁度開催中の上大岡熱祭に巡り合いました。 ここでは年2回の大きなイベントがあり、真夏の上大岡熱祭と10月末の上大岡ハロウィン(今年は10/25)です。 今回の熱祭は沖縄文化とのコラボで新しい趣向を凝らしていましたが、目を引いたのが沖縄儀間での伝統舞...