2024年9月6日金曜日

鎌倉の今時の「花の寺」 宝戒寺と大巧寺

 9/6には、このところ朝夕が涼しくなったことで、好天に恵まれ、秋の気配を感じればと思い、鎌倉駅の東側になる宝戒寺(ほうかいじ)と大巧寺(だいぎょうじ)を久々に訪ねてみました。
鎌倉には「○○の花の寺」として親しまれる寺が幾つもあります。宝戒寺は「萩の寺」で、大巧寺は「ムラサキシキブの寺」です。
宝戒寺では、境内の白萩を観れればと思っていましたが、今年の夏が暑かったことから開花が10日程遅れているそうで、まだ小さい蕾の状態でした。受付の方によると昨年は9/9で満開だったそうです。一方で、境内の大きな百日紅(さるすべり)は満開が長持ちしているそうです。秋の訪れも遅れているようです。
ここは、1333年の新田義貞の鎌倉攻めによって北条氏が滅亡した後、この近くで自害したとされる850人にも及ぶ一族の霊を弔うため、後醍醐天皇の命をうけた足利尊氏によって、当時小町邸と呼ばれ北条氏九代の執権屋敷跡であるこの地に建立されました。
また、戒壇院が置かれ天台宗の人材を養成する道場として位置付けられていたそうです。
これまで、駅から宝戒寺まではいつも歩くのですが、この日は、バスのタイミングもよかったこともあり(言い訳ですが)、ついつい京急バスを往復利用してしまいました。強い日差しの日には無理しないことにしています。


本堂前の萩の枝ぶりです。まだ蕾でした。
大巧寺では、境内に多くのコムラサキシキブが丁度見頃でした。この花は、庭草としても一般的ですが、色といい花形といい、小さな寺の境内には合います。また、今年は、何かと話題に上る名前です。他にも、境内では、蓮が緑の花台に実をつけ始めたり、 萩が幾つかひっそりと咲いていました。葉陰では、一本だけ白い彼岸花が咲いているのをみかけました。
ここでも、ゆっくりと夏から秋に移りつつあるようです。
ここは、元々は「大行寺」と言ったそうですが、源頼朝がここで軍評定(合戦前の作戦会議)を行い、戦に大勝利したことから大巧寺に改めたとされます(当初は「大攻寺」だったとか)。また、ここは、「おんめさま」を祀る、子授け・安産祈願の寺だそうです。(注)
この日は、バス利用のため短か目の6,000歩コースでした。
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(注)「 おんめさま」については、以下にような説が伝えられています。
5世住持の日棟が難産で苦しんで死んだ秋山勘解由という人物の妻の霊を供養して成仏させ、その後お産に苦しむ人のために産女神霊を本尊として祀ったのが始まりという。「おんめさま」はこの「お産女様(おうめさま)」が訛(なま)ったものだとされています。






山門前にて

山門前にて。ここは安産・子育ての神
「産女霊神」を祀っています。



日蓮宗 長慶山正覚院大巧寺 本堂

2024年9月4日水曜日

ニシンの三五八漬け

 9/1に大船でのスケッチ教室からの帰りに、駅前の仲通り商店街に立ち寄りました。
いつも通りに鈴木水産に向かうと、このところの2週間程の改装工事を経て、たまたま、この日から新装開店セール中で、店舗が広く綺麗になっていました。
この日、目を引いたのが、ニシンの「三五八漬け」(さごはちづけ)でした。「三五八」は、漬床に塩、米麹、米をそれぞれ容量で3:5:8の割合で使うことに由来するそうです
私が「三五八漬け」を知ったのは、50年ほど前の岩手県北上市横川目にあった親戚の小さな雑貨店ででした。ビニールの小さな米袋のような商品に「三五八」と書かれた三五八漬けの素が商品棚に置かれていました。聞くと、地元では、それを水で戻して、野菜や魚を漬けて家庭での保存食としている、とのことでした。糠漬けとはまたかわった、あっさりしたコメの風味が印象に残りました。(注)
その後、何度か秋田に行く機会があり、当時、冬場にはハタハタをよく食べます。店頭に出るハタハタは殆どが三五八漬けでしたし、塩魚汁(しょっつる)鍋に入れるハタハタも軽く三五八漬けにしたものを使うと聞きました。そのためにハタハタの卵「ブリコ」は異常にコリコリしています。
今回、ニシンの三五八漬けは私にははじめてでしたが、ボリュームもありなかなか美味で、しっかりと三五八の味でした。
この日、途中のお宅の庭では、白から紫に変色しつつあるムラサキシキブを見かけました。今年は、この名を大河ドラマに絡んでなにかとよく耳にします。ムラサキシキブから見れば当たり年でしょうか。
先日の台風10号通過後は急に秋めいてきました。二十四節季では、もう「白露」です。
この日は、7,800歩コースでした。

(注)三五八漬けは、秋田で郷土料理として親しまれ、野菜漬けのほか肉や魚、煮物、鍋物にも使われます。スーパーなどで市販されており、飲食店でも提供されています。代表的なものがハタハタの三五八漬けで、漁港のある沿岸部で多く作られているそうです。ハタハタの卵「ブリコ」の由来は、三五八漬けを始めとする漬物にしたハタハタでは卵が噛み切れないほど固くなるためだという説があります。
また、三五八漬けは平成に入ってブームを起こした塩麹の起源とされるそうで、塩麹は塩と麹と水で作り、米を入れないという違いがあるものの利用方法はほぼ同じとか。

2024年8月29日木曜日

洋光台駅の生け花展示がひと区切り

 8/28に最寄りのJR洋光台駅に出たときに、駅舎内にある生け花台に、見慣れないお知らせが置かれていました。内容は、「洋光台の駅ができて1年後、お花をここに活けはじめました。駅は、いつも賑しく、朝昼晩と人々を迎えてくれる場所です。思えば、あっという間の五十年、皆様の励ましを得て楽しく花を活けてまいりました。どうもありがとうございました。行ってらっしゃい お帰りなさい。」ということでした。さりげなく気持ちをこめた、なかなかの名文かと思います。
洋光台駅ができたのは1970年(昭和45年)3月でしたから、ここでの生け花の展示を1971年から53年間続けてこられ、今年8月で一区切りをつけられたようです。
私が、洋光台近くの社宅に引っ越してきたのが1975年でしたので、その頃から季節の花をうまく取り入れた生け花に、俳句を添えて展示されてこられたのを、長く(途中に転勤はありましたが)ここを通りかかるたびに横目で見てきたことになります。
これまでも、展示の準備として同門の方(小原流とのこと)でしょうか何人かで花材をセットされていたのを見かけましたし、何度かは、写真を撮らせてもらったこともありました。そのひとつが、下記のユリの生け花の写真です。
そこに2通の紙袋もおいてあり、多分地元のファンが感謝の気持ちを表しておられるのではないかと思います。
私からも、あらためて、50年余りの活動の継続に敬意を表し、長く通りかかってきた一人として、雑然とした洋光台駅の駅舎内に、さり気なく清涼感を、そして、穏やかな心の休まる一時を添えていただいたことに、心より感謝したいと思います。
ここで、一句、

駅舎にて挿花見納め鰯雲



洋光台駅の生け花台

生け花展示に一区切りをつけるとの
お知らせです。

2024年7月はユリの
生け花展示でした。

2024年8月25日日曜日

虎ノ門の蕎麦店「大坂屋砂場」

先日8月初旬に虎ノ門で所用があり、その帰路、久しぶりに虎ノ門から烏森通りをゆっくり新橋まで歩いてきました。途中の虎ノ門一丁目交差点で見かけたのが、ビルの谷間の老舗蕎麦店「虎ノ門大坂屋砂場本店」です。
今も全く変わらず健在でした。ただ、真ん前には、虎ノ門ヒルズビジネスタワー(36階)が最近完成して環境は大きく変わり、ビルの谷間は益々深くなっていました。
これまでも何度かここには立ち寄ってきましたが、今回そんなに混んでもいなかったので、定番のざるそばをいただいてきました。味も全く変わらずです。
ここの建物は、私には一度描いてみたいスポットでもあり、今回、今の姿をスケッチしてみました。
砂場は、16世紀の大坂城築城のときに工事現場近くの砂置き場で開業していた蕎麦店「和泉屋」が起点で、家康の江戸入りに合わせて関東に移ってきたそうです。当初の麹町からその後明治5年にここに移転し(その時、ここと日本橋本石町にもできたそうです)、今も六代目が引き継いでいるとのこと。今では、全国に砂場のれんの店が広がっています。虎ノ門の店舗は大正初期(大正5年築)の蕎麦屋の面影を残しながらもちゃんと管理されています(建屋をそのまま動かして、耐震工事もされているとか)。時代の変化を取り込みながらの大変な営業の継続かと思い、その心意気に感心しながら、味わわせていただきました。
横浜桜木町駅前の四代目川村屋さんとともにささやかながら応援していきたいと思っています。

「桜木町蕎麦店「川村屋」さんの復活」2023年9月
https://kinoken33.blogspot.com/2023/09/blog-post_57.html

(付記)店内の掲示によると、場所柄、山岡鐡舟、高橋泥舟、勝海舟の三舟等、歴史的な人物が多くこの店を訪れています。山本五十六元帥は愛好者の一人だったそうです。日本らしい一種の生きた記念館のようにもにも見えます。


虎ノ門一丁目交差点。中央手前が大坂屋砂場で
左側が虎ノ門ヒルズビジネスタワーの高層ビル
です。正面奥は霞が関総合庁舎ビルです。奥から
手前は烏森通り、左右は愛宕下通りです。


砂場さんの前から見えるビルの谷間です。
中央手前が虎ノ門ヒルズビジネスタワーで
中央奥が虎ノ門ヒルズになります。

虎ノ門二丁目から見た虎ノ門ヒルズ(右奥)
と虎ノ門ヒルズビジネスタワー(左奥)。
南北に隣接しています。砂場さんは
左下奥になります。この一帯も大きく
変わりました。

2024年8月24日土曜日

今夏最後の花火 金沢まつり花火大会

 8/24には、近くの金沢文庫の東京湾沿いにある砂浜海岸の「海の公園」で金沢まつり花火大会が、天気にも恵まれた花火日和のなかで開催されました。神奈川ではこの夏最後の花火大会で、私には初めてでしたが、夕方に出かけてみました。
JR京浜東北線新杉田駅(最寄りの洋光台駅の隣駅です)からモノレールの横浜シーサイドラインで行く「海の公園柴口」~「海の公園南口」一帯の真ん前にある海岸が会場です。ここは、砂浜も広くその奥も芝生の広場になっているために、ゆっくり見物できます。ただ、打上台は沖合の船からの一か所でした。このため、写真撮影での画角、露出や距離が測りやすく、先日の伊東の花火大会に比べると楽な撮影となります。
夏休み終盤の土曜日ということもあり、家族連れで大変な人出でした。
この日3,500発の花火がほぼ30分で打ち上げられ、残暑とはいえ、夕方にはやや涼しくなった初秋の海風の中、ゆっくりと納涼気分を楽しめました。
そこで、一句、

歓声の花火にうかぶ祖父母の背

この日は、バルブで5~10秒程のリモート撮影でしたが、全体的に、上空は結構右からの風があり火花が流されているのに、後で気が付きました。写真としては、シャッタ速度はもう少し速くてもよかった(1~3秒)と反省しています。
帰りは、出足が遅れ、大混雑の横浜シーサイドラインはあきらめ、京急線金沢文庫駅まで30分程迷いながら歩き、称名寺前を通る経路でなんとかたどり着きました。
この日は、8,300歩コースでした。








ススキのようにも見えます。
















因みに、パンフレットの写真は
昨年の花火大会のフォトコン
テスト花火大賞作品とのこと。


2024年8月20日火曜日

葛切りの糖蜜かけ

 今年の夏は、続く猛暑に地震、台風と荒れ模様の天気が続きましたが、立秋も過ぎるとやはり朝夕には涼しさを感じるようになりました。
先日、大船の商店街の中にあるいつもの古い豆腐屋さんで、暑さにつられてついつい買ってしまったのが「葛切りの糖蜜かけ」(くずきりのとうみつかけ)でした。よく冷やして食べるとなかなかの清涼食材です。美味しくいただきました。


「葛切りの糖蜜かけ」

2024年8月18日日曜日

馬場花木園のサギソウ


8/18には、サギソウ(鷺草)が見頃と聞き、猛暑の中、鶴見区にある馬場花木園を写真仲間と初めて訪ねてきました。
横浜市が公設民営で整備した回遊式の和風庭園です。指定管理者は、横浜市緑の協会でした。
谷戸田(やとだ:農家住居近くの里山の田んぼ)の風景が残る、こじんまりした四季の花が楽しめる公園です。いまでは周りはすっかり住宅街ですが。
東横線菊名駅とJR鶴見駅のほぼ中間の馬場地区にあり、この日は鶴見からバス15分ののち、歩いて10分程でたどり着きました。
蓮、花菖蒲、萩、牡丹などいつでも四季折々の、和風庭園に合う花木を鑑賞できるように工夫されているようでした。また、園内には古民家、東屋や蓮池、菖蒲池、竹林もあり、その菖蒲池のほとりにサギソウがひっそりと栽培されている小さなエリアがありました。近くを通りかかった係の方に聞かないと、場所がわからないような、目立たないところでした。
清楚な咲き方が印象的で、この時期、一瞬の涼しさを感じさせます。
この日は、10,700歩コースでした。

水辺の土地でひっそりと咲くサギソウが
見頃でした。

蓮も様変わりです。

水中花。水を入れたグラスを逆さにして
います。簡単でよい飾りです。



旧藤本家住宅。1942〜2011年まで
藤本さんの住居だったようです。



古民家の生活道具、古民具です。舞鶴の
実家にもこれに近い道具が残っていました。



旧藤本家住宅では、今では珍しい「蚊帳」が
張られていました。昭和30年代までは
どこでも当たり前でした。懐かしく感じます。


もともと江戸末期〜明治初期築の住居を
1913年にここに移築されたそうです。

蓮の時期はなかなか良さそうです。

クリガニのカニ汁

 8/6には、孫の付き合いで目黒に出かけ、やや疲れた帰りの寿司店(目黒駅ビル内の「寿司 活」でした)で、たまたま「大きいクリカニのカニ汁」をメニューに見かけ、ついつい惹かれて注文してみました。今年3月にも陸奥湾のクリガニを珍しく見かけ自宅で美味しくいただいたばかりでした。春が旬と...