10/31-11/2には、墓じまいのために舞鶴に帰省しました。
このところ諸手続きもあり結構頻繁に帰省しています。
10/31の秋の冷雨の中、翌日の墓碑取壊し工事の前に最後の墓影を撮影しておきたいと思い、墓地に出かけました。気になっていた墓石の刻印などの撮影を行い、見納めとしました。
翌日11/1には朝0830から工事が始まり10時には墓石は取壊し・撤去され更地になりました。工事に当たっては、東京から駆け付けてくれた従兄弟と一緒に終始立会い、来られなかった親族の分を含めて見納めをしました。墓は簡単な石の構造物ですが(御影石と安山岩とのことでした)、親族の多くの思いを長年積め込んで、人の記憶にはその何倍も重く大きなものなのだとあらためて感じました。工事では、墓石は小さく砕かれ隣県の高浜に移送さ許可されたところに集積されて土に還ることになります。
取り上げた先祖の遺骨 本骨10体は、石材業者によって一旦乾燥され12/13に予定しています檀家寺の得月寺での永代供養墓への納骨(改葬・分骨)に伴う先祖供養法要に備えます。
なお、工事に先立ち、舞鶴市に提出していた改葬・分骨許可申請に対して、10/27付けで改葬・分骨許可証が自宅に届きました。正式には、この許可証を受けて業者は着工することになります。実際には、寺と合意できていれば、この手続きを踏まないケースも多いようです。
そこで、一句、
秋霖や百年越しの墓じまい
墓じまい想い連なる神無月
これで、親族への説明や檀家寺のご住職との相談から始まり、ここ3年くらいかかった墓じまいも、これで一連の段取りが半分くらい終わったことになります。半分肩の重荷を下ろしたように感じます。
その翌日11/2は、東舞鶴ではだるま祭りや地元三宅神社の子供神輿の日だったようで、いつになく街が賑わっていました。
また、前島埠頭では休日の好天だったこともあり多くの釣り客がでており、何もなかったのように、この時期いつも通り子アジ(豆アジ)のサビキ釣りが大漁でした。
この日午後には、地元の友人にも昼食会で経過を報告し、帰路につきました。
昭和3年建立の墓碑。97年に亘って親族の
先祖への想いが詰まっています。背景は
檀家寺の得月寺本堂、その先は東舞鶴港
です。
墓石取壊し後の墓地(左中央)。ポッカリと
空地になっています。
得月寺の永代供養墓。先祖の霊はここに
12/13に納骨し改葬して供養を続けます。
また、身近な横浜の納骨堂にも分骨し併せて
先祖供養をすることにしています。
舞鶴東港 東側
舞鶴東港 西側
中央です。
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