ラベル 公園 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 公園 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年7月23日木曜日

横須賀佐島の浜木綿と天草

 7/21には、浜木綿(はまゆう)が見頃と聞き、横須賀の佐島(さじま)に行ってきました。京急逗子・葉山駅から佐島マリーナ行きの京急バスで30分程の海辺にあります。途中、葉山、秋谷、立石、長者ヶ崎と三浦半島西側の景色のよい海岸線の名所を次々と通過していきます。一種の定期観光バスです。また秋谷近くにあってよく利用した海辺の魚屋「魚貞」さんを見かけ今も健在なことを知り嬉しく思いました。
佐島はヨットハーバー&海辺レストラン&ホテルの「佐島マリーナ」 のあることで知られていますが、すぐ隣に県立の「天神島臨海自然教育園」があり、浜木綿が砂浜に自生する日本での北限の地とされています。そんなに広い自然園ではありませんがビジターセンタまで備わっていて、保護とPRに力が入っています。佐島はこの地区の町名で、細かくは長さ10m程の小さな天神橋で陸地と繋がる小さな島「天神島」に佐島マリーナはあります。以前に一度訪ねたことがありました。
ただ、この教育園は定休日が月曜日で、前日7/20が月曜日と海の日の祝日が重なりこのためその翌日7/21が振替え休園日になるそうで、この日は残念ながらシフトした休園日でした。そのため、外から自生する浜木綿の様子を遠くに眺めるだけでした。度々こういうことに巡り合うことがあり、これからも事前確認など要注意です。因みに、浜木綿は横須賀市の花で県の天然記念物でもありす。

帰路、佐島の海辺にある雑貨屋さんでところてんの材料になる乾燥させた「天草」(てんぐさ)がビニール袋詰めで販売されているのを見かけました。こちらはラッキーでした。訊くと、店の前の海岸で獲れたものだそうで、奥には製造途中の天日干しのケースが何箱も置かれていました。もともと天草は赤褐色の尖った針が放射状に突き出たような海草で岩場の浅瀬に自生します。ただ、年々数は減っていると言われていました。収穫した天草を水で洗い流し、晒しながら天日で干すことを何度か繰り返すと、赤褐色の色が落ちて黄土色に変わっていき干し天草として商品になるそうです。自生する天草は故郷の舞鶴の岩場でも海水浴の時によく見かけました。
50gを2袋買い(1袋400円でした)、ところてんを作るレシピまでもらってきました。50gでところてんは沢山できるとか。煮詰める途中で沪すのにはガーゼのような粗い布を使うのがよいと言われていました。
因みに、俳句ではところてんのことを「心天」と書き夏の季語です。漢字表現は感覚的に分かるような気もしますが、もともと奈良時代の「心太(こころふと)」の呼称からきているそうで、なにやら由縁、歴史がありそうです。また「天草干し」も夏の季語とか。
ここで、一句、

浜木綿の生きる堺の佐島かな
浜木綿の茂る北端佐島かな
天草や店一杯の天日干し
天草や安直(あんちょこ)たより煮詰めをり

この日は、バス移動が多かったため少な目の6,500歩コースでした。


 

自然園が休園だったため、隣接する佐島
マリーナの駐車場から撮影しました。

大分咲き進んでいます。

天神島臨海自然教育園中景。沖は相模湾です。

天神島臨海自然教育園入口。残念ながら
休園日でした。不注意でした。

天神島臨海自然教育園遠景。
右手前にビジターセンターがあります。

《  天草  》


干し天草

製造途中の赤褐色が部分的に残る
状態です。何度か水にさらすと
赤味が消えていくそうです。
店の奥では多くのケースで製造中でした。

干し天草の商品。一袋400円/50gで2袋購入しました。

天草からところてんの作り方
(クックパッドから) 。お店でいただ
きました。

《  佐島漁港・佐島マリーナ  》


佐島漁港。生シラスが多く水揚げされる
漁港です。ハサミの長いアカザガニも特産です。

佐島マリーナのヨットハーバー

ヨットを吊り上げる施設。ボートの保守や
移動用です。

佐島マリーナ。1階がレストラン、2-3階が
ホテルです。横須賀に通っていた頃にはちょく
ちょく使いました。

佐島マリーナから佐島漁港。右側が
佐島マリーナ、その沖が相模湾です。

《 参考》天草のイメージ


(参考) 海中の天草。
「紅藻類テングサ科の海藻。濃い赤紫色で太さ1mmくらい。藻は羽状に細かく分岐する。水深1~5メートルくらいの岩などに付着して自生する。水にさらし、天日乾燥させて寒天や心太(ところてん)の原料とする。」と「きごさい歳時記」にあります。舞鶴の海では当たり前のように見かけました。

2026年6月25日木曜日

目黒の自然教育園

 6/23には、午前中にある会社の株主総会に出席した後、目黒の街中にある国立科学博物館附属自然教育園(注)に立ち寄りました。
以前に近くの五反田に通っていた頃、ここでハンゲショウ(半夏生。半化粧、片白草とも)などのこの時期の野草が多くみられると聞いて、半信半疑でここを訪ね、 確かに大都市ながらも自然な環境が残され多くの野草が自生しているのを見て驚いた記憶がありました。
前回訪ねたのは10数年前のことでしたが、最近では道端の野草にも人手の入らない自然さに惹かれはじめたこともあり、たまたま、この梅雨時にここの今はどうなっているだろうかと思い起こし、この日午後に立ち寄ってみた次第です。
栽培に手を入れない園の面影はそのままで、自然のままの植生が残されていました。逆に目当の野草を探すのも、観客が自分でありそうなところを特定し探し回りますので、苦労します。
今回、資料ではじめて知りましたが、ここの敷地内の全てが1949年に天然記念物及び史跡に指定されているそうです。いまも大部分が非公開地域で、人の影響をできるだけ排除して、自然の生態系を丸ごと保存し、都会の森林がどのように変化しているかを見守っているとのこと。よく見かける大学付属の植物園や野草園などとはまた主旨が異なるようです。
時期をみて、季節の野草を観にまた訪ねようと思います。園内の「路傍植物園」などは私には格好です。
ここで、一句、

自然園水辺をともす半夏生
木漏れ日を集めて白し半夏生


ノカンゾウ(ユウスゲ(夕菅)とも呼ばれます)。
一日で咲き終わり翌朝には別の花を咲かせます。

チダケサシ(茅茸刺)も

湿地にはコウホネ(河骨)も見かけました。
黄色い椀形の花の開花には少々早かった
ようです。

ねじれて今頃花を付けるネジバナもやっと
見つけました。

シオカラトンボも

ひめがま。園内ではきめ細かく
植物名がこのように表示されています。

イヌヌマトラノオ

カヤキリ(クビキリギス)もひと休みのようです。

目当てのひとつのハンゲショウ
(半夏生、半化粧)  もなんとか
見つかりました。確かに人手が
入った様子はありません。
クロアゲハも水辺で幾つか見かけました。

ひょうたん池。ここも手入れがされていない
様子です。緑の映り込みが独特です。
ミソハギ(盆花)。私には懐かしい野草です。
管理棟で見かけたツミの剥製。ツミは散歩中にも
バードウォッチングで人気の対象としてよく耳に
します(先日も町田の薬師池近くで見かけました)。
日本で見られる猛禽類の中で最も小型のタカで、
都市部でも見られる身近な猛禽だそうです。
ここにもいるのでしょうか。この日もここの
池の傍で鳥見族を見かけました。

教育管理棟と入口

(注)国立科学博物館附属自然教育園について(関連HPから引用・編集)

目黒駅(品川区・港区の境界近く)から徒歩圏内にある「国立科学博物館附属自然教育園」は、大都市・東京の真ん中にありながら、奇跡的に手つかずの豊かな生態系が残されている場所です。


1. 自然教育園の歴史

この土地が今日まで豊かな自然を保てたのは、数百年にわたり一般の立ち入りが制限され、開発から守られてきた歴史があるためです。

  • 室町時代(豪族の館):

    「白金長者」と呼ばれた豪族 太田新六郎がこの地に館を構えたと伝えられており、現在も園内にその当時の「土塁(どるい)」の跡が残っています。

  • 江戸時代(大名屋敷):

    水戸黄門(徳川光圀)の兄にあたる、高松藩主・松平頼重の下屋敷(別邸)となりました。

  • 明治〜大正時代(軍の施設から御料地へ):

    明治時代には陸海軍の「火薬庫」となり、一般人の立入りが厳しく制限されました。
    大正時代(1917年)には宮内省の管轄となり、「白金御料地(皇室の所有地)」となりました。

  • 戦後〜現在(天然記念物・史跡へ):

    1949年(昭和24年)に、歴史的・学術的な価値の高さから、敷地全体が国の「天然記念物及び史跡」に指定され、一般公開が始まりました。1962年からは国立科学博物館の附属施設となっています。
    戦後には、住民の中心としてここの保存について高速道路やホテルの建設計画と調整することもありました。結果として、高速道路はここを回避して曲がり、ホテル建設は中止になりました。


2. 自然教育園の特徴

一般的な「きれいに手入れされた庭園や植物園」とは異なり、「自然のありのままの姿(生態系)を保存・展示する野外博物館」である点が最大の特徴です。

①武蔵野の面影を残す「奇跡の森」

都心の喧騒から切り離された約20ヘクタール(東京ドーム約4個分)の敷地には、かつての武蔵野の里山を思わせる落葉広葉樹の森、湿地、池などが広がっています。

②豊かな生物相

園内では、約1,470種の植物、約2,130種の昆虫、約130種の鳥類が記録されています。

③「変化」もそのまま観察する独自の管理

自然教育園では、あえて過度な手入れをせず、植物が自然に移り変わっていく「植生遷移(せんい)」をそのまま見せる工夫がされています。大正時代には針葉樹(モミやマツ)が中心だった森が、時代の変化とともに現在は落葉広葉樹中心の森へと自然に移り変わっており、それ自体が貴重な研究対象となっています。


隣接する「東京都庭園美術館」が美しく整えられた人工美の庭園であるのに対し、自然教育園は「ありのままの自然美」を体感できる場所として、絶妙なコントラストを成しています。都会のオアシスとして散策や森林浴、自然観察にぴったりのスポットです。

2026年6月19日金曜日

梅雨の晴間の上郷あじさいの丘

 6/16には、梅雨の晴間に隣の栄区にある「上郷あじさいの丘」に出かけました。
第9回上郷あじさい祭(6/13〜21)が開催中でした。
天神橋から神奈中バスで上之行きに乗換え犬山で降りると歩いて10分程でたどり着けます。自宅からは1時間コースです。
もともとすぐ裏にあるゴルフ場の鎌倉カントリークラブの敷地を借りて10年ほど前からボランティア団体「栄区あじさいの会」が開墾から始め、約3,000株のアジサイの植栽、日頃の手入れ、今回のようなイベント企画をこなされています。このためここは公園ではなく私有地が一般客に開放されていることになり、園内には何か所かに「私有地につき…」の注意を促す掲示がみられます。
また、園内がきちんと管理されているのには驚きました。鎌倉カントリークラブの地元住民と連携した社会貢献活動の一環のようにも見えます。
この日は梅雨の晴間で、斜面にある雨上がりのあじさいをゆっくりと観て回りました。丁度見頃でした。
紫陽花は「七変化」ともいわれます(俳句では紫陽花の子季語です) 。開花からの時間経過により色が変わります。咲き始めは淡緑色、次第に青や桃色に発色、咲き進むと紫色やくすんだ色に変化し、終盤には緑色を帯びることもあります。この丘でもこのような色が混在します。因みに真っ白の株は別種で色は変わらないそうです。

そこで、一句、

紫陽花や谷戸を見渡す高みより
紫陽花や雨の上がりし昼下がり

この日は、9,500歩コースでした。
因みに、昨年2025年6月16日にもここを訪ね、下記のよう記事を当ブログにアップしていました。

上郷あじさいの丘で紫陽花を堪能

 

《上郷あじさいの丘》


上郷あじさいの丘は鎌倉カントリークラブの
しぐ下にあり(すぐ上にはゴルフコースの金網を
張った塀が見えます)、急な斜面にあります。


紫陽花の間にキスゲ(ユウスゲ:夕菅)も
満開でした。
斜面の奥には鎌倉カントリークラブの
ゴルフコースがあります。


かわった種類の紫陽花も。
正面道路を通りがかりのバイクからもアジサイ
鑑賞です。



上郷あじさいの丘全景

《往復路にて》


往路路端で見かけたキキョウ(桔梗)です。
もう秋の七草です。
帰路途中のお宅で見かけたテッポウユリ
(トライアンファータ)

2026年6月1日月曜日

薬師池公園の菖蒲園と蓮池とアメンボウ

 5/31には久々に町田にある薬師池公園を訪ねました。
狙いは、ここ近くの農家が栽培されている蕎麦畑にこの時期に咲く白い花の撮影のつもりでしたが、今年は農家の意向で多くが菜の花を植えられ今が収穫期で蕎麦の花は見られない、と途中で耳にして、農園(七国山ファーマーズセンター周辺です)の手前の薬師池公園で菖蒲園と蓮池の今を撮ってきました。
結果的には、花菖蒲がタイミング的にピッタシで多くのシニアの見物客でにぎわっていました。公園中央の薬師池には鴨の子やアメンボウなどこの時期らしい光景でした。近く台風6号が関東を直撃するとの報道もあり、その前に観ておこうという人が多かったかも知れません。
ここで、一句、

アメンボの重なる水輪舞踏会
蓮浮葉雨粒ためてプカリかな

この日は、10,400歩コースでした。



公園中央の薬師池ではアメンボウが長閑です。
「水馬」と書くそうですがぴったりです。

鴨も水草の掃除役でしょうか。
次の主役の紫陽花もそろそろです。

この時期には蓮の幼葉は水面に浮きます。



白い花菖蒲は珍しい。

水車小屋も動いていました。





「大紫」です。




3年前にはこの蓮池で撮影会をしました。



菖蒲園全景

蓮池全景

今どきのパソコン用TVチューナー -4代目の調達-

 先日7/28には、パソコン用USB接続テレビチューナーを新機種に交換しました。パソコン(PC)でテレビ(TV)を視るためにPCのUSB端子に接続する簡易なTV信号変換器です。ここ20年程、居間とは別に自分の書斎でもTVを視たり留守中に録画したりするために利用し重宝してきました。...