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2026年4月30日木曜日

山下公園の花壇展ー国際園芸博2027のリハーサルー

 4/25には山下公園で開催中の花壇展を観てきました。よくみると「第62回花壇展」とあり随分と歴史ある企画です。またこの時期、横浜市各地を繋いで行われる「第48回 よこはま花と緑のスプリングフェア2026」のなかの一つの企画イベントとのこと。
内容は、海辺の山下公園に、海を背景にした、一般家庭の庭の広さ4m×3m程の約20区画(箱庭です)の花壇作品が並ぶ展示・コンクール(4/4〜5/6)で、地元の造園業者・団体などが(社会的な)メッセージを込めて作品を出展し、市長賞などの審査・表彰があります。この花壇展は単なる「きれい」イベントではなく、都市政策として、横浜の進める「ガーデンシティ横浜」という都市ブランド戦略の中で、その“現場のショーケース”という意味をこめているとか。来年3~9月の国際園芸博2027のプレイベントでもあるようです。
いろいろと思い入れはあるとしても、横浜らしい海と花と緑の取り合わせはユニークで開放的なイベントで、好天の中ネモフィラなど若々しい花の作品が良く映え、この季節には十分に楽しめました。また、強い陽射しに写真映えもします。
このところ、市内には、この花壇展のような、1年先に迫る国際園芸博2027のリハーサルのような企画を多く見かけます。町の公園や空き地も整備され「GREEN×EXPO2027」の標語を至る所で見るようになりました。園芸博は、1990年に愛知で開催された「花の万博」以来37年ぶりのA1クラスの万博だそうで、町でも次第に力が入ってきました。一地元民として応援し協力したいところです。
そこで、一句、

初夏の海箱庭競う花壇展
夏きざす海と小庭の花壇展 
ネモイラや大桟橋の飛鳥Ⅲ
石楠花ののぞく紅花毒消され

因みに、昨年2025年4月15日にもここを訪ねて下記のような記事を当ブログにアップしていました。イベント企画の内容や開花時期が年々変わっているようです。コースを歩く順など自分の好みでしょうかお気に入りが段々と定着してきています。今年も「いをり」ビル前を通り絡まる蔦をみてきました。

横浜港と花壇展とノルウェージャン・スピリット


背景は係留される貨客船「氷川丸」。
作品タイトルは「花の波に乗って」。

背景は大桟橋と接岸中の就航したばかりの
クルーズ船「飛鳥Ⅲ」

氷川丸近景







赤い靴はいてた女の子像

タイトルは「和風庭園と花の共演」。横浜市緑の
協会理事長賞作品だそうです。


帰りにはビルの陰で見頃の石楠花(しゃくなげ)
を見かけました。背丈が4~5mと高く立派な
「高嶺の花」でした。全草に神経毒がある
そうです。

山下公園岸壁とみなとみらい21(MM21)地区
大桟橋と飛鳥Ⅲ

山下公園全景と氷川丸遠景。右手奥は
マリーンタワーです。

2026年2月4日水曜日

横浜中華街の春節祭2026ー百節龍ー

2/1には、横浜中華街の春節祭を観てきました。中華街の目抜き通りの空中に舞う赤いランタンの龍の飾り「百節龍」、青森のねぶたのような干支や中国故事に因んだイルミネーションオブジェなどが並ぶので「春節燈火」とも言われます。
今年も中華街大通りと関帝廟通りを一巡してきました。週末でもあってか大変賑わっていました。
ここ何年かこの季節にはこのイベントを観てきましたが、今年は中華街地区内のランタンやイルミネーションの数や規模は抑えて周辺の市街地(横浜駅、戸塚駅、関内駅、みなとみらい地区(MM21)のランドマークタワービルなど)に小ぶりなイルミネーションを置いて、中華街に集客するように方針を変えているようにみえます。ここ数年の傾向のようです。また、中華街の店舗も新陳代謝が進んでいるようで老舗の聘珍楼や龍鳳酒家なども閉店して別の店に変わっていました。最近は中華料理店のほかに「占館」という占所の出店が多く若い女性には人気があるようです。
帰りには、華僑の間で信仰されている関帝廟と媽祖廟(まそびょう)にも寄りました。いつもながらの金色を多用した極彩色ですが、中国では、金色は、皇帝の色、天の権威、富・繁栄・成功、邪気を祓う力の象徴として重宝されていることに、いつもながら日本とは真逆で彼我の差を感じます。
この日は、8,800歩コースでした。
ここで、一句、

春節や百節龍とにらみ合い

因みに、3年前の2023年2月5日にもここを訪ね、当ブログに下記のような記事をアップしていました。同様に2022年から毎年訪れていて「春節」で当ブログ右上の検索窓から記事を検索できます。確かに写真になりやすいイベントです。

横浜港夜景と中華街春節


中華街大通りの百節龍1

山下町公園の天馬像。今年の干支です。

関帝廟中門のランタンをくぐって本殿へ

百節龍1を真下から

金蟾(きんせん:蟾はヒキガエルの意)。
金塊を背負って特殊詐欺撲滅を訴えて
います。ご時世です。私は
いつもは「銭蛙」
といっています。(注1)

百節龍1の尻尾から
関帝廟の狛犬雄。小銭を
抱えています。

関帝廟通りの百節龍2
山下町公園の東屋  會芳亭(かいほうてい)
と狛犬。かつてこの場所にあった劇場兼料亭
「會芳楼」という由緒ある施設の名前に因んで、
2000年の公園整備時に建てられたとのこと。

百節龍1の中景。緑の玉「龍珠
(りゅうじゅ)」(注2)を追っています。

(追加)中華街から少し離れた関内駅前の
伊勢佐木町入口でも小さな春節祭の
イルミネーションを見かけました。

(注1)金蟾(きんせん)について
中華料理店のレジなどでよくみかける金貨や金塊をくわえた蛙(ヒキガエル)の像。別名では、 多くは前脚が2本、後脚が1本の三本脚であることから「三脚蟾蜍(さんきゃくせんじょ)」ともいわれる。
金蟾は、富と財運をもたらす霊獣とされ、中国の以下のような道教伝説に由来する。
仙人に諭されて改心した妖怪の蛙が財宝を吐き出して人々に富を与える存在になり、その姿が「金貨をくわえた三本脚の蛙」として表現された。それから、金蟾は招財、商売繁盛、家運隆盛のシンボルとなる。
口に金貨をくわえている金蟾は財を招き入れるように頭を店の中に向けることが多い。(関連HPから引用・編集)

(注2) 龍珠(りゅうじゅ)について
横浜中華街の春節祭で、百節龍が追いかけている緑の玉は、如意宝珠(にょいほうじゅ)、龍珠(りゅうじゅ)、夜明珠(やめいじゅ:特に光り輝く玉を指す)と呼ばれ、日本ではまとめて「龍の宝珠(ほうじゅ)」と説明されることが多い。
この玉は縁起のいい象徴で、
・知恵・真理・悟り
  龍は天と地をつなぐ霊獣で、宝珠は「宇宙の真理」や「最高の知恵」を表す。
・富・繁栄・幸運
  商売繁盛、五穀豊穣、財運上昇の象徴。
・願いを叶える力
  「如意」という名の通り、思いのままに願いが成就する力を持つとされる。
の意味をもつ。(関連HPから引用・編集)

2026年1月31日土曜日

早春の取り合わせ風景―梅と菜の花のコラボー

 1/31には平塚の花菜ガーデンに久々に出かけました。この時期話題になる菜の花と梅の取り合わせをここで一見したいと思っての散歩コースの選択でした。菜の花と桜は同時期に咲くことが多いですが、梅と一緒に観るのは関東ではそう多くはありません。
結果的には正解で、白梅も菜の花も咲き始めた時期で規模はそう大きくはありませんが早春を目の当たりにしました。
花菜ガーデンには、平塚駅北口から秦野駅行の神奈中バスで20分ほど北上し降車すると10分程で到着します。入口前にはJA湘南の運営する地元農作物の大型直売所「あさつゆ広場」があり賑わっていて、私もいろいろと物色してきました。ここは明治期以来の農業試験場だったところで、2006年に試験場が伊勢原市に統合されたことで、その跡地を「農業と園芸」を楽しみながら学ぶ場所として2010年に市民に開放されました。地元ではバラの交配やコレクションでよく耳にします。
もうひとつ、ここはチェコの園芸家カレル・チャベックの園芸を理想としているそうで、中央に「チャベックの家と庭」をイメージして再現されたエリアがあります。彼の著作「園芸家12か月」(1929年頃出版)は世界で今も愛読されているとのこと。また彼はSF作家でもあり「ロボット」という言葉の創始者だそうです。
ここで、一句、

春隣梅と菜の花の揃い踏み

この日は、10,700歩コースでした。

因みに、3年前の秋20221011にここを訪ねて下記のような秋バラの記事を当ブログにアップしていました。

花菜ガーデンの秋バラ


白梅も菜の花も咲き始めたばかりで
よい取り合わせでした。

紅梅との揃い踏みです。








チューリプ畑(秋にはコスモス畑に変わります)。
出たばかりの芽を熱心に撮影する写真好きを見かけ
ました。背景右奥の高い頂は大山山系です。背景
  中央には雲の間に小さく富士山も見えていました。
     
カレル・チャベックの家。花菜ガーデンが
理想とするチェコの園芸家で今も残る彼の
家と庭を再現したもの。ここの「庭」、
「園芸」のコンセプトのシンボルだそうです。
カレル・チャベックの家と庭。
家は記念館となっています。
  
花菜ガーデン入口にて。この日は菜の花が
主役のようです。

(参考)チャベックの家は2024年9月に
スケッチ教室の題材になっていました。
外壁の色やつる草の絡みが画いた頃とは
ちょっと変わっているようです。

2025年10月19日日曜日

映画「ワルシャワ蜂起」

 10/19には近くの本郷台駅前にあるあーすぷらざ(正式には神奈川県立地球市民かながわプラザ)で映画「ワルシャワ蜂起」を観てきました。
ワルシャワ蜂起については、第二次世界大戦中のポーランドで起こった、当時のドイツ占領下でのレジスタンス運動、くらいしか知りませんでした。
この上映会を知ったのは、いつも通う句会があーすぷらざで行われ、その途中にある公益社団法人青年海外協力協会(JOCA:JICA海外協力隊のOB・OGが中心となり組織された団体。この施設の指定管理団体です)の事務所前の掲示板で、このドキュメンタリの上映会のビラをたまたま見かけ、気になっていました。
ワルシャワ蜂起は、第二次世界大戦末期の1944年8月1日から10月2日にかけて、ナチス・ドイツ占領下のポーランドの首都ワルシャワで起こった大規模な武装蜂起です。西欧で劣勢になったドイツに対して連合国ソ連赤軍がワルシャワに侵攻する前に、ロンドンにあったポーランド亡命政府は、ドイツから自力で首都を解放し、亡命政府の支配下にあることを示す独立政権を樹立することで、戦後のポーランドの独立と主権を確保することを目指しました。(注)
結果的には、蜂起はドイツに鎮圧され、多くの人命を失いました。蜂起軍の兵士が約1万6千人、民間人が推定13万から25万人にも上りました。さらに、鎮圧後、約70万人の住民が市から追放されました。この一部がウクライナにも移住したそうです。
ワルシャワ蜂起は、自由と主権のために払われた途方もない犠牲であり、ポーランド人の国民的アイデンティティの核心をなす出来事として、現代まで強く記憶され、評価され続けている、とのこと。一方で、蜂起を始めたことに対して、敗戦後にはどこでも言われることですが「無駄な犠牲」論もあるようです。
この映画では、蜂起開始から一時期市内一部を解放するも、その後ドイツの反撃を受け大きな被害を被る様が、蜂起軍の撮影班の目で見た記録映像に、カラーと撮影班メンバの会話を付加して、リアルに映像化されています。

悲惨な映像が多いなかにも近くで撮影した現場の小さな出来事の映像もあり、戦時の映像としては幅広く様子を伝えるドキュメンタリになっています。いまのガザやウクライナを思わせる惨状は今もなにも変わっていないと思いましたし、依然として国土、主権一体の原則が守られていない様を目の当たりにし、隣国の占領がいかに悲惨なものかを見せつけられる思いでした。
上映会と同時に、ここでは併せて「ワルシャワ。灰の中から蘇る不死鳥」展が行われていて、戦後の復興の模様が詳細に展示されています。ワルシャワ市には「ワルシャワ蜂起博物館」があり、この企画はこの博物館の蜂起80年記念の企画の一環であったようです。
一連の上映会、企画展を通して、この蜂起がいまもポーランド人のアイデンティティの源泉になっているようにあらためて思いました。
ポーランドは、私にとって今からでも行けるものなら行ってみたい国のひとつでしたが、その思いをさらに強くしました。
この日は、7,800歩コースでした。


因みに、ここのあーすぷらざでは、しばらく前には、横浜で夏に開催された第9回アフリカ開発会議(TICAD9)のアピールをしていました。当ブログにもTICAD9直前の2025年5月に以下のような記事をアップしていました。

カンガ展@本郷台あーすぷらざ

もう一つ、あーすぷらざでは、木曜日に上映会が定常的に行われているようで(「木曜上映会」と呼ばれているとか)、興味のある映画予告もありました。今回は日曜日に行われた、その特別企画だったようです。映画好きの私には自宅近くの身近な新しいミニシアタとしてもこれから利用できそうです。


映画のチラシから

「ワルシャワ。灰の中から蘇る不死鳥」
展から。1944蜂起前後の年代順に
説明されます。


1944 蜂起兵の共和国
1945 ワルシャワ解放
「ワルシャワ。灰の中から蘇る不死鳥」展入口

「ワルシャワ。灰の中から蘇る不死鳥」
展のチラシから

同上その2

(注)ワルシャワ蜂起の背景、経過そして結果
背景: ポーランドは第二次世界大戦開戦時にドイツとソ連に分割占領され、国内にはロンドンに亡命していたポーランド亡命政府系の地下組織「国内軍(Armia Krajowa, AK)」が抵抗活動を行っていました。
目的: 国内軍は、東部から進撃するソ連赤軍がワルシャワに到達する前に自力で首都を解放し、亡命政府の支配下にあることを示す独立政権を樹立することで、戦後のポーランドの独立と主権を確保することを目指しました。これは、軍事的にはドイツと、政治的にはソ連と戦うという性格をもちました。
開始: ソ連軍がワルシャワ近郊にまで迫り、ドイツ軍が混乱しているタイミングと見て、1944年8月1日に蜂起が開始されました。国内軍は約4万人の兵力を動員し、当初は市内の一部を解放するなど優勢に進めました。
結果:  鎮圧と大損害: 蜂起は63日間に及びましたが、武器が不足し、連合国(特に期待されたソ連軍)からの支援がほとんど得られなかったため、ドイツ軍によって徹底的に鎮圧されました。人的被害: ポーランド側の犠牲者は膨大で、蜂起軍の兵士が約1万6千人、民間人が推定13万から25万人にも上りました。鎮圧後、約70万人の住民が市から追放されました。
ワルシャワの破壊: ドイツ軍は蜂起への報復として、ワルシャワ市街の徹底的な破壊を計画・実行しました。これにより、歴史的建造物を含むワルシャワの市街地はほぼ完全に廃墟と化し、文化遺産の多くが失われました。
政治的結末: 蜂起の失敗とソ連軍の進駐停止(傍観)は、亡命政府の勢力を弱め、その後ソ連が主導する共産主義政権がポーランドに樹立される決定的な要因の一つとなりました。また、ソ連による支援拒否は、ポーランド人の間に強い反ソ感情を植え付ける結果となりました。

ワルシャワ蜂起は、ポーランドの独立と主権を守ろうとした悲劇的な抵抗として、ポーランドの歴史において非常に重要な出来事とされています。
ワルシャワ蜂起での敗北は、ポーランド国民にとって悲劇的な敗北でありながら、同時に抵抗と独立の精神を象徴する英雄的な行為として、非常に複雑で重要な意味を持っています。

総じて、ワルシャワ蜂起は、自由と主権のために払われた途方もない犠牲であり、ポーランド人の国民的アイデンティティの核心をなす出来事として、現代に至るまで強く記憶され、評価され続けています。  (関連HPなどから引用、編集)

2025年9月20日土曜日

大阪・関西万博の大屋根リング その1(夜景の部)

 9/18には日帰りで大阪・関西万博を訪ねました。開催最終日10/13まで23日を残す最終段階での訪問でした。この日は晴れ時々雨でしたが、お湿り程度の雨で炎天下の移動には助かりました。
新大阪からは、大阪メトロ御堂筋線で本町まで行き同中央線に乗り換えて夢洲(ゆめしま)で降りると、目の前が万博会場の東入口ゲートになります。11時入場のチケットでしたが入場までに1時間程かかりました。主に手荷物のX線検査に時間を要しました。人によっては、ここから折りたたみ椅子を使う人もいて、会場内での行列待ちを予見させてくれます。
パビリオンに入るには、基本的に入場券のほかにパビリオンごとの予約が必要ですが、私は、「大屋根リング」をじっくり見てこようと思い、予約のいるパビリオンには事前申し込みはせずに臨みました。事前情報では予約の要らない先着順で入場できるパビリオン(主に外国のパビリオンでした)も多いと聞いていたこともあります。
結果的には、予約の要らないパビリオンの前には、ほとんどが長い行列で8時間ほど滞在しましたが、入れたのは、国連、EUや大阪府など公共機関、ソーラーやSDGなどのテーマ館、複数の国が同居するコモンズ館-A~F、などの15展示程度と限られた箇所でした。この日も入場者は大盛況で、一定数以上が入場する日は、いつもこうなるのでしょう。リピート券の意味がよくわかります。会場SNSなどによると予約なしパビリオンも1.5~3時間の待ちが表示されます。こんな感じで、まあ前評判通りでした。
目当ての大屋根リングは、期待通りでした。リング長2Km、高さ12~20m(外側に上り傾斜になっています。内側が回廊(スカイウォーク)です)、幅60mという堂々たる木造建造物です。一周すると万博の全パビリオンを俯瞰でき、南側の一部からは大阪湾も望めます。とくに、リング内には外国のパビリオンが全て並び、国柄を表す建物外観がみれます。事前の評判はいろいろありましたが(白木を好まない欧州諸国や中国からはどう見えたでしょうか)、国立競技場の延長線上にあり日本特有の他にはない良い企画だと思いました。また、万博コンセプトの「多様でありながら、ひとつ」、「One World, One Planet」の趣向にもマッチしていると感じます。世界一大きな木造建築物としてギネス登録されたとか。
写真は多く撮りましたので、徐々にアップしていきます。まずは印象に残った夜間ライトアップの時間帯の模様です。
この日の復路には、21時会場西ゲート発の直通夜行バス便が予約できたため直帰し、予定より早く0630には横浜駅に到着しました。長い一日でしたが、見るもの知るものが強く印象に残る日でした。

この日は、26,850歩コースと、さすがによく歩き回りました。しばらくはゆっくりします。



柱には場所を示す番号がふられています。





左手前はベルギーのパビリオンでプロジェク
ションマッピングの展示中です。



ウォータプラザでの水上ショー「アオと夜の
虹のパレード」。リングは赤くライトアップ
されます。

空気、光、炎、映像、音楽のスペクタクル
ショーとのこと。毎日1930から開演です。

会場南側のウォータプラザにもリングは
架かります。夜間には青くライトアップ
されます。リングの奥は大阪湾です。大阪湾は
日本大都市では珍しく西に開けた港だそうで
この方向右に日没が見えるそうです。

20時過ぎになると日中のここでの人だかりも
緩んでいました。「みゃくみゃく」像前から。

今どきのパソコン用TVチューナー -4代目の調達-

 先日7/28には、パソコン用USB接続テレビチューナーを新機種に交換しました。パソコン(PC)でテレビ(TV)を視るためにPCのUSB端子に接続する簡易なTV信号変換器です。ここ20年程、居間とは別に自分の書斎でもTVを視たり留守中に録画したりするために利用し重宝してきました。...