このところ舞鶴の得月寺にある先祖の墓の墓じまいの準備を進めています。
12月の中旬に墓石を取壊し、遺骨を回収し、同じ菩提寺の永代供養墓に改葬します。以降は本堂にある位牌と永代供養墓に合葬した先祖の霊をお寺さんに日々供養をしてもらうことになります。それと同時に回収した遺骨を分骨し今住む横浜自宅近くの市営の納骨堂にも納骨し、こちらでも先祖供養をできるようにすることにしています。
この分骨について、当初は、墓から回収した遺骨を別の骨壺に分けることと単純に考えていましたが、本骨と分骨には意味と扱いに明確な違いがあることを知りました。
墓地埋葬法という法律があり、本骨は「火葬後に主に収骨される中心的な部分」を指すそうで、たとえば喉仏、頭蓋骨、骨盤などの遺骨が用いられ、一般的に墓地や納骨堂には本骨が納められ、埋葬や納骨に関する届出の対象になる唯一のもの、とのこと。一方、分骨は「故人の遺骨の一部を、本骨とは別に分けて保管、納骨することで、火葬場で分骨証明書を発行してもらい、それが分骨先で納骨する際に求められます。一つの本骨から複数の分骨はあり得ますが、分骨の分骨は行政上はないそうです。
墓じまいの場合には、本骨は墓地管理者(お寺)の承諾を得た改葬許可申請を市に出し、許可が出てから墓碑の取壊しに着工することになります。また、その分骨には、墓地管理者の発行する分骨証明書が分骨先で原則的には求められます。
といったように、遺骨の埋葬、改葬、分骨には、結構しっかりした手続きが必要なことをあらためて知った次第です。
昨今では、DNA解析が一般化したこともあり、犯罪抑止とともに個人のルーツ探索の素材として遺骨が重視されるなかで遺骨の管理を厳しくしようとしているようです。
2025年10月18日土曜日
墓じまいでの本骨と分骨
庭先の風船かずらから種子採取
10/15頃からは玄関先に植えた風船かずら(葛)の風船が枯れ始め、その中からハートマーク付きの黒い種子が次第に貯まりはじめました。
今朝も枯れ風船を収獲中に、散歩中の初老のご夫婦が「いつも楽しみにしてますよ」と言いながら表通りを通り過ぎて行かれました。先日には、風船かずらの隣に植えてた3本の棉の木に綿花が開花しているのを通りかかった中年の二人連れの女性が覗いておられたので、幾つか差し上げたことがありました。
通り過がりの方が何気なく育てていた植栽を見て、反応の言葉をいただけるというのは嬉しいものだと感じました。細々とでも続けていければと思っています。
2025年10月12日日曜日
創立25周年記念フォトクラブ写遊写真展とトークショー
10/11には茨城県の守谷で行われた「創立25周年記念フォトクラブ写遊写真展」と特別企画のトークショー「知られざる写真家の世界〜竹内敏信の弟子たちが語る〜」に参加してきました。守谷市 市民交流プラザ・市民ギャラリーで行われ、つくばエクスプレスで守谷まで行き、関東鉄道常総線で北西にひと駅行った新守谷駅から25分程寒い雨の中歩きました。
写遊は25年続くクラブだけに風景写真ではレベルの高いクラブで、今回は「思い出の一枚」、「橋」を第一、第二テーマにして58点が展示されており、力のこもった作品でひとつひとつじっくり観させてもらいました。
トークショーでは、前半は、22年に亡くなられた風景写真家竹内敏信の写真歴を、主に日本写真芸術専門学校の竹内ゼミで勉強したり、撮影助手をされたお弟子さん5名(40歳代のように見えました)がたどるという企画でした。師匠である竹内敏信の撮影逸話の紹介(注)や代表作についての解説がありました。後半ではいまは中堅写真家として活躍中のお弟子さん達が自分の追求するテーマへの拘りとご自身の作品の紹介がありました。
竹内敏信については私は名前を聞いたことがある程度でしたが、今回のトークショーを通じて、お弟子さんたちが師匠から身近に指導を受けた様子がうかがえ、また多くの作品をみて、骨太な風景写真の大家として、日本人流の風景写真の捉え方を再認識した次第です。
フォトクラブ写遊は、竹内敏信のお弟子さん(酒井梨恵さん)が二代目の指導講師を務められていることから、今回の企画はいわば「竹内敏信の弟子のトークショーと孫弟子の写真展」のようなところで、参加者の作風が共通していることを感じました。トークショーの種清先生と上記の酒井さんは私の属する写真クラブの先生でもあり、今回この企画を教えていただきました。ある意味では、我々の写真クラブも竹内敏信の作風の影響を間接的ながら受けているのかもしれません。残念ながら、私はこれまで明確に意識するレベルではありませんが。
また、竹内敏信はテーマを持ち続けることを尊重されたそうで、お弟子さんたちも「モンゴル」、「金魚」、「ベルリンや北ドイツの風景や歴史的建造物」、「城下町・戦跡」、信州飯田遠山郷や屋久島の「山岳風景」、「街角」などをテーマを追求されており良い作品を撮られていました。
この日はやや遠い散歩でしたが、沢山の写真を観ることができ大いに参考になりました。
この日は、10,800歩コースでした。
配布された「写遊写真展作品図録」。
第二テーマ「橋」の作品から
守谷市 市民交流プラザの会場入口
・ 特に「桜」は彼の代表的な被写体で、日本人の心を写す象徴として撮り続けた
竹内敏信は、風景写真を通じて「日本人の自然観」や「心の原風景」を表現し続けた写真界の巨匠です。その作品は、ただ美しいだけでなく、深い精神性と文化的背景を感じさせるものばかりです。 (関連HPから引用・編集)
2025年10月8日水曜日
新米を頂戴
10/8には、岩手の北上市横川目の親戚から新米をいただきました。このところ毎年頂戴していて、令和の米騒動の中でも大いに助かっています。生産の苦労と心遣いに感謝するばかりです。
しっかりと新米の風味を味わわせていただこうと思います。
ここで、一句、
新米の半俵袋郷の顔/新米の半俵袋郷の幸
2025年10月6日月曜日
十五夜の三渓園
10/6は十五夜(仲秋の名月、お月見)で、日中でしたが久し振りに三渓園に出かけました。この日の夜には観月会がここで行われますが、今夜の月は残念ながら「雲の上」とのことでした。
例年、園内奥の旧矢箆原家住宅(やのはら)には、縁側に月見飾りが出されます。
残念なのは、来年1月から2027年3月までかけて大規模修繕が行われます。この8月からは建築上の安全のため一般客の立ち入りも制限されてきました。この住宅は白川郷でのダム工事で水没することになった家屋で、原三渓が飛騨白川郷生れだったことから1960年(昭和35年)ここに移築されました。飛騨の三長者の一人と言われた矢箆原家の格式の高さを伝える、現存する合掌造りでは最大級の建物だそうです。
確かに最近は藁葺屋根の傷みも目立つようになり改修が検討されてきたようです。次代に存続させるには止むを得ません。これを機にしっかりと蘇ってほしいと思います。
三渓園入口の藤棚の下には、木製の小さな「三渓園投句箱」が置いてあります。この日は箱の中の「三渓園投句箱用紙」を一枚頂戴してきました。これまでも気にはなっていたのですが、今度は思い切って拙句でも投句したいと思っています。
最後三番目の写真にある半夏生(はんげしょう)については、2024年7 月4日に当ブログに下記のようなここでの記事をアップしていました。
半夏生の季節
この日は、12,000歩コースでした。
(追記)20251009には、下記2句を上記「三渓園投句箱」に投句しました。
雲裏の月見の会やチラシ観る/雲裏の月見想いてチラシ観る
雲上の月見の会や三渓園
修繕が始まるそうです。今年8月からは
安全のため一般客は中には入れません。
2025年10月5日日曜日
もう一つのハロウィンー秋の七草4~5
10/5には、この時期にはこのところ毎年大カボチャが広場に置かれる大船フラワーセンタを訪ねました。
期間中展示されているのは、常陸大宮市のおばけかぼちゃ50個ほどで、その名も『かぼちゃのカーニバル2025』だそうです。この日はさ週末で、小さな子供達がお化けの仮装衣装を着て賑わっていまいした。ハロウィンの仮装子供が微笑ましくてよいように思います。
かなかの迫力です。転がすのはOKだそうで、子供達ははしゃいでいました。一味違う、家族で大カボチャと遊べる体験型のハロウィンです。
園内では、早くも菊花展のテント架設の準備がされていました。
また、たまたま、秋の七草のフジバカマを見かけました。この日は仲秋の名月(十五夜)の前日で尾花も見頃です。
この日は、少な目で6,000歩コースでした。
2025年10月2日木曜日
鎌倉の萩の寺巡り その2ー秋の七草3
10/2には、海蔵寺の萩が見頃と聞き、再訪しました。
紫と白の萩が丁度満開でした。山門下の階段は左の紫(段々と赤から紫になります)、右の白の萩で塞がれます。
萩は斜面に咲くと大きく見え映えます。
ここで、一句、
枝垂れしや山門塞ぐ萩の寺
枝垂れ萩山門塞ぐ海蔵寺
この日は、7,500歩コースでした。
ミラーレスカメラZ30の新調
4月末にいつもカバンに入れて持ち運ぶ小型のカメラを新調しました。これまでコンデジ( コン パクト デジ タルカメラ)のA1000を何度もNIKONに修理に出しながらも長く愛用していました。その前のA900を使っていた期間を含めると15年は使っています。コンデジでありながらRAW...
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先日、舞鶴に帰省の折に、空き家がうまく活用されている例を見かけました。 JR東舞鶴駅の駅前通りである三条通りに面する築100年になる空き家を改装し、古民家「涼庵」の屋号で地元の陶芸作家 高井晴美さんによる陶器の展示会が行われていました。涼庵での初めてのイベントだったとか。 高井...