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2026年9月10日木曜日

ちょっとしたパソコン修理ー小荷物用タグの細針金の利用ー

 9/9には、ノートパソコン(PC)のキーボードを自前で修理し、はからずも驚くほどパソコン操作が改善しました。

これまで新旧含め3台のノートPC(デスク用大型、持ちび用中型、同小型)が、長く使用していると、いずれも特定のキー及びその周辺の複数のキーの反応が他と比べて遅いか何度か押さないと入力できない、ないしは何度押しても入力できない、といった入力不良が起ってきます。そこで、あるPCでは、外付けのUSBキーボードを使ったり、別のPCではスクリーンキーボードを使ったりして、その時々の状況に合わせて補っていました。
それが段々と煩わしくなり、直るものならと思い、メーカに修理の方法を問い合わせたり、ネットで調べたり、近くの量販店のヘルプデスクに持っていったりしていました。しかし、いずれも、キーボードだけの取り換えは時間と費用がかかる、当該PCは相当使い込んで古いのでそろそろ新しいのに買い替えたらどうか、などと、PCごとの交換を勧められます。また、キーボードのボタンを外すのは避けたほうがよい、と素人は触らないほうが無難とまでいわれます。
といっても、年齢を考えると今からPCの新品購入は考えずらく、買うなら中古かなあ、と思いながら、それなら自分でできるところまで修理をやってみるか、と思いたち、ボタンを外さない範囲で色々と試してみました。
その中で、ひとつ効果的で簡単な方法が見つかりましたので、参考情報としてアップした次第です。
それは小荷物など荷造り用のタグについている細針金(より針金、タグワイヤ、タグの針金などともいわれます)を使うことです。これがその細さ、ホコリを取るにはほどほどの固さ、柔軟性などでキーボードの修理には丁度良いようです。電源を切った状態で、ボタンを外すことなくボタン周囲の隙間から2~4cm分の細針金をボタンの下に入れてゴソゴソとボタンの背面を掃除します。この操作を動作不良のキーボードのボタンについて試みると3台のPCでいずれの入力不良ボタンも操作性が完全に回復しました。この方法では、キーボードのこの種の入力不良は、キーボードのボタンの背面に隙間から入り込んだホコリや紙片などが接触を悪くしているのが原因ではないかとの想定によります。これまでデスクトップ型のPCを使っていた頃に外付けの大型のキーボードでよく目にした光景から、ノートPCでも同じことが内部で起こっているのではないか、との想定です。内部の圧着センサなどの部品の劣化や破損が原因だとこの方法は効きません。結果的にはたまたま想定が当たったのかも知れません。いわばパソコンの余命をなんとか伸ばす試みでしょうか。
想像するに、キーボードの入力不良でノートPCを機種交換するケースも一般には多いと思われ、上記のような草の根的な方法でその幾分かでも救済できれば、と思うところです。

そこで、一句、

パソコンの延ばす余命や敬老日


荷造り用のタグについている細針金がパソコンのキーボードの入力不良の修理には効果的です。
小荷物用タグ。最近はあまり見かけない品ですが、これは取壊し前に舞鶴の実家から持ち出した昭和期のものです。

2026年9月2日水曜日

舞鶴実家跡の活用の開始 その5

 郷里舞鶴四条にあった実家跡地の活用事例として、8/27時点での5階建マンション建設の様子が姉から届きました。この地区の変化に繋がりビジネスとしてもうまく回ってほしいという思いから、他所事ながら気になり様子見を続けています。
前回(同上その4、下記) 地下の基礎工事段階で林立していた鉄骨が役割を終えたのか、間取りの壁の部分だけになり短くなっています。これから一階ごとに積み上げていくようです。また、表(写真手前)の四条通り側はエントランスか駐車場のスペースのようにも見えます。
そのうち分かるのでしょうが、段々と間取りが単身者向きなのか、家族向きなのか、その組み合わせなのか、にも興味が出てきます。この区域の長期的なコンパクトシティ化志向なら家族向けの間取りでしょうし、当面の回転の速い顧客がターゲットなら単身者向けのワンルームになるように思います。数年前お世話になった地元の不動産業者が駅前に建てられたのは確か5階建てのワンルームマンションで竣工直後全室埋まったと言われていました。
もうしばらく工事の推移を見守りたいと思っています。

先回には8/8時点の工事現場の様子を下記のように当ブログにアップしていました。

舞鶴実家跡の活用の開始 その4

舞鶴実家跡地の建設現場の四条通りからの様子。
敷地の北側です。鉄筋が間取りの境界だけに立っています。
(姉撮影の写真引用、以下同様)

同敷地中央です。

同敷地南側です。

地下の基礎工事が終わった段階の舞鶴実家跡地の全景です。

2026年9月1日火曜日

来春開園の市営舞岡しぜん墓園のこと

先日市営地下鉄で移動中に舞岡で建設中の市営墓地で新たな個別の墓地区画の公募が始まったことを知りました。私も5年前に同種の公募に応募し、日野こもれび納骨堂の1区画を確保し(30年の賃借契約です)昨年末に納骨した経験から、今度はどういう形式の墓地の公募かと、興味がそそられました。
舞岡は最寄りの地下鉄駅の港南中央駅から北に3つ目の駅ですぐ近くになります。今回は、以下のような公募内容でした。

1. 公募名:  舞岡しぜん墓園(新設)
2. 開園・使用開始時期: 令和8年度末(令和9年4月~使用開始予定)
3. 公募の狙い:  高齢化と需要増加への対応: 横浜市民の高齢化に伴う墓地需要の高まりに応えるため。多様化するお墓のニーズの受け皿: 「墓じまいの心配がないお墓を望む」「継承者がいない」「自然に近い形で眠りたい」といった市民のニーズ変化に合わせ、樹木葬や合葬式墓地など多様な形態を提供。
4. 場所: 横浜市戸塚区舞岡地区に整備中の新しい市営墓地
5. 特徴:
・自然調和型の公園墓園: 豊かな緑地や自然景観を生かした「公園型墓園」として整備。
・多様な供養形態: 従来の普通墓地に限らず、樹木葬墓地や合葬式墓地などを備え、継承問題に配慮した設計。
・安心の公営管理: 宗教不問で利用でき、横浜市が経営管理するため永続性・費用の面で安心感がある。
6. 公募墓地区画の種類: 
・芝生型納骨施設:6,000区画
・合葬式樹木型納骨施設:2区画(1,500体)
・合葬式樹林型納骨施設:1区画(1,500体)
・合同埋蔵墓(将来設置予定):1区画
7. 公募申込期間: 9月1日~9月30日(今日からでした)
8. 申込資格: 3ヶ月以上継続して横浜市内に住民登録があること、など


今回の公募は、日野こもれび納骨堂の場合よりは何倍も大規模で全体が新設墓地です。墓地区画の種類も4種と多く、昨今の市民の多様なニーズを先取りしたもののように思われます。造成開始も平成30年(1988年)で実に来年の完成まで39年の大事業だったようです。まさに自治体規模でしかできない市民インフラ工事です。
ここには日野こもれび納骨堂のような自動搬送式の大規模な納骨堂はなく、場所が近いことから互いに機能的に棲み分け、補完しているようです。
これだけ墓地区画の種類と規模が揃いいずれも30年程の有期賃貸借契約だとすると、市営墓地としての役割をこの規模で30年周期で回して運用することで果たすことになり、今後、寺の運営する民営(宗教法人)の墓地と共存していくことになるようです。
このところの日野公園墓地における日野こもれび納骨堂と今回の舞岡しぜん墓園の内容、そして郷里舞鶴で明治期来の墓地の変化、近所の寺での最近の墓地造成の様子、などをみると、これからの地域の墓事情、主な選択肢が見えてくるように思いました。
アクセスはJR戸塚駅からバス便が便利なようですが、地下鉄舞岡駅からも歩いて約20〜25分でたどり着けるそうで(シニア世代には30分コースです)、近く工事中の現地を散歩コースにして訪ねてみたいと思っています。

因みに、横浜日野こもれび納骨堂については、先月8/14,15に墓参りをした折の様子を、当ブログに以下の記事をアップしていました。

今どきの納骨堂での墓参り


また、近所の乗願寺での墓地造成の様子を、宗教法人での一事例として2026/8/21に当ブログに下記のような記事をアップしていました。

もう一つの先祖の霊の埋葬方法

2026年8月26日水曜日

句会の再編と引き継がれる五つのモットー

 7月末に昨年12月から参加している俳句句会が再編されるとの通知を受けました。現在4つの句会に参加していますが、この会は2007年に発起人5人で横浜に発足し19年目になり、私には歴史ある刺激の多い句会です。会員は米子、大阪、高松、栃木、南房総等の地方支部を含めて70人程です。この間、月1回の句会と季刊の会誌を発行し、神奈川でも個性的で活発な俳句の結社のひとつとなっています。

ところが、今回の主宰からの通知では、来年1月発行の第80号の会誌をもって会Aの活動を終了する。これまでの句会、会誌発行、ホームぺージの運用等の活動は、新しく設立する同人団体Bに移行する。このため会や会誌の名称は変わり、これまでの主宰制ではなく同人制とするため運営方法は多少変わるが基本路線は継続していく、とのことでした。直接にはAの主宰の最近の体調不良が原因ですが、他の発起人やキーパーソンの体調不良や急逝、会員の高齢化、退会などが背景にあるとのことでした。Bの代表に予定されている方はもともとAの事務局で中心的に活躍されていた方で70歳、5~6歳若返ります。私もこの方の紹介で入会した経緯があります。ここでも世代交代です。結社にはこうやって2代、3代、4代と継承されて続くケースを他にもよく耳にします。句会Aの主宰は事前に運営関係者と今後の運営について随分と相談されたそうですが、今回は後継者も育てられ引き際の良い句会Aの終結宣言だったと思います。主宰は終会後は同人Bの顧問となられ、希望があれば会の運営とは別に作句指導はされるそうです。
具体的には、Aには創設以来5つのモットーがあり、この方針のもとにこれまで運営されてきたが、今後新設のBにおいても基本的にはこのモットーが引き継がれる、とのことでした。そのモットーは以下です。 

1) 集う者それぞれの個性、多様性を尊重する.
2) 集う者それぞれの同時代的態度を尊重する
3) 集う者それぞれの濁りなき感性を尊重する
4) 集う者それぞれの淀みなき発想を尊重する
5) 集う者それぞれの楽しい空間を尊重する

このモットーの通り、句会では自由律、川柳、回文、一行詩を受け入れてきたそうです。
ついては、A会誌終刊に先立ってAからBに移行するかどうかの会員の意向をアンケート形式で回答してほしいとのことでした。
その後アンケート調査が行われ、先日の話では60人ほどがBに移行するとの回答があったそうです。Bの存立の要件を満たしたとのことで、AからBへの再編の見通しが立ったようです。主宰には、長く俳句界を変えるために全国レベルで尽力され、個性的な指導ぶりや丁寧で長文の鑑賞などで実績をあげてこられたことに心より敬意を表したいと思います。
この一連の再編の動きのなかで感心したのは、五つのモットーでした。本来なら入会時にしっかり読んで吟味し納得してから入会すべきものですが、誘われて余り読まずに入会手続きをしてしまい、実はこのモットーを見るのはこの再編のときに初見でした。ただ入会当初から紹介者からも「自由闊達な会、出句作への講評は厳しいが時間をかけて丁寧に全句を講評・添削してもらえる会、主宰のみならず参加者がお互い思うところははっきり言う会、句会後には定常的に近くで懇談会をする会、・・・」とは聞いていましたので、そういうと日頃の句会の運営は確かにこのモットーに則って行われていたな、と後付けながら納得した次第です。
それにしてもこのモットーは文面の良さもさることながら、5項目とも「 集う者それぞれの・・・を尊重する」とうたわれ、内容も会員本位であり包摂的で素晴らしい考え方と思いました。当時の俳句界に飽き足らない若手有志が発起人として結集したと聞いています。当時の結成の志と意気込みが伝わってくるようにも思えます。
このモットーにそえるように及ばずながら日頃作句に努めなければと、来年1月からの新設Bの一会員としてあらためて思ったところでした。 

 因みに、Aの句会参加については、2026年1月に当ブログに下記のような記事をアップしていました

新しい句会での新年句会と神奈川宿


これまで19年間句会(A)会場となった横浜市幸ヶ谷集会場
横浜駅北口北東方向に歩いて15分程の広場の一角にあります。

2026年8月22日土曜日

親父譲りのフェルト帽と舞鶴での同窓会

立秋が過ぎてもまだ35℃を超す猛暑日が続く今年の夏です。
この夏には、ついつい親父譲りの夏向きのフェルト生地のフェドラ帽を、涼し気なところに惹かれよく使いました。舞鶴の実家を整理する際に、親父が使っていた様々な形の10個ほどの帽子を横浜に持ち帰りました。しばらくは余り使うこともなかったのですが、年齢もあってか、最近は、帰省や墓参り、法事など親族の行事、舞鶴や関東での中高の同窓会などには機会をみて敢えて使うようにしています。写真奥のべージュの帽子には内側に「59.5」と墨で書かれ1959年5月に購入したようです。舞鶴の実家では新調した物についてはすぐに購入日付と名前、住所を大き目に書く習慣がありました。置き忘れた時の紛失の予防です。67年経つわけですが(2/3世紀です)作りもしっかりしていてまだまだ使えそうです。フェルトは羊毛、ラビットなどの獣毛を縮絨させた不繊布、麻やストローなどの編地を指し、フェドラは頭頂部(クラウン)の前後に走る中央のくぼみが特徴の中折れ形の帽子を指すそうです。しばらくは途中でうっかり亡失しないようにして、先代からの遺品として大事に使いたいと思っています。
話が少々変わりますが、8/21には出身高校の同期の同窓会を舞鶴で行うとの電話連絡がありました。
10/21マーレで計画している18期の同窓会の案内ハガキが宛先不在で返ってきているが、出欠を知らせてほしい、とのことでした。慌てて確認したところ、旧住所(港南区笹下)に送られていて不在となったようでした。すぐに出席と返答しました。これまでの同窓会などの連絡ではこのようなことはなく、経緯を聞くと、どうも長く名簿管理をしてくれていた幹事が急逝し、パソコン内の名簿ファイルの最新版が見つからず引継ぎができなかったようでした。80歳近くにもなるとこんなことも十分に起こりうるので常々大事なモノ/コトは複数人で共有しておく必要があるな、とあらためて思った次第です。この同窓会にも、親父譲りの帽子をかぶって参加しようと考えているところです。


フェルト生地を使ったフェドラ帽。
生地はまだまだしっかりしています。今夏には左側のアイボリの帽子をよく使いました。頭頂部が中折れ形でなく平らで丸くなるとカンカン帽と言われます。フェドラは仏国の芝居の名前だそうで主演の女性が初めて使った帽子の型に由来しているとか。

2026年8月21日金曜日

もう一つの先祖の霊の埋葬方法

 8/16には、近くの港南桜道沿いにある乗願寺の墓地で従来型の個別葬(墓石式)と新しい合葬(樹木葬や納骨堂)の中間のような、密集型の墓石式個別葬を見かけました。最近、金沢文庫に住む知人から、この新しいタイプの墓を建てた、との話を耳にしました。海が見渡せるとのこと。そこでこの乗願寺(正式には真宗高田派本山専修寺 横浜別院 乗願寺です)にも数年前に新しいタイプの墓地が造られていたことを思い出し、散歩の途中に再訪してみた次第です。
ここの墓地には大きく4種類あり、25cm角または25×50cm、深さ70cm程の縦長の石の筒(カロート)に骨壺を棚に積んで埋葬するタイプ(タイプ2、タイプ1)です。上に小さな石の墓碑銘(プレート)を置きます。檀家には、いずれのタイプもお墓の維持管理のための草刈りや掃除などの手間はかからないようです。寺からすると、狭い墓地に多くの檀家の墓石を置くことができます。先に知人から聞いたのはどうやらこのタイプの墓だったようです。聞いた話とつじつまが合います。
また、従来の墓石に近い墓を高さ70cm程の台の上にコンパクトに詰めて置くタイプ(タイプ4)もあります。こちらも隣とは密着していて草の生えるスペースはありません。
今どきの埋葬に関する日本人の考え方や維持管理の簡素化などのニーズの変化に合わせて、寺側でも 、限られた土地の収容効率を上げて多くの墓石を置きたいという考えのもとに色々と工夫されているな、と感じます。埋葬法のバリエーションの多さには驚きます。因みに、法律では「埋葬」は土葬を意味し、骨壺の収納は「埋蔵」というそうです。昨年末の墓仕舞いを通して知りました。
この日は、6,800歩コースでした。

関連して、2026年1月に金澤七福神を巡った折に、金沢文庫赤井の正法院をお参りした際にもこのような密集型の墓地をみかけ当ブログに下記のような記事をアップしていました。正法院でも乗願寺と同く、山腹にある墓地に高密度化の工夫がされています。そういえば正法院からも海(平潟湾)が見えました。

地元の七福神巡りその3

25×50x70cmの個別墓(タイプ1)。後のタイプ2に比べるとゆったりと墓石が納められています。内部のカロートでは骨壺が縦の棚に収納されます。

25x25x70cmの個別墓(タイプ2)。高さ70㎝程の台の上に○○家と刻まれた墓石(プレート)が置かれます。中央奥にも別の二階式で縦型のタイプのお墓が置かれています(タイプ3)。

従来型の墓石が並びますが高さ70㎝程の台に置かれます(タイプ4)。

普及版なのでしょうか、ここではこのタイプ2が最多です。右奥は利用者が決まっていない空き区画です。「○○家」と刻んだ墓碑銘の墓石にはその下に小さく戒名が刻印されることもあります。
タイプ4も縦型、横型と様々です。墓石の横や下に埋葬の履歴を記した墓誌が置かれたり、墓石に「○○家」のほかに「和」、「笑」、「夢」などの故人に相応しい言葉が刻まれたりしています。高さがあるので骨壺の出し入れも簡単にできるようです。

2026年8月16日日曜日

今どきの納骨堂での墓参り

 8/14,15と日野こもれび納骨堂でお盆のお墓参りをしました。昨年末に郷里の舞鶴で墓仕舞いをし、回収した遺骨を分骨して半分を4代続く菩提寺の得月寺の永代供養墓に合葬し(改装になります)、後半分の遺骨は横浜港南区にある市営の横浜日野こもれび納骨堂の納骨ケース(厨子(ずし)といいます)に 納骨しました 。 いわゆる「改葬と分骨」というタイプの墓仕舞いでした。
今年のお盆は、この納骨堂に  納骨して初めてのお盆になりました。自宅から歩いて15分程のところにあります。
当日、思ったほどには混んではなく、まず受付でこの納骨堂の厨子の30年間の賃貸借に関する契約時に受け取る参拝カードを提示します(タッチ式です)。すると参拝棟でお参りする場所(参拝ブース)が指定されます。ここでは2つの参拝棟あわせて30ブース程あります。いわば30組の参拝者が同時に参拝できます。因みにこの納骨堂は地下に6,500基の厨子が収納される自動搬送式の納骨堂です。ブースが決まると焼香セットが渡されます。それを持って指定されたブースに行き、焼香しお参りをします。事前にブースの正面には、自家の厨子が自動搬送され置かれています。参拝が終わると終了ボタンを押すと扉が閉じて厨子が元の位置に搬送されます。帰りには焼香セットを受付に戻して終了です。因みに焼香セットは電池式で据え付けのろうそくも電池式です。火を使わないのは防火対策の一環でしょうか。
横浜市には4つの市営墓地がありますが、墓地内にできた納骨堂はここが初めてで、応募推移をみて他の市営墓地にも広げていくそうです。1年程前に確認したところでは既に6,500基のうち8割近くが契約済みだそうです。一定数ごとに半年毎に公募し抽選で決まります。
これから都市部では従来からの墓石式の墓地の拡大、維持・管理が難しいことから、このような合葬式の墓地が増えることになるのかも知れません。これまでの無期の賃借契約(墓地永代使用権です)の戸建住宅から定期賃借契約の集合住宅への変化のようなものです。
この日は、6,800歩コースでした。


この日野こもれび納骨堂は一般の墓石墓地(横浜市日野公園墓地)の中に建てられています。墓石式の墓地エリアと隣接しています。

参拝ブース。この参拝棟には15ブースあります。

個別の参拝ブース。画像を一部加工しています。手前の箱が焼香セットです。

参拝ブースその2。別の参拝棟でこちらも15ブース程あります。

納骨堂内に樹木葬の区域があります。中央の木はハナミズキでした。自動搬送式の納骨とは別種の契約になります。また、逗子の30年の賃貸借期間が終わると基本的には遺骨がこの樹木葬に移されます(厨子賃借の再契約もできますが)。
横浜日野こもれび納骨堂の全景。洋光台の高台にあります。

2026年8月9日日曜日

舞鶴実家跡の活用の開始 その4

 8/8の舞鶴の実家跡地のマンション建設現場の様子が姉から届きました。
早いもので一階部分の基礎ができており間取りがうかがえます。
一筋隣(三条通り)の友人が先代から相続し売却した敷地にも10年ほど前にマンションが建ちました。もともと先代が歯医者でした。この近辺には、町のコンパクト化もあってか、マンションや、観光客のほかに近くの火力/原子力発電所の定期保守の関係者が多く長期で利用するホテルが増えています。
元々八島商店街を中心とした商業区域でしたが、駅前の住宅区域に様変わりしそうです。


マンション建設現場の右側。正面奥は三条通り沿いの京都銀行東舞鶴支店です。
現場の敷地の前を左右に四条通りが走ります。

同中央
同左側。建物の左側(南側)の隣地との境界地に何か地下埋設設備を設置するのでしょうか。数m掘られています。

2026年8月4日火曜日

今どきのパソコン用TVチューナー -4代目の調達-

 先日7/28には、パソコン用USB接続テレビチューナーを新機種に交換しました。パソコン(PC)でテレビ(TV)を視るためにPCのUSB端子に接続する簡易なTV信号変換器です。ここ20年程、居間とは別に自分の書斎でもTVを視たり留守中に録画したりするために利用し重宝してきました。思い返すとこの機種で4代目になります。1~2代目ではTV電波をアンテナから直接受信するアンテナロッドタイプでした。3~4代目は屋内同軸ケーブル経由で受信します。
この機種交換でも、世相の変化を感じることが幾つかありました。
まずは、USB接続TVチューナーの製品機種が減ったことです。最寄りの量販店のヨドバシカメラ上大岡店で探しましたが、一見では見あたらず店員に聞くと、今ではUSB接続TVチューナーの製品が減って、製品コーナーはないとのこと。また、在庫がないか探してもらったところ紹介されたのがPIXELA社(大阪の会社で安心しました)のXit-Square100(Xit-SQR100)でした。奥から出してきてこれしか在庫がないとのこと。一代前の機種を買うときにはこの店舗で4~5機種は並ぶ陳列コーナーがありました。背景には、TVを視るユーザが減っているとのこと。視る場合にも多くはインターネットのTV配信サイト(NHK One やTVerなど)から視ることが多くなり、外付けのチューナーは使わなくなったそうです。一時はPCにTVチューナーが内臓されていることも多かったですがそれも今は軽装化され殆ど見られないようです。そのためこれまでの主要なベンダであったI-O DATAやBuffaloも製品供給から撤退したとか。先代はI-O DATAのGV-MVP/AZでした。確かに最近は電波による放送メディアがオールドメディアと言われSNS配信に比べてその内容の深さと多様性が問われています。また、主な放送番組はインターネット経由でも同時配信または後刻聴き逃し配信されるため、放送波を直接に視る機会は減っています。ただ私には、これまで馴染んだ、定期的で、精粗混交の程よい、必要最小限の一般的な社会・世相情報として、新聞とともに、利用を続けたいメディアです。しばらくはSNSとの併用でしょうか。
いま一つは、録画・再生機能の豊富さです。ユーザの録画履歴を反映したおすすめ録画番組の提示、スキップ再生やAIを使った要約再生、録画映像の自在な編集など、新機能のオンパレードです。また、録画品質も5レベルのオプションから選べ、再生する映像の品質を問わない長時間録画(中位のHSタイプ)を選ぶと例えば現用の1.7TBの外付けハードディスクでは1,000時間程の録画ができるようになり、当面容量を気にせず録画できそうです。また、周期的に録画番組を指定するおまかせ録画の予約方法でもユーザニーズに合わせて細かに指定できまた柔軟性が高くなっています。望むらくは、スマホからも遠隔で録画、再生ができればさらに便利ですが、この機能は別の機種になるとのこと。二代目ではこれができましたが。

当初設定に戸惑いましたがなんとか基本的には機能するようになり(製造元への問合せに迅速に対応してもらいました)、これからいろいろと新機能も試してみようと思うところです。


四代目パソコン用USB接続テレビチューナー Xit-Square100。右上からTV信号が同軸ケーブルで入ります。先代よりコンパクトで軽量です。

先代の三代目のGV-MVP/AZ。8年程使いましたが次第に録画動作が不安定になってきたため新機種に切り替えることにしました。長くお世話になりました。

2026年7月8日水曜日

カマスの旬とオニユリ

 7/5にはかつての職場仲間で桜木町で集まり歓談をしました。その時に目を引いたのが本カマスの塩焼きでした。本カマスは年に2回の旬があるそうですが(産卵後の脂がのって最も美味しい時期の秋〜初冬(9〜11月)と産卵前の身が締まり旨味が強い春〜初夏(5〜6月))、その頃に相模湾産や房総沖産が多く出回り、塩焼きや生干しなどでよく食べます。
ここでも魚で季節を感じる習慣は変わりません。
集まる途中の道端でオニユリを見かけました。こちらも今が旬でした。
この日も旨い酒と肴でゆっくりと旧交を温めた次第です。
ここで、一句、

炭火焼きのカマスの香り友集う

この日は、7,800歩コースでした。


本カマスの塩焼き。炭火の焼き具合も
丁度よくなかなかの絶品でした。

集まる途中でオニユリ(八重咲品種)を見かけ
ました。花弁が強く反り返り、表面に暗褐色の
斑点があるのが特徴とか。まさにその通りです。

(参考) 6月末には本カマスの鮮度の
良い一夜干しをいただきました。

2026年6月9日火曜日

「外一蕎麦」のこと

6/8には、横浜東口駅前の蕎麦店「江戸蕎麦  やぶそば」で以前の仕事仲間と久々の昼食会をしました。
そこでは、「外一蕎麦」(そといち)という打ち方をしていると聞き、初耳でした。
蕎麦粉10に対して、つなぎ(主に小麦粉)を1の割合で打つ蕎麦は、一般に 外一蕎麦(そといちそば) と呼ばれるそうです。「外一」の「外」は、蕎麦粉10割の“外に”つなぎを1割加えるという意味だとか。合計では11割になるため、「十一(といち)そば」と呼ばれることも。つなぎが少ないため、蕎麦の香りや風味を強く楽しめる一方、打つのがやや難しくなるとのことでした。
6月からの新メニュでは、季節のシソの粉もつなぎに含めているとか。しその香りは創作料理の域ですが、思った以上に白目の麺でしこしこ感を程よく感じる蕎麦でした。
よく耳にするのは、つなぎなしは 十割蕎麦、蕎麦粉8:つなぎ2 は「二八蕎麦」ですが、蕎麦粉10:つなぎ1 の「外一蕎麦(十一そば)」まであるとは…、これもそば打ち職人の味へのこだわりでしょうか。十割蕎麦の難しさに余程懲りた蕎麦職人の苦肉の策だったのかもしれない、とも勝手に思ったりした次第です。
ここでは、こんなことも話題に、日頃の近況や年齢相応のこだわり、健康情報などの交歓会でした。
そこで、一句、

葛切の透ける絡まり蕎麦談義
葛切で〆る盃蕎麦談義

この日は、5,000歩コースと少なく、雨模様もありあとはジムで補充です。


この日目移りする中選んだのは、店おすすめの
夏メニュ「しそ切りそば御膳」、食後のクズ
切り、などでした。(やぶそばHPから)

「やぶそば」の店頭から(同上・編集)

2026年5月13日水曜日

伊豆長岡温泉での敬老「研修」旅行会

5/11には、地元の笹下連合町内会主催の敬老研修日帰り旅行会が伊豆長岡温泉のホテル天坊であり、初めて参加してきました。参加者120名超(地元の南台町内会からは8名)、バス3台の久々の大団体旅行です。町内会関係では、春が連合町内会で、秋はそれぞれの町内会単独で親睦の日帰り旅行を企画しています。昨年春のこの旅行会は茨城の九十九里浜を訪ね好評だったそうです。
はじめは、長寿会メンバの高齢者に何の「研修」をするのかな、と思いながら参加しましたが、段々とその意味がわかってきました。
それは、往路のバスの中で、主催する町内会長からの冒頭のあいさつの後に、まず横浜市消費生活総合センターの方が現れ挨拶と最近の詐欺被害の状況を話され、次にSNSを使った詐欺や高齢者を狙った悪徳商法に注意喚起するDVDが幾つか流れます。どうもこれが「研修」の意味だったようで時節柄納得した次第です。町内会長さんの話では、市からの補助申請をする要件としてこういった研修が推奨されているそうです。
それからは、普通の親睦旅行で、ホテルで昼食をとった後、町内会順にカラオケ大会が始まります。途中、温泉につかりたい人は席を離れて入浴したり散策したりします。私は入浴組でした。長岡温泉は癖のないアルカリ性単純泉で、新緑の中の露天風呂や足湯を楽しみました。
3時間弱ホテルに滞在した後は、ホテルの傍に最近できた辛子明太子のテーマパーク「めんたいパーク伊豆」を訪ね、明太子の製造工場の一部を見学しました。もともと博多で製造していた「かねふく」さんが、最近では需要地近くに工場を造られているそうで、関東では埼玉、茨城、そしてここ静岡県伊豆にあるそうです。私には明太子の製造プロセスを見るのは初めてでした。勿論直売もします。ケース売りは結構高価で手が出ず、かなり大き目の「できたて明太子おにぎり」を550円で仕入れ、そこで食べましたが、なるほど出来立ての明太子らしくなかなかの食感で美味しくいただきました。
これで長岡温泉郷を離れ、その後、伊豆縦貫道、箱根新道に出て小田原で高速を降りて、「鈴廣かまぼこの里」に寄ります。ここでも鈴廣かまぼこ博物館を訪ね、蒲鉾の歴史や製造工程を見学します。ここも直販店があり様々な蒲鉾製品を購入できます。ここでは、大相撲で呼び出しの背中に「鈴廣」と書かれる経緯を知ることもありました。
町内会長さんによると、帰りの二か所の見学も高齢者の社会科見学のようなもので、これらも「研修」だそうです。
今回の旅行会を通して、元気な高齢者を集めて温泉旅行といいながらも、最近も頻発する詐欺事件の予防策のDVD視聴や高齢者好みの食材の工場見学と、よく考えられた今流の敬老「研修」旅行会かもしれない、と感じたところでした。一方で、伊豆長岡といえば源頼朝と政子が出会った歴史的なスポットで歴史ある寺社も多いのですが、今回は上記のようにそれどころではなくバタバタとして見過ごしたのが残念でした。
この日は、9,000歩コースでした。

因みに、2023年11月には、地元の南台町内会のバス旅行で静岡の掛川城などを訪ねて、その様子を下記のような記事にして当ブログにアップしていました。

町内会バス旅行ー掛川城と掛川花鳥園ー

また、2025年3月には、同じく南台町内会で横須賀巡りして、下記の記事を当ブログにアップしていました。

町内会の横須賀巡り

《かねふく「めんたいパーク伊豆」》


辛子明太子の製造工程から。一昼夜塩漬けに
された半製品です。塩漬けでプリプリ感が
出るとか。原料のスケソウダラは主に日本海、
オホーツク海、ベーリング海、アラスカ湾の
200〜300mの中層で獲れるそうです。
 
よごれをとって形を整え製品になります。

塩漬け中に回転して攪拌するための機械だ
そうです。
  
長岡温泉郷の高速出口にある かねふく
「めんたいパーク」。関東工場の一つだそうです。


《鈴廣かまぼこ博物館》

鈴廣かまぼこ博物館に隣接する鈴廣かまぼこ
工場(奥)と手作り教室(手前)。
全国各地の蒲鉾と原料となる魚品種
蒲鉾製造には水と塩が大事だそうです。

鈴廣の八代目当主鈴木昭三の叔父が第十九代
横綱常陸山で大相撲の普及や両国の国技館建設
に貢献されたそうです。その縁で「鈴廣」の
入った着物が今も土俵の呼び出しに使われて
いるそうです。皇室とも関係があったとか。

小田原郊外の鈴廣かまぼこ博物館

2026年5月10日日曜日

桜木の切り株のこと

 5/4には、たまに散歩でお会いする同年配の方と自宅前の港南桜道の両脇に植えられていた桜の木の話を桜の切り株の前でしました。
桜道の桜について少し振り返ると以下のようになります。
はじめに港南桜道に初代のソメイヨシノ(染井吉野)が植えられたのは、1933年(昭和8年)ですから、93年経ちます。
植樹の背景には、鎌倉街道から日野公園墓地へと続く参道として、地域の方々が中心となって苗木を植えたのが始まりです。その後成長し全長約1.4kmにわたる見事な桜並木は、淡いピンク色のトンネルとして戦前から戦後にかけて長く地域の花見の名所として親しまれてきました。
その後、植樹から80年以上が経過して老木となり、倒木の危険や根上がりによる道路の凹凸、バスルートの開設に伴い横に張る枝が運行の邪魔になる、などが問題となりました。いろいろ検討の結果、2017年(平成29年)頃から本格的な植え替えが始まりました。選ばれたのが現在の二代目の「陽光(ヨウコウ)」桜で、病気に強く、鮮やかなピンク色が特徴で、ソメイヨシノより1週間ほど早咲きの品種です。苗木が年々育ち、はじめは頼りなかったですが10年で結構それらしく並木となってきています。
今も初代のソメイヨシノの切り株は多く残っており、切ってから10年程たちますが、そのひとつが写真のようになっています。
写真の株も直径70〜80㎝で中心の半分以上が空洞になっています。他の株も同様で、桜の木も樹齢80年を過ぎるとこんなになっていたのか、こんなになるまで長く役目を果たして大往生ですね、などとその方と当時の桜のトンネルの話や花見の時には屋台の列が出た話などで、懐かしみました。80年で脳や骨が空洞化するのは人間も同じかもしれない、とも・・・。
最近、桜の木が花見中に倒れるという事故が起こっていますが、そこでもこのような空洞化が起こっているように思われます。ここでも10株ほどはまだ切られず健在ですが、要注意です。

因みに、港南桜道の桜並木については、今年2026年3月にも下記のような記事を当ブログにアップしていました。

自宅前でも開花ー陽光桜ー


10年ほど前の世代交代で切り倒された
ソメイヨシノの切り株です。半分以上が
空洞になっています。当時の樹齢は
84年くらいと推測されます。南台小
の前にて。

2026年4月28日火曜日

旬の肴

 4/27には、俳句仲間と横浜鶴屋町の居酒屋で懇談しました。
そこは魚の美味しい店で幾つかの旬のつまみ(肴:あて)を楽しめました。
ここで、一句、

空豆や焼いて塩して福の肴
豆アジや郷の岸釣り想いをり

ここでも、魚で季節を感じました。


シラスも今が旬です。3月までは禁漁です。
なかなか新鮮でした。

豆鯵揚げもこれから旬です。子供の頃、故郷の
東舞鶴の海岸でよく釣った小鯵もこのくらいの
サイズで夕方1~2時間で5~60匹は釣った記憶が
あります。この頃のエサは鯵の切り身を使う
「とも釣り」でした。 
この日のアラ焼き。好みにもよりますが、
ある意味では、旬の魚の旨いところ(中落ち)
を集めて、幾つかの魚種が軽量で安価に
食べられる、高齢者には合ったつまみです。

2026年4月11日土曜日

足元の桜その2ー 戦没者慰霊堂と下根橋の桜ー

 3/29には、すぐ近くの花見処として上大岡駅から歩いて20分程にある 戦没者慰霊堂、そして地下鉄の最寄駅 港南中央駅から歩いて10分程のところで大岡川中流に掛かる下根橋があります。
この日、慰霊堂ではなにか儀式があるようで三々五々遺族が集まり、国家が流れていました。kここは、明治期の日露戦争以降大平洋戦争まで神奈川出身の戦没者を祀る施設でサンフランシスコ講和条約締結時の記念事業として建てられました。
下根橋では、老夫婦が「毎年ここに来るとあと何回ここの桜が観れるか考えるんだよ」と会話されているのに、ここがご夫婦にはそういう場所なのか、と印象に残りました。地元の通りかかりの多くの人が足を止めるような場所です。
因みに、慰霊堂については、2025年4月にも、訪問記事を当ブログの下記にアップしていました。

地元の桜スポットから2025

この日は、他の移動を含めて20,000歩コースでした。
  
                《  戦没者慰霊堂の桜 》





 戦没者慰霊堂全景。この日は右側の桜はまだ
開花していませんでした。

《 下根橋の桜 》


下を流れるのは大岡川中流です。下流には
本格的な桜並木が続きます。

大船の初秋とヒョウタン展 ー萩と彼岸花そして瓢箪ー

 9/15には、雨天の合間に大船フラワーセンターの萩や彼岸花などの初秋を見に久々に出かけました。 園内中央には萩(ミヤギノハギ)の株が並ぶ横に長いエリアがあります。まだ二分咲きでしたが、赤紫色の蝶型の花を穂状に付け、穂が風にうねるように揺れて咲く様は風情があります。このことから「...