2025年11月13日木曜日

一の酉@地元お酉さん 大鷲神社

 11/12夕には一の酉の日に地元のお酉さん「大鷲神社(おおとり)」にお参りをしてきました。地下鉄阪東橋駅から5分くらいのところにあります。毎年大通り沿いに200mほどの酉の市が出て、熊手を売る商店30店ほどが軒を連ね、その周辺には夜店屋台がずらりと並びます。横浜市では酉の市はここだけだそうで、個人客に加えて地域の商店、企業関係者を多く見かけます。一角に昨年の熊手を戻すところがあり、コロナ以降熊手のサイズや数が回復しているように感じます。
今年は11/12が一の酉、11/24が二の酉ですが(今年は三の酉がない年です)、熊手店の方によると例年、年末に近い11/24の方が人出は多くなるそうです。大通り沿いに熊手店の背の高いテントが並び、大から小まで金ぴかの熊手が掲げられます。買い手がつくと、火打石の火花と三々七拍子の掛け声で熊手と買手が清められます。随所でこの光景が見られます。
横浜橋商店街が大鷲神社への参道になっています。普段は目立たない神社ですが、この日だけは入口に提灯棚が立ち豪勢な造りに見えます。
ここの酉の市は、地元では、この時期、威勢のよさと日本的な粋を感じる文化イベントです。
そこで、一句、

大き目の肩に熊手や得意顔

火打石垂れる頭や酉の市

火花散り響く手拍子一の酉

大鷲(おおとり)の射的に並ぶミニ熊手

木守柿鳥に半分ついばまれ

この日は、11,600歩コースでした。
早いもので今年も「お酉さん」の時期になりました。



酉の市

金毘羅神社大鷲神社


大鷲神社前の大きな提灯棚。スポンサーの
多さに歴史を感じます。

地元の「山口商店」は毎年目立ちます。

大鷲神社への参道にあたる横浜橋商店街。
大変な人出です。この先左手に大鷲神社が
あります。
熊手店が並ぶ酉に市入口

2025年11月10日月曜日

講談会「番外 神田愛山独演会」

 11/9には、「番外 神田愛山独演会」の講談を神保町のらくごカフェで聴いてきました。
今回は愛山師の新作2題に加えて、アマ弟子2人の演目も含めて盛りだくさんの内容でした。
アマ弟子のひとりとして一席を打つ露地野ぼん子さんの富山での高校時代の同級生がかつての同僚で、今回は彼に紹介してもらっての参加でした。15年程前には、愛山師とぼん子さんに、以前の職場の会議室に立てたにわか作りの高座にきていただき、講談を皆で聴かせてもらったことがありました。その頃に比べるとぼん子さんは持ち前の目力を含めて上達されたように感じました。講談に入門して20年経つそうです。

その後には近くの居酒屋で元の同僚と講談話を楽しみました。

前回の独演会の模様は当ブログで下記20250927の記事にアップしていました。

久々の神田愛山講談独演会

この日神保町には少々早めに到着したため、週末日中の古本屋街を回りました。元の岩波ビルの隣には「岩波アネックス」店ができ、軽食をしながら岩波書店から出版されたやや硬めの書籍がゆっくりと立ち読みできて賑わっていました。また、老舗店の書泉も久々に訪ねました。こちらは昔と変わらず従来型の書店風景です。以前は薄暗い店の印象だった個人の古本店は明るくきれいになっっており在庫本の店横断検索がネットを通じてできるとも聞いています。それもあってかここでは多くの外国人を見かけます。一種の骨董趣味でしょうか。以前はよく通った神保町の古本屋街も時代とともに今流に変わってきたなと感じた次第です。
会場の神田古書センタービル2階の欧風カレー店「ボンディ」にはこの日は階段を含め30m程の若者の行列ができていました。

この日は、7,800歩コースでした。



愛山師の直筆だそうです。

2025年11月8日土曜日

三渓園の紅葉と菊花展

 11/7には、三渓園の外苑で開催中の菊花展と内苑の紅葉の様子を観ながら一巡してきました。
菊花展では、温暖化の影響で10日程開花が遅れているそうで、運営されている長生会ではその傾向が続くようだと開始日を遅らせることも検討しているとか。これまで11/26~12/14と長年決めて開催してきたそうですが、いよいよ見直しが必要になってきているとのことでした。
紅葉は、内苑の聴秋閣の奥の紅葉林が深紅に染まり評判の見所ですが(この時期だけ遊歩道が開放されます)、こちらもまだ1~2週間遅れているようでした。
訪問回数が多いリピータ客のための年間パスポート会員になって2年目ですが、割安のメリットを活かせていないようです。

この日は、9,000歩コースでした。


臨春閣の前庭では紅葉が始まっていますが、
係の方に聞くと、臨春閣奥の紅葉スポットでは
11月下旬が見頃ではないかとのことでした。

大菊の盆養七本立てや三本立て。花形では
厚物、厚走りや美濃菊などです。

アオサギが二羽、畔で何かを狙っている
ようです。

大菊の管物。この日は審査日だったとか。
今日来たのはラッキーだそうです。

右は亭樹。花嫁姿の撮影中です。

大菊のだるま作り(三本立て)。一本立てだと
福助作りになります。しっかりと審査基準が
あるそうです。

思案中のお地蔵さんです。三渓会館前にて。

小菊の盆栽。展示は庭園や山里をイメージして
小菊が育てられます。

蓮池では、根元の蓮根が成長中です。

切り花部門の表彰作品から

この時期七五三と結婚式前撮りの記念撮影が揃い
踏みです。

大菊厚走り7本立て の一番豪華な
菊作り作品です。

大池のアイガモの群れ

秋の七草フジバカマもまだ満開でした。

三渓園大池全景。背景は燈明寺三重塔

菊鑑賞の手引きです。大菊編です。
なかなか参考になります。

中菊、小菊編です。例年会場で
配布されます。

2025年11月5日水曜日

越前大野城が天空の城に

11/5朝のNHKニュースで、その前日早朝に福井の越前大野城が雲海に浮かび天空の城になったことが伝えられ、その映像が放送されていました。2019年5月にツアー旅行で越前の桜巡りに行った際に、大野城を訪ねたことを思い出しながら素晴らしい眺めに驚きました。たまたまこの時の大野城のスケッチを手元に残していました。
10月から4月末頃にかけて、とくに11月頃が最も「天空の城 越前大野城」が出現する頻度が高い雲海のシーズンといわれているそうで、その通りの情景でした。しかも最頻月にも2〜4回/月の早朝にしか観られないレアモノだとか。
地元大野市のHPによると、天空の城は以下のような気象条件が重なった時に出現する非常に稀な現象だそうです。ここ数日でも納得できる理屈です。

・前日の湿度が高いこと (前日に雨が降った日など)
・前日の日中と翌日朝方の気温差が大きいこと (放射冷却現象が起こるような日)
・風が弱いこと

一度は実際の風景を観たいところですが、HPには、見物客に「過度な期待は禁物」とあります(笑)。
山陰地方には他でもこのような一面の雲海の現象は起こります。故郷の舞鶴から近い兵庫県朝来市和田山町竹田(あさくし)にある竹田城(大分の竹田城とは別物です)、天空の城ではありませんが海岸沿いの小峰 五郎ヶ岳から見下ろすリアス式の山並みが雲海に浮かぶ舞鶴港でもたまに観られます。 なかなかの美景です。


まさに天空の城になった越前大野城。
海抜249mの亀山に建つ平城です。
西1Kmの犬山城から。 TVもこのような
映像でした。
2019年4月にここを訪ね春の大野城を
スケッチしていました。平地の市街から
ここまで結構上ります。

自然のままの荘厳なシーンです。

2025年11月3日月曜日

秋の舞鶴帰省と墓じまい

 10/31-11/2には、墓じまいのために舞鶴に帰省しました。
このところ諸手続きもあり結構頻繁に帰省しています。
10/31の秋の冷雨の中、翌日の墓碑取壊し工事の前に最後の墓影を撮影しておきたいと思い、墓地に出かけました。気になっていた墓石の刻印などの撮影を行い、見納めとしました。
翌日11/1には朝0830から工事が始まり10時には墓石は取壊し・撤去され更地になりました。工事に当たっては、東京から駆け付けてくれた従兄弟と一緒に終始立会い、来られなかった親族の分を含めて見納めをしました。墓は簡単な石の構造物ですが(御影石と安山岩とのことでした)、親族の多くの思いを長年積め込んで、人の記憶にはその何倍も重く大きなものなのだとあらためて感じました。工事では、墓石は小さく砕かれ隣県の高浜に移送さ許可されたところに集積されて土に還ることになります。
取り上げた先祖の遺骨 本骨10体は、石材業者によって一旦乾燥され12/13に予定しています檀家寺の得月寺での永代供養墓への納骨(改葬・分骨)に伴う先祖供養法要に備えます。
なお、工事に先立ち、舞鶴市に提出していた改葬・分骨許可申請に対して、10/27付けで改葬・分骨許可証が自宅に届きました。正式には、この許可証を受けて業者は着工することになります。実際には、寺と合意できていれば、この手続きを踏まないケースも多いようです。
そこで、一句、

秋霖や百年越しの墓じまい
墓じまい想い連なる神無月

これで、親族への説明や檀家寺のご住職との相談から始まり、ここ3年くらいかかった墓じまいも、これで一連の段取りが半分くらい終わったことになります。半分肩の重荷を下ろしたように感じます。

その翌日11/2は、東舞鶴ではだるま祭りや地元三宅神社の子供神輿の日だったようで、いつになく街が賑わっていました。
また、前島埠頭では休日の好天だったこともあり多くの釣り客がでており、何もなかったのように、この時期いつも通り子アジ(豆アジ)のサビキ釣りが大漁でした。
この日午後には、地元の友人にも昼食会で経過を報告し、帰路につきました。

 
昭和3年建立の墓碑。97年に亘って親族の
先祖への想いが詰まっています。背景は
檀家寺の得月寺本堂、その先は東舞鶴港
です。
 

 
墓石取壊し後の墓地(左中央)。ポッカリと
空地になっています。
 

得月寺の永代供養墓。先祖の霊はここに
12/13に納骨し改葬して供養を続けます。
また、身近な横浜の納骨堂にも分骨し併せて
先祖供養をすることにしています。
 
舞鶴東港 東側
  
舞鶴東港 西側

五条公園でのだるま祭り。岐阜から来た
アルトサックス奏者が熱演中でした。

八島商店街。以前は街の賑わいの中心でした。
 
東舞鶴のかつての繁華街 八島商店街も
この日はだるま祭りで賑わっていました。

この時期どこの家でも屋内や縁側で干し柿造りを
します。こちらは畳屋さんですが舞鶴には
今も多くの畳店や表装具店が残っています。

三宅神社の例大祭に行われる子供神輿。
町内会を練り歩くそうです。

ざっと300匹は釣れています。

前島埠頭での味釣りはどの釣り人も大漁でした。

岸壁も大混雑です。背景は海上自衛隊教育隊
です。奥の先に突き出た桟橋は立入禁止ですが
この時期全くお構いなしでほぼ満席です。
この日はヘリ空母「日向」が接岸中でした。
中央です。

海自舞鶴総監部全景

こちらも120~150匹は釣れています



「大六丸」のメニューから

宿泊するホテルには「さざれ石の巌」が置かれて
います。ここは元海軍御用達の老舗旅館
「松栄館」の面影が残っています。しかも
一部が残る旧建屋の庭先にももうひとつの巌が
置かれています。

JR東舞鶴駅前。最近は駅前から高速バスで
京都駅まで出て新幹線ひかりで新横浜まで
帰ります。京都駅まで直通で1時間55分、
便利になりました。

ミラーレスカメラZ30の新調

 4月末にいつもカバンに入れて持ち運ぶ小型のカメラを新調しました。これまでコンデジ( コン パクト デジ タルカメラ)のA1000を何度もNIKONに修理に出しながらも長く愛用していました。その前のA900を使っていた期間を含めると15年は使っています。コンデジでありながらRAW...