2024年9月21日土曜日

横浜ベイブリッジのスカイウォーク巡り


9/21には、横浜スカイウォークを巡ってきました。
スカイウォークは、35年前1989年(平成元年)のベイブリッジ開通と同時に、ベイブリッジの大黒埠頭側から車道の両側に設けられた320mの歩行者専用道路(市道とのこと)とその先の展望ラウンジ施設で、住民要望により開設されたそうです。途中で折り返しているため、これを使ってベイブリッジを渡りきることはできません。自動車専用道路に併設された日本最初の歩行者専用道路だそうです。
横浜ベイブリッジは、横浜港の港湾物流施設としてまた横浜中心部の混雑を緩和するバイパス道路として山下埠頭と大黒埠頭を結ぶ860mの橋梁産業道路です。横浜市政150周年事業として建設されたそうです。
このスカイウォークの公開は、その後、一時休止、改修、再開を繰り返してきましたが、2022年に次世代の新しい港湾物流の拠点として埋め立て・工事中の新本牧ふ頭の展示、PRなどが追加されて、リニューアルオープンしています。最近では、国内観光ルートにもなっています。歩行者道路の海側は金網で仕切られていますが、観光客用に一部20m角が切り取られ撮影にも配慮されていました。
私には初めてでしたが、いつもとは異なる視点、視角からの横浜港の眺めでした。また、行く途中に山下埠頭や大黒埠頭を回りますが、東電横浜火力発電所、日本石油、日本郵船、日通、日立物流、Futaba やコンビニの物流倉庫(「上屋(うわや)と呼ばれ多くの表示を見かけました)などが延々と並び横浜の産業のバックヤード地区であることを実感しました。一方で、この先には、大黒海釣り公園、グランドやテ二スコートなどの娯楽施設もできています。
この日には、横浜駅東口から市バス109線で、横浜市街、山下埠頭、ベイブリッジを通って、大黒埠頭にある「スカイウォーク入口」まで行き(ひとつ先の「スカイウォーク前」でもよかったようです)、スカイウォークを観て、帰りは「大黒埠頭」から市バス17線で鶴見駅東口に出て、横浜港を一巡できました。ほとんどがバスのお世話になってしまいましたが。
この日は、8,000歩コースでした。


横浜ベイブリッジ山下埠頭側の下層部。
展望ラウンジから。右側が横浜市街です。

小さいですが、対岸の山下埠頭の
左端には横浜港のシンボルタワーも
見えます。

ベイブリッジ大黒埠頭側の下層部。
橋梁の左側がスカイウォークになります。

クルーズ船ターミナル(かまぼこ屋根)と税関。
クルーズ船の寄港数の増加と大型化で
ベイブリッジを高さ制限で通過できない船は
大桟橋に停泊できないため外海の
ここ大黒埠頭と山下埠頭に停泊します。
ベイブリッジすぐ下を通過する貨物船

背景はみなとみらい(MM)21のビル群です。
その先には富士山も、また、左奥の大桟橋には
クルーズ船ウエステルダム(オランダ船籍)が
見えます。
歩行者道のすぐ横には自動車道が
金網越しに走ります。

左奥が横浜市街です。

横浜スカイウォーク往路。右側が横浜港、
市街で、左側が自動車専用道路です。

大黒埠頭の先に続く鶴見方面へのルート。
右奥の2本の高い煙突は東電横浜火力
発電所です。

スカイタワー。スカイウォークの管理棟で
歩行者通路にはこの4階から入ります。
右側が横浜ベイブリッジです。

2番目の写真の背景に小さく写っていました
横浜シンボルタワー(本牧船舶通航信号所)
について、2014年10月のスケッチが
残っていました。キリンやベイブリッジも
片隅に入っていました。今回は、背景の
ベイブリッジからこちらを見たことに
なります。

綿花の収獲


数日前から庭先の棉(わた)の木の綿花の収獲が始まりました。9/21で5個になります。昨年は、この竹籠に山盛りになる程の収獲でした。今年は、熱い天候が良かったのか、昨年以上の豊作になるのを期待したいところです。
棉の木を栽培しはじめて3年目ですが、わかってきたことには以下があります。
・棉の木には、露地栽培が合っているようです。根は深く株の背丈ほどになります。もともと繁殖力の強い、生命力のある植物と思われます。
・別に4つの鉢植にもしましたが、いずれも格段に成長が遅いようです。鉢植えにする場合にも大きめの鉢に一本だけ育てるのが良さそうです。2~4本を植えてみましたが、4本より3本、3本より2本と、一つひとつの株の成長が明らかに良くなりますが、露地植えにはかないません。いわば、鉢植は盆栽のように思えます。
来年は鉢植えは止めようかとも考えています。台風などのときに鑑賞用に移動できるのは便利ですが。
・株の水の必要量は多く、夏には株植えには大量の給水が必要です。
・肥料も効果的で、収穫に効いてくるようです。
・種子の根付きは余りよくなく、5~10個にひとつくらいといった感じでした。
そこで一句、

棉摘や露の乾きを待つ朝



グリーンボールが日に日に大きくなり
はじけて綿花になります。

(追加1)10/11には竹かご
一杯の収獲です。

2024年9月16日月曜日

思わぬ町内会サービス

 先日の誕生日には、地元町内会傘下の長寿会(65歳以上入会可)からお祝いが届きました。喜寿に当たります。
思わぬ、なにげない地元の町内会サービスに、年齢によらず、嬉しく思いました。
町内会からは、2年前にも「75歳祝い」ということで紅白饅頭が届きました。
ここの町内会は地域でも古い町内会だそうで、老人向けにも茶話会、日帰り旅行会(昨秋は静岡の掛川城でした)、落語会(近所にお住いの落語家桂歌助師匠や地元のマジシャンがよく出演されます)、趣味の展示会・演奏会(これには、手持ちの水彩スケッチの拙作も町内会館に出展させてもらいました。ハーモニカ名手による即興の演奏も定番です)など、活動が結構活発です。こういった年齢に合わせた個人向けサービスも行き届いているようです。


町内会長寿会からの喜寿祝

2024年9月15日日曜日

アメリカン・サウンド・イン・ヨコスカと高嶋秀武さん


 9/15には、横須賀では恒例の第15回米海軍第7艦隊バンド&横須賀交響楽団フレンドシップコンサート「アメリカン・サウンド・イン・ヨコスカ」が催され、平坂から登った高台にある横須賀市文化会館大ホールを訪ねました。横須賀の名物コンサートだそうです。この日も1500席が満席とのこと。当日券の立見席も準備されていました。横須賀交響楽団の団員で今もトランペットを吹くかつての同僚の紹介で知り、私には、初めての鑑賞でした。
プログラムによると、「米海軍の精鋭バンドと地元オーケストラのダイナミックでエキサイティングなサウンドが人気を博し、マーチや米国の作曲家や米国にゆかりのあるクラシック音楽、ジャズ、映画音楽など多彩なプログラムをお贈りしてきました。」とあります。
今年は、第一部の艦隊バンドによる米国ポップス演奏についで、第二部では、米国生まれのマーチ王スーザの生誕170周年記念として「スーザ マーチ・リクエスト集」 というマーチを中心にした企画でした。また、英国生まれのエルガーが作曲したオーケストラのための行進曲「威風堂々」(英国の第二の国歌とのこと)からアメリカ民謡「聖者が街にやってくる」まで、久々にじっくり行進曲の名曲を楽しめました。
気になったのが、司会の高嶋秀武さんでした。横須賀出身の高嶋さんは長くこの企画の司会をされているようで、ラジオのニッポン放送で長くパーソナリティをされた「高嶋ひでたけのお早う!中年探偵団」の頃の明瞭で軽妙な語り口が懐かしく、お元気そうなのに感心しました。当時は、横浜富岡の社宅から横須賀武山への朝の相乗り通勤の車中でよく聞きました。今から思うと、山谷新平さんの「お早うニッポン」とともに、山谷さん降板後にその後継番組となった「中年探偵団」は朝のラジオ情報番組のはしりでした。高嶋さんは、今も、ラジオ(月1回出演とか)、YouTubeで減速しながら活躍されているそうです。その延長で、私は、今も朝には同じくニッポン放送の「飯田浩司のOK!Cozy Up!」とお隣の文化放送で「おはよう寺ちゃん」をしっかり聴いています。因みに飯田浩司さんも横須賀出身だとか。
この日は、7,700歩コースでした。

(追伸)この日は、日頃の注意不足を痛感することがありました。この演奏会は、これまでの経緯から汐入駅前の横須賀芸術劇場が会場とはなから思い込み、早めに行って控えていました。開場時間頃に会場に行くと係の方に「会場はここではなく横須賀中央駅から20分程歩く横須賀市文化会館です。芸術劇場は天井の改修工事のため長期休館(2024.7〜2026.3)しています。」とのことでした。慌てて会場にタクシーで駆け付け(他に何人かおられました)、なんとか間に合いました。月一回の「横須賀芸術劇場ニュース」を受け取りながら(しっかり読むとちゃんと書いてありました)、日頃から、見たい所しか見ていない、視野が狭くなっている、ことをあらためて思い知らされました。来年の開催でも会場はここだそうですから要注意です。


開演前。共演では日米総勢95人が出演
とのこと。

会場の横須賀市文化会館
プログラムから

パンフレットから

2024年9月13日金曜日

お茶大キャンパス

9/12には、属する団体の定期総会で久々にお茶の水女子大キャンパスを訪ねました。
地下鉄丸ノ内線茗荷谷駅から駅前の春日通りを北に5分程歩いたところにあります。
正門での検問が厳しくなっていることを受けて、世相を現わしているなという印象をもちました。
一般者がキャンパスに入るには、原則、事前のアポが必要で、ない場合には、それに代わる会議案内資料等がチェックされます。理由を聞くと、このキャンパス内には、付属小学校、中学校、幼稚園、こども園など付属施設が多くあり、生徒、園児の安全のためだそうです。昨今の通念では当たり前の入場ルールであり、同じ敷地の大学エリアにも適用されているのに納得した次第です。教育機関であり、女子大であるといった事情はあるにせよ、日本で「大学のキャンパスと寺社の境内は終日開放された場所」というイメージは段々変わるのかもしれません。以前、五反田にいた頃、通勤ルートにあった清泉女子大も私大でしたが同じようなルールだった記憶があります。そこでは、学内の歴史的建物も年数回のキャンパス公開日にしか一般開放されていませんでした。
ただ、正門の右側に最近建てられた、ちょっと変わった(はやりでいうと、どこかの副大統領候補がいわれたウィアードweirdでしょうか)ビルだけは1〜2階が一般にも開放されているそうで、総会もそこの2階の多目的ホールで行われました。そこは、「国際交流プラザ」という隈研吾さんが設計された木目風の斬新な施設で、内装も木を多く使ったデザインで、カフェなども置かれ開放的な雰囲気でした。
茗荷谷には、今も、お茶大のほか中央大、拓殖大、東大、筑波大の付属中学・高校などの施設が多くあり、所謂文教地区だなという感じがします。以前には、駅近くの、筑波に移転する前の東京教育大の建物にあった学術情報センター(当時、大学間ネットワーク構築・運用のとりまとめ機関でした)には何度も通ったことを思い出します。そこも今は神保町一ツ橋に移転してありません。移り変わりを感じて帰路につきました。
この日は、8,800歩コースでした。


国際交流プラザ。正門右側すぐにあります。
外観のデザインが目を引きます。

2024年9月12日木曜日

府中市郷土の森の下見

 9/11には、写真仲間での次回撮影会の下見に府中市郷土の森に出かけました。
JR南武線・京王線分倍河原駅(ぶばいがわら)からバスで10分くらいの多摩川沿いにあります。武蔵国の中心地の古代国府があった場所で(のちに「府中」となったそうです)、園内には、立派な府中市郷土の森博物館もあり、古代からの歴史が大事に残されています。また、園内には6軒くらいの古民家や役場などの公的施設が移築して残されています。近くの府中本町には武蔵国総社の大國魂神社(おおくにたま)もあり、5月初旬の例大祭「くらやみ祭」は地元でよく耳にします。
府中市郷土の森では、9/14〜10/6に第2回曼殊沙華まつりが企画されており、それを目当てに9/24に撮影会を計画しています。
この日は、曼殊沙華はまだ早く、水辺の日当たりの良いところに白い曼珠沙華がいくつか開花したばかりといった状況でした。園内には、数年前までは1万株だったそうですが、地道に球根を植え続け、今では40万株が植えられているそうで、市も力が入っています。5年程前のこの頃に撮影に来た時には、それほど、という印象でしたので、9/24の撮影会では期待したいところです。撮影会後の反省会の場所も予約してきました。
この日は、8,000歩コースでした。



萩のトンネル。開花はまだ先の様でした。


旧府中町役場

最寄りの分倍河原駅前の広場には
勇猛な「新田義貞公之像」が鎮座します。
ここは、1333年に鎌倉最後の執権北条泰家と
新田義貞が争った分倍河原合戦場跡とのこと。
140年余続いた鎌倉幕府の最後の主戦場
だったようです。

2024年9月10日火曜日

ある断捨離

 かねてから、神奈川県公安委員会から受けていた運転免許証の更新通知について、しばらく対応を迷っていましたが、更新日の誕生日も迫ってきたことから、今回の免許期間終了をもって、免許証を更新せず自主返納することにしました。9/8には、その手続きを地元の港南警察署で済ませてきました。運転経歴証明書(免許証と同じサイズ、様式で、写真も含まれます)を請求するかどうか選択できるそうで、余り使うこともなさそうですが記念にと思い発行の申請もしてきました。申請当日から運転はできず(免許証にはパンチ穴が幾つかあけられます)、10/1には運転経歴証明書が発行されるとのことでした。
思い起こすと、学生時代の夏休みに自動車学校に通って免許を取得してから、もう55年にもなります。1度、事故証明を要する事故にあいましたが、幸い、大きな事故はなく(駐車違反が多かったです)、ここまで来ました。ただ、ここ10年は運転することもなく、先回更新時の実地試験では、久々の運転で、前方注意・確認不足などを厳しく指摘される状況でした。
これまでは、旅行先、帰省時や緊急時に運転することもあるかと更新を続けてきましたが、これからは、公共交通機関で動ける範囲で移動することになりそうです。不便なことも予想されますが、自身の体力、注意力の低下とともに、昨今の高齢者事故を見ていると、事故のリスクの方が手軽に移動できるメリットよりも大きいと感じるようになりました。
これも、年齢相応の諦め、断捨離のひとつかもしれません。


港南警察署。事故死ゼロが416日続いて
いるとのこと、

2024年9月6日金曜日

鎌倉の今時の「花の寺」 宝戒寺と大巧寺

 9/6には、このところ朝夕が涼しくなったことで、好天に恵まれ、秋の気配を感じればと思い、鎌倉駅の東側になる宝戒寺(ほうかいじ)と大巧寺(だいぎょうじ)を久々に訪ねてみました。
鎌倉には「○○の花の寺」として親しまれる寺が幾つもあります。宝戒寺は「萩の寺」で、大巧寺は「ムラサキシキブの寺」です。
宝戒寺では、境内の白萩を観れればと思っていましたが、今年の夏が暑かったことから開花が10日程遅れているそうで、まだ小さい蕾の状態でした。受付の方によると昨年は9/9で満開だったそうです。一方で、境内の大きな百日紅(さるすべり)は満開が長持ちしているそうです。秋の訪れも遅れているようです。
ここは、1333年の新田義貞の鎌倉攻めによって北条氏が滅亡した後、この近くで自害したとされる850人にも及ぶ一族の霊を弔うため、後醍醐天皇の命をうけた足利尊氏によって、当時小町邸と呼ばれ北条氏九代の執権屋敷跡であるこの地に建立されました。
また、戒壇院が置かれ天台宗の人材を養成する道場として位置付けられていたそうです。
これまで、駅から宝戒寺まではいつも歩くのですが、この日は、バスのタイミングもよかったこともあり(言い訳ですが)、ついつい京急バスを往復利用してしまいました。強い日差しの日には無理しないことにしています。


本堂前の萩の枝ぶりです。まだ蕾でした。
大巧寺では、境内に多くのコムラサキシキブが丁度見頃でした。この花は、庭草としても一般的ですが、色といい花形といい、小さな寺の境内には合います。また、今年は、何かと話題に上る名前です。他にも、境内では、蓮が緑の花台に実をつけ始めたり、 萩が幾つかひっそりと咲いていました。葉陰では、一本だけ白い彼岸花が咲いているのをみかけました。
ここでも、ゆっくりと夏から秋に移りつつあるようです。
ここは、元々は「大行寺」と言ったそうですが、源頼朝がここで軍評定(合戦前の作戦会議)を行い、戦に大勝利したことから大巧寺に改めたとされます(当初は「大攻寺」だったとか)。また、ここは、「おんめさま」を祀る、子授け・安産祈願の寺だそうです。(注)
この日は、バス利用のため短か目の6,000歩コースでした。
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(注)「 おんめさま」については、以下にような説が伝えられています。
5世住持の日棟が難産で苦しんで死んだ秋山勘解由という人物の妻の霊を供養して成仏させ、その後お産に苦しむ人のために産女神霊を本尊として祀ったのが始まりという。「おんめさま」はこの「お産女様(おうめさま)」が訛(なま)ったものだとされています。






山門前にて

山門前にて。ここは安産・子育ての神
「産女霊神」を祀っています。



日蓮宗 長慶山正覚院大巧寺 本堂

2024年9月4日水曜日

ニシンの三五八漬け

 9/1に大船でのスケッチ教室からの帰りに、駅前の仲通り商店街に立ち寄りました。
いつも通りに鈴木水産に向かうと、このところの2週間程の改装工事を経て、たまたま、この日から新装開店セール中で、店舗が広く綺麗になっていました。
この日、目を引いたのが、ニシンの「三五八漬け」(さごはちづけ)でした。「三五八」は、漬床に塩、米麹、米をそれぞれ容量で3:5:8の割合で使うことに由来するそうです
私が「三五八漬け」を知ったのは、50年ほど前の岩手県北上市横川目にあった親戚の小さな雑貨店ででした。ビニールの小さな米袋のような商品に「三五八」と書かれた三五八漬けの素が商品棚に置かれていました。聞くと、地元では、それを水で戻して、野菜や魚を漬けて家庭での保存食としている、とのことでした。糠漬けとはまたかわった、あっさりしたコメの風味が印象に残りました。(注)
その後、何度か秋田に行く機会があり、当時、冬場にはハタハタをよく食べます。店頭に出るハタハタは殆どが三五八漬けでしたし、塩魚汁(しょっつる)鍋に入れるハタハタも軽く三五八漬けにしたものを使うと聞きました。そのためにハタハタの卵「ブリコ」は異常にコリコリしています。
今回、ニシンの三五八漬けは私にははじめてでしたが、ボリュームもありなかなか美味で、しっかりと三五八の味でした。
この日、途中のお宅の庭では、白から紫に変色しつつあるムラサキシキブを見かけました。今年は、この名を大河ドラマに絡んでなにかとよく耳にします。ムラサキシキブから見れば当たり年でしょうか。
先日の台風10号通過後は急に秋めいてきました。二十四節季では、もう「白露」です。
この日は、7,800歩コースでした。

(注)三五八漬けは、秋田で郷土料理として親しまれ、野菜漬けのほか肉や魚、煮物、鍋物にも使われます。スーパーなどで市販されており、飲食店でも提供されています。代表的なものがハタハタの三五八漬けで、漁港のある沿岸部で多く作られているそうです。ハタハタの卵「ブリコ」の由来は、三五八漬けを始めとする漬物にしたハタハタでは卵が噛み切れないほど固くなるためだという説があります。
また、三五八漬けは平成に入ってブームを起こした塩麹の起源とされるそうで、塩麹は塩と麹と水で作り、米を入れないという違いがあるものの利用方法はほぼ同じとか。

クリガニのカニ汁

 8/6には、孫の付き合いで目黒に出かけ、やや疲れた帰りの寿司店(目黒駅ビル内の「寿司 活」でした)で、たまたま「大きいクリガニのカニ汁」をメニューに見かけ、ついつい惹かれて注文してみました。今年3月にも陸奥湾のクリガニを珍しく見かけ自宅で美味しくいただいたばかりでした。春が旬と...