2025年9月24日水曜日

大阪・関西万博での「つじさんの地図」 

9/18に大阪・関西万博を訪ねましたが、会場を歩いていて不思議に感じたのが、入場者の多くが、同じような会場案内マップを手にしていることでした。とくに団扇にそのマップを貼り付けています。
隣りを歩く人に聞いてみると、「これは手製で自分で貼り付けました。これで随分と助かっています。」、「娘家族の評判が良くて来るときに譲ってもらいました。使い勝手がいいですよ。」といった返事が返ってきます。会場スタッフに公式案内地図の販売場所を聞くと、東西ゲートの売店だけで売っている、と返ってきます。会場マップを含め会場内のチラシ類も少ないように思いました。ネットで調べてみると、よく使われているのが、いち参加者が作り始めた私製、非公式の地図で、市水道局の職員(水道施設のプラントレコードの仕事をされているとか)の「つじさん(@t_tsuji)」が実際に万博会場を何度も訪れ、現地の様子や動線をもとに改良を重ねてネットで公表している一枚の地図であることを知りました。改良を重ねているため公式地図よりも分かりやすい、と評判だそうです。累計印刷数は22万枚以上という驚異的な人気だとか。


つじさんの地図の特徴は、以下とのこと。
・パビリオンの入場方法や施設の位置が一目でわかる
・動線や混雑ポイントが明確に示されていて、効率的に回れる
・水飲み場・エレベータ・予約登録場所など、公式地図では見落としがちな情報も網羅
・コンビニ印刷対応(セブンイレブンのネットプリントで簡単に入手可能)
・地図をうちわに印刷するアイデアもあり、暑さ対策と情報収集を両立できる
・自宅プリンターでもA4サイズで印刷しやすい設計

最新情報のチェックは以下からできます。

今の万博の人気、盛り上がりはSNSでのヒットも要因の一つだそうですが、大阪らしい親しみやすさ、ハードルの低さ、若いSNS世代の支持、を創り出しているように思いました。
英語版もあればと思いましたが、残念ながらまだのようです。次回の万博はサウジアラビアのリヤドだそうですが、是非引き継いでもらいたいひとつと思いました。

2025年9月22日月曜日

葛の花ー秋の七草

 先日9/17には、いつもの句会に通う途中の栄区のいたち川沿いでたまたま葛の花を見かけました。
葛の花は、その蔓が元気に這い回る7~8月、主に夏の植物と思っていましたが、花が咲くのは7月~9月だそうで、旧暦的には立派な秋の七草です。大きな葉に隠れて咲くので一見見つけにくいですが、周囲では確かにグレープフルーツのような甘い香りがします。繊維芽と薄紫の花は食べられるとか。葛の花は、フジの花に似た房で咲きますが、赤紫色とピンク、黄色という鮮やかな色合わせがフジの紫とは違い、花弁も厚いようです。また、フジは下向きに花を咲かせますが、葛はしっかりと上向きです。
葛というと葛粉を採取する乾燥した葛根(参考2)を思い浮かべますが、根を掘り出すのは澱粉を十分にため込んだ後の冬がよいとか。葛粉から作る葛餅や葛切り(参考1)など、利用法も日本人の生活に古くから根付いています。(注1), (注2)
ここで、一句、

葛の花葉陰に咲くや川瀬道
葛花や川瀬に散りて大跨ぎ


葛の花。葉の陰で見つけにくいです。





川瀬道には葛花が落ちて積もり道を塞いで
います。

いたち川にはアオサギが棲んでいます。

(参考1) 以前に描いた「葛切り」です。

(参考2)葛根のイメージ(対話型AIのCopilotで制作)
乾燥食品売場や漢方薬局などでは葛根を1~2cmに
輪切りにして乾燥して詰めた袋を見かけます。

(注1)葛の利用法
以下のサイトが詳しいようです。

葛粉を取り、芽と花を食べ、繊維を取る。美味しい厄介者「クズ」を楽しむ
https://gogo.wildmind.jp/feed/howto/302

(注2) 亀戸天神の藤と船橋屋のくず餅
22022年4 月に当ブログの下記に記事をアップしていました。

 

2025年9月21日日曜日

大阪・関西万博の大屋根リング その2 (昼間の部)

 9/18の万博訪問の続編です。大屋根リングの昼間の様子から写真をピックアップしてみました。
先日の報道で知りましたが、大屋根リングの白木を組み上げて高台を造る工法は「貫(ぬき)工法」と言われ、京都の清水寺の大舞台を組み上げる工法を使ったそうです。歴史を感じます。
白木の建物は、西洋や中国では、その寿命の短さや簡素なイメージなどから一般的には使用されることは少ないと聞きます。日本では、木にも神が宿るという崇敬の念から好まれ、神殿から建物、家具から生活用品、さらに棺桶までに広く使われます。今回の万博のシンボルタワーに白木を使うことには異論もあったかとは思いますが、結果的には日本独自の白木文化の十分な発信になったように思いました。先のオリンピックでの国立競技場に次いで、白木でここまでの建築物ができる、しかも半年という短い期間のデモにはピッタシだったのではないでしょうか。
最近の報道でこのリングの東北側200m部分が保存され市立公園になるそうです。建物に収容するのでしょうか、何らかの保存の工夫をして万博2025の記念物として、万博1970での「太陽の塔」のように長く残ってほしいと思います。精巧なミニチュアを残すのも一案と思います。
先の大阪万博は1970年春から秋でした。実はこの年は私の社会人になった年で入社研修後にまとまって千里の万博会場に来て、先を予測して精一杯盛った内外の展示を見て刺激を受けた記憶があります。あれから55年経ち、世相もテーマも多くく変わり(注)、また、私の年齢のせいもあってか盛り方がやや少なく感じるところはありますがそれは新鮮さに鈍感になった老年のひがみとして、今回の展示の中にはいまの若い世代から見れば斬新に映ることも多々あるように思いました。今回のこのような世界的な企画、展示から今の若い世代が何かを感じてくれれば、と願いながら、忙しい一日でしたが、帰路につきました。
最後に一句、

鳥の目の大屋根リング秋の空
秋空や杉の香運ぶ大リング

日本での次の国際イベントは、2027年3~9月に横浜市瀬谷区・旭区で行われ「GREEN×EXPO 2027(2027年国際園芸博覧会)」だそうです。








子供達にはここに来たことの印象が残ると
思います。







高さ12~20m,一周2Kmの回廊
 「スカイウォーク」。右側に海外パビリオンが
一望できます。


西陽の陰も一興です。


セルビア館(2)

組み立てには「貫(ぬき)」という伝統的な
工法が使われているそうです。

東ゲート近くのフランス館とアメリカ館



  奥には水面に架かる大屋根リングが見えます。




  
  ガンダム館。実物大のガンダムだそうです。
  
高さ12mの回廊 スカイウォークには一部に
芝生も植えられています。
  
ミャクミャク。6目の赤い顔のリングは細胞を
表しているそうです。
  
左手前がウォータプラザ。リング建設で造った
円弧上の入江です。手前はスカイウォークの
南端です。淡水、汽水か海水かは不明です。
ウォータプラザの南は大阪湾です。
ウォータプラザ全景。ここで夜間には
水上の光や炎のショーが行われます。会場で多く見かけた竹のベンチ。背中の高い
竹は「すだれ」のような日除けでしょうか。 
      

(注) 万博1970のテーマは「人類の進歩と調和」でしたが、万博2025では「いのち輝く未来社会のデザイン」です。

2025年9月20日土曜日

大阪・関西万博の大屋根リング その1(夜景の部)

 9/18には日帰りで大阪・関西万博を訪ねました。開催最終日10/13まで23日を残す最終段階での訪問でした。この日は晴れ時々雨でしたが、お湿り程度の雨で炎天下の移動には助かりました。
新大阪からは、大阪メトロ御堂筋線で本町まで行き同中央線に乗り換えて夢洲(ゆめしま)で降りると、目の前が万博会場の東入口ゲートになります。11時入場のチケットでしたが入場までに1時間程かかりました。主に手荷物のX線検査に時間を要しました。人によっては、ここから折りたたみ椅子を使う人もいて、会場内での行列待ちを予見させてくれます。
パビリオンに入るには、基本的に入場券のほかにパビリオンごとの予約が必要ですが、私は、「大屋根リング」をじっくり見てこようと思い、予約のいるパビリオンには事前申し込みはせずに臨みました。事前情報では予約の要らない先着順で入場できるパビリオン(主に外国のパビリオンでした)も多いと聞いていたこともあります。
結果的には、予約の要らないパビリオンの前には、ほとんどが長い行列で8時間ほど滞在しましたが、入れたのは、国連、EUや大阪府など公共機関、ソーラーやSDGなどのテーマ館、複数の国が同居するコモンズ館-A~F、などの15展示程度と限られた箇所でした。この日も入場者は大盛況で、一定数以上が入場する日は、いつもこうなるのでしょう。リピート券の意味がよくわかります。会場SNSなどによると予約なしパビリオンも1.5~3時間の待ちが表示されます。こんな感じで、まあ前評判通りでした。
目当ての大屋根リングは、期待通りでした。リング長2Km、高さ12~20m(外側に上り傾斜になっています。内側が回廊(スカイウォーク)です)、幅60mという堂々たる木造建造物です。一周すると万博の全パビリオンを俯瞰でき、南側の一部からは大阪湾も望めます。とくに、リング内には外国のパビリオンが全て並び、国柄を表す建物外観がみれます。事前の評判はいろいろありましたが(白木を好まない欧州諸国や中国からはどう見えたでしょうか)、国立競技場の延長線上にあり日本特有の他にはない良い企画だと思いました。また、万博コンセプトの「多様でありながら、ひとつ」、「One World, One Planet」の趣向にもマッチしていると感じます。世界一大きな木造建築物としてギネス登録されたとか。
写真は多く撮りましたので、徐々にアップしていきます。まずは印象に残った夜間ライトアップの時間帯の模様です。
この日の復路には、21時会場西ゲート発の直通夜行バス便が予約できたため直帰し、予定より早く0630には横浜駅に到着しました。長い一日でしたが、見るもの知るものが強く印象に残る日でした。

この日は、26,850歩コースと、さすがによく歩き回りました。しばらくはゆっくりします。



柱には場所を示す番号がふられています。





左手前はベルギーのパビリオンでプロジェク
ションマッピングの展示中です。



ウォータプラザでの水上ショー「アオと夜の
虹のパレード」。リングは赤くライトアップ
されます。

空気、光、炎、映像、音楽のスペクタクル
ショーとのこと。毎日1930から開演です。

会場南側のウォータプラザにもリングは
架かります。夜間には青くライトアップ
されます。リングの奥は大阪湾です。大阪湾は
日本大都市では珍しく西に開けた港だそうで
この方向右に日没が見えるそうです。

20時過ぎになると日中のここでの人だかりも
緩んでいました。「みゃくみゃく」像前から。

2025年9月15日月曜日

鶴岡八幡宮の例大祭と神幸祭

 9/15には、鎌倉の鶴岡八幡宮の例大祭と神幸祭(しんこうさい)を初めて観てきました。ようやく秋の気配を感じはじめた曇りの日の開催で、それまでの猛暑日に比べると動き易い日でした。
例大祭は、10時から本殿と舞殿で行われます。まず本殿で、神社本庁から献幣使(けんぺいし)(注1)を迎え、宮司以下の神職、巫女、八乙女が奉仕し、神前には鈴虫が供えられるそうですが、一般客には見えません。11時には本殿から関係者が舞殿に下り、舞の奉納を行います。
その後13時から行われる神幸祭は、大神様を神輿にお遷しして氏子区域を巡る祭礼です。神輿3基を氏子が担ぎ、錦旗、神馬、高張提灯、太鼓、盾、弓矢などを伴う500m程の行列が若宮大路を進み、二の鳥居で休止して折り返し、境内に戻ります。二ノ鳥居前の御旅所(神様の仮設の休憩所)では、緑の千早・緋袴姿の八乙女による「八乙女舞」が奉納されるとか。この日私は、緑の千早姿は見かけましたが、残念ながら八乙女舞は混雑で見れませんでした。神社の神幸祭は16時頃に終わり、その後16時からは地元町内会の神輿がここを練り歩くようです。なかなかのビッグイベントです。
翌日9/16には、流鏑馬神事(やぶさめしんじ)が行われます。これは鎌倉武士の狩装束に身を包んだ射手が境内を駆ける馬上から的を射抜いていく神事です。昨年2024年9月15日早朝に、鶴岡八幡宮で流鏑馬の稽古中に20代の男性が落馬し、意識不明の重体となる事故が発生し翌日の神事は中止になりましたが、今年復活したようです。また、この日17時には、例大祭でお供えした鈴虫を境内にある柳原神池のほとりに放つ鈴虫放生という風流な行事「放生会」もあるそうです。(注2) この日には残念ですが参加できず見逃しました。次の機会を楽しみにしたいと思います。
因みに、この前日9/14には、4時半から浜降式(はまおりしき)が行われ、宮司はじめ神職が由比が浜で身を浄めるために禊(みそぎ)をするとのこと。また、その日18時からは本殿で宵宮祭が行われ、翌日の例大祭に向けて神様に奉告されます。
あらためて、日本の伝統行事の重みの一端を感じる一日でした。
この日は、9,700歩コースでした。


神馬も。左の御者は外国人です。


  




大行列の半分ほどの通過です。
鉦もそのまま運ばれます。



行列の最後尾です。

鎌倉囃子で盛り上がります。
  


境内入口では子供の囃子連が演奏中です。
「雪の下」この近くの町名です。子供も
随所で協力しています。これも世代継承
でしょうか。

若宮大路があるのは置石町(おきいし)で、その
事務所です。聞くと、昔ここは水はけが悪く
道路に多くの細長い石が置かれていたとのこと。
段葛が路面より60~70㎝高いのはそのことも
あったかも知れません。
  
御旅所。神幸祭の行列の休憩・折り返し点になる
二の鳥居の奥に造られた仮設の神様の休憩所です。
左奥は八幡宮の三の鳥居、舞殿、本殿です。二の
鳥居と三の鳥居を段葛が結びます。到着した
午前10時半ではまだ静かな佇まいです。

(注1) 献幣使(けんぺいし)について
神社本庁(民間組織)または県神社庁が、全国の神社の例祭・鎮座祭・本殿遷座祭・式年祭などに際して、神社本庁を代表して幣帛(へいはく;神への捧げ物で現在は金銭が主)を供進するために派遣する使者。祭典に参列し、神社と神社本庁との精神的なつながりを象徴する。(神社庁HPから引用・編集)

(注2) 例大祭と放生会のこと
この祭りは、文治3年(1187年)に源頼朝が始めた鈴虫の「放生会」と「流鏑馬」が起源とされ、『吾妻鏡』にも記録があります。旧暦の8月15日(満月)に行われていたことから、海の神への祈りや自然への感謝が込められています。(神社HPから引用・編集)

クリガニのカニ汁

 8/6には、孫の付き合いで目黒に出かけ、やや疲れて帰りに寄った寿司店(目黒駅ビル内の「寿司 活」でした)で、たまたま「大きいクリガニのカニ汁」を店内のメニュー短冊に見かけました。この季節のクリガニについつい惹かれて注文してしまいました。今年3月にも陸奥湾のクリガニを珍しく大船で...