「ワールドトライアスロン・パラトライアスロンシリーズ横浜大会」(通称:世界トライアスロン横浜大会)が5/16~17に山下公園周辺で開催されており、5/16の山下公園での吟行会でたまたま遭遇しました。余り見ることのない種目ですので、吟行のかたわらその様子を覗いてきました。
10時頃東急みなとみらい線の元町・中華街駅から山下公園に入ると、途中からブルーのビニールシートで仕切られた通路が長く続いており、一般客は自由に移動できません。海岸に出るのも大回りすることになります。これが、世界トライアスロン横浜大会のランコース(10Km,2.5Km×4周)とバイクコース(40Km,4Kmx10周)の設定でした。競技中に一般歩行者を入れないためのものです。海ではスイムコース(1.5Km,0.7KmX2周)が何槽もの小型船やドローンで監視されています。トライアスロンでは、スイム⇒バイク⇒ランの順に競技が進みます。
この日1030頃にわれわれ吟行仲間が公園に入るとオープニングで放水船が放水を始めたところで、氷川丸の奥に見えました。中に入ると、海岸では数十人で泳いでいるのが見えます。これがトライアスロンのスイム競技中の選手たちでした。
大会での競技は、幾つかグループがあり、この日0630からエリートパラトライアスロン競技から始まり、1015からエリート女子競技、1300からエリート男子競技、1500からエリート/エリートパラ競技表彰式と続きます。翌日5/17には、エイジグループパラトライアスロン競技、スタンダード競技、スプリント競技、表彰式が行われ終了します。
きゅぎ一般客は 途中のワンカットしか見れませんが、男女を問わず、立派な体格のアスリートが前を走ったり、バイクをこいで猛スピードで駆け抜けていきます。想像するに、水泳で上半身を鍛え、バイクで下半身を鍛え、ランで持久力を鍛える、何拍子もそろった屈強の選手(アイアンマン)をめぐる競技なのだと感心ばかりでした。また、長い競技コースの出入りを管理する必要があり、多くのボランティアの方々が協力しているのがわかります。
調べてみると、 トライアスロン競技の起源には、現在の近代的なスポーツとして確立された「ハワイでの誕生」と、それより半世紀以上前にフランスで行われていた「前身とされる3種競技レース」の2つの歴史があるようです(注)。その後米国で人気が高まり2000年のシドニーオリンピックから正式種目に20年余りの短期間でなったとか。
ここで、一句、
海風やバイクで抜けるアスリート
若葉風放水柱出迎える
バイクに似た車体で欧州メーカが強いそうです。
『ハワイでの「言い争い」から誕生した説』では、以下の通りです。
現在世界中で行われているトライアスロンの直接的なルーツは、1978年にアメリカ・ハワイ州で開催されたレースです。
そのきっかけは、あるユニークな「言い争い」でした。「どのスポーツの選手が一番タフか?」と1977年、ハワイで行われた長距離走の表彰式の席で、アメリカ海軍の将校(ジョン・コリンズ中佐ら)と地元のランナーたちが議論を始めました。
「水泳選手、自転車選手、ランナーのどれが最強か?」という結論の出ない議論に対し、コリンズ中佐が「それなら、ハワイで開催されている3つの過酷なレースを全部続けてやって、1番になった奴を『アイアンマン(鉄人)』と呼ぼう!」と提案したのです。
翌1978年2月18日、オアフ島で最初の大会が開催されました。組み合わせたのは以下の3レースです。
1. ワイキキ・ラフウォーター・スイム(水泳:3.86km)
2. アラウンド・オアフ・バイクレース(自転車:180.2km)
3. ホノルルマラソン(マラソン:42.195km)
この想像を絶するタフなレースに挑戦したのはわずか15人。そのうち12人が見事に完走し、初代「アイアンマン」の称号を手にしました。これが、現在のアイアンマンディスタンス(ロングディスタンス)の起源です。
その後の発展:オリンピック競技へと進化します。
ハワイで産声を上げたトライアスロンは、1980年代に入ると米国を中心に爆発的なブームを巻き起こします。あまりに過酷なロングだけでなく、より多くの人が参加しやすいように距離を短縮した「オリンピックディスタンス(スタンダードディスタンス)」が考案されました。
種目 | アイアンマン(ハワイ起源) | オリンピックディスタンス |
・スイム(水泳)3.8 km から1.5 km に短縮
・バイク(自転車)180 km から40 kmに短縮
・ラン(長距離走)42.195 kmから10 kmに短縮
このスタンダードな距離が制定されたことで競技人口はさらに拡大し、誕生からわずか22年という異例のスピードで、2000年のシドニーオリンピックから正式種目として採用されることになりました。
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