2025年8月17日日曜日

故郷での宴席とふるさと納税

 8/15には、午前中の初盆供養、午後の姉宅での会食、地元での所用巡りなどの後、夕方には親族で地元白鳥にある魚料理店「魚里(うおり)」 で宴席をもちました。魚料理には定評のある人気店だそうで昼食が中心の店のようです。新鮮な魚と酒をいろんな料理で楽しめました。大きな岩ガキのフライは初めてでした。
滞在したホテルの部屋には、ふるさと納税のPR情報が置かれています。魚加工品や地元万願寺地区で栽培される万願寺トウガラシなどの野菜、そして買物ポイント(ふるさと納税とも絡んでいます)などがウリのようです。
とまれ、この日は朝から夜まで盛りだくさんの一日で、いささかくたびれました。
8/16の移動はお盆明けのために避け(舞鶴‐京都間のバスが満席でした)、8/17に帰路につきました。往路もそうでしたが、復路も京都までの高速バス、京都-新横浜間の新幹線ひかり、ともに座れ、長いお盆休みで移動が分散したこととともに、お盆の移動も多くがスケジュール化(予約乗車)されてきたように感じました。この時期、のぞみは全席指定だそうで、お盆にしてはホームが混んでいません。以前の帰省では、京都-新横浜間ののぞみ自由席では乗車率が100%を大幅に超え混み合う中で立ちっぱなしということもよくありましたが。

この日は、7,000歩コースでした。

 
まずは舟盛から
一つひとつ別の模様を手書きするそうです。
実際に描くところを見てみたいものです。
「うおり」は店名の魚里です。
 
岩ガキのフライ。生でもよいのにと、ちょっと
もったいない食べ方ですが(甥が注文してくれ
ました)、岩ガキの分厚い身を凝縮した味と
食感です。ソース皿の上の模様が変わって
宴席の帰りに酔い覚ましにと東舞鶴港を
ゆっくりと歩きました。小樽行フェリー
ポートの夜景です。多分、出港間近です。

ホテルにはしっかりとふるさと
納税を推奨するプラケースが
置いてあります。
同寄付額と税控除額のリストも。
市もホテルも力が入っています。

2025年8月16日土曜日

舞鶴得月寺での施餓鬼会法要

 8/15には、弟の初盆供養と先祖の追善供養に得月寺での特別施餓鬼会(せがきえ)に参列してきました。
ここに参列するのは主に親族に初盆を迎える世帯が対象ですが、いつになく参列者が多く50世帯近くは参加していました。このところの猛暑や高齢化も関わるのでしょうか。4人の僧で行われました。うち一人は住職さんの息子さんです。ここでも世代交代です。
そこで、一句、

初盆や居心地を訊く施餓鬼棚 

灯篭や影が回りて仏間揺れ


得月寺本堂での特別施餓鬼会会場。
法要が始まる前にはここが満席になりました。

施餓鬼棚

施餓鬼棚のバックヤード

本堂

本堂裏の庭園。いつもは苔の綺麗な庭でしたが
様子が変わってきています。

先祖の墓です。近く墓じまいを考えています。

得月寺山門から本堂

寺川に面した山門

記念誌「舞鶴吟行案内」のこと

 8/15には、施餓鬼法要の後、古い友人と古い喫茶店「木馬」で久々に会いました。
その時、俳句を40年ほど続けるF君から、彼の属する舞鶴俳句協会が令和3年に出版した「舞鶴吟行案内」(B5,129頁)を戴きました。協会発足70周年の記念企画とのこと。昭和・平成・令和の舞鶴の俳人による句を、若狭、丹後の両丹地域、特に舞鶴周辺地域に重点をおいて、吟行地から取り纏め編集した労作です。あとがきに編集委員長の岩木さんが「この風土で生まれた俳句を残していくとともに、これから俳句を始める人々に、相応しい吟行地を作句とともに伝えることも大事な役目である。」と言われているように、個人の句集とはまた別の意味で有意義な出版物と思いました。舞鶴は歴史や風景で句材の多い地域とのことで(注)、これまで故郷として見聞きしてきた地区、風景を吟行地としてあらためて見ることができそうです。また私の俳句のレベルにもぴったりな記述もあり、しっかりと読ませていただこうと思っています。また、表紙の2枚の写真にも、地元のこなれた目線がこもっているように感じます。


表表紙から。吉田の瑠璃寺の枝垂れ桜。
古い木と若い木の組み合わせです。

裏表紙から。鹿原(かわら)の金剛院の
紅葉。金剛院は「丹後のもみじ寺」
と呼ばれます。

(注) 吟行地としての舞鶴 (福井協会会長の「まえがき」より引用)
舞鶴を含む丹後は、海のある京都といわれている。吟行地として西舞鶴には、田辺城址、安寿姫塚、瑠璃寺の枝垂れ桜などがある。また東舞鶴には世界遺産の引揚記念館、赤煉瓦パーク、松尾寺、金剛院などがあり、中舞鶴には海上自衛隊、造船所がある。更に、中舞鶴と西舞鶴に跨る五郎ヶ岳山頂からは舞鶴湾を一望することができる。
これらの歴史と自然を物語る構造物や遺跡、海や山の自然に恵まれた句材豊かな地である。

2025年8月15日金曜日

舞鶴にお盆帰省 ---600件目の投稿

 8/14には、昨年末に他界した弟の初盆の供養と先祖の施餓鬼供養のために東舞鶴に帰省しました。お盆中でしたが、帰省時にいつも利用する新横浜-京都間の新幹線ひかり自由席は乗車率50%ほどで、ゆっくりと座れました。京都駅から京バスの高速バスで京都縦貫道を経て東舞鶴に2時間弱で直行します。停車は、京都を出ると、西舞鶴、中舞鶴、東舞鶴だけで、こちらもなかなか快適です。
夕方には、ホテル備え付けの自転車で街中、海岸をざっと「散車」してきました。これは舞鶴にいる頃からの定番で、いつものルーチンです。この日は、前島埠頭に小樽-舞鶴便の新日本海フェリー「けやき」が停泊中で、夜中の出航に向けた、トラック、荷物の積み込みなど、準備中でした。
この日は電車・バスでの移動日で、6,500歩コースでした。


たまたまですが、この記事が600件目になりました、


夕方の新港フェリーポート。小樽-舞鶴便
新日本海フェリー「けやき」。「けやき」は
舞鶴市の木とのこと。毎晩23時に出港します。

東舞鶴港三条海岸。奥は停泊中の新日本海
フェリー「けやき」で、その奥の山並みの凹は
よく海水浴に通った三浜峠、峠の奥は三浜
になります。

右奥には「鶴の橋(クレインブリッジ)」も
見えます。いつもの郷里の風景です。
四条海岸に停泊中のレジャーボート。左奥は
フェリーポートで、右奥は青葉山です。

小浜の「若廣」の焼き鯖すし。地元でも
定評のある、旨い食材の一つです。鯖と
酢飯の間には、昆布と大葉が挟まれています。
やはり、昆布出汁にこだわる関西風です。
食欲をそそります。舞鶴では売られていなくて
姉が高浜で仕入れたとのこと。しっかりと
いただきました。

京都駅から高速バスに乗り換える時間には、いつも
30番線にあるうどん屋「麺屋さがの」さんに
寄ります。これまで余りなかったことですが、
今回、たこ焼きやざるそばが店頭で大きく広告
されています。ここも外国人客をはじめ新しい
顧客層を広げようと工夫しているようです。

京都タワーのすぐ下(烏丸通り)が舞鶴
行き高速バス乗り場です。1時間55分
コースです。

2025年8月10日日曜日

横浜プチパン展@2025年盛夏

 7/31には、第8回プチパン展(7/22~8/2)に立ち寄りました。水彩スケッチを習う先生が毎回出展されています。桜木町駅からバスで本町一丁目で降りるとすぐそばにある、アクセスも 良いオープンでこじんまりした画廊です。外から大方の様子が見れます。
プチパン展は、審査のない独立系の小作品展とのことで、1月と8月に年2回開催されます。出展を100点に絞ったコンパクトな画展で鑑賞する側にも手頃です。また、有難いのが気にいった作品はその場で、リーズナブルな費用で購入もできます。自分の書斎にも今年の新春展での購入作品を一点掲げています。(注)
画展の原点のような方針と敷居の低さがが
気に入り、このところ毎回参加しています。
サイズの小さな小作品展だけに、作者の個性と力点がよくわかり、勉強にもなります。

画像
一色先生の出展作品「横浜開港資料館」から。
「ジャックの塔」ともいわれ、最近リニューアルされた
ばかりです。この日も作品は既に売れていました
(値札が赤くマークされます)。人気の画家です。
下記にアップされているサイトから引用。

水彩プチパン展@馬車道2025/07/22-8/2
https://x.com/toirom_pmxh/status/1947748694952186244


因みに、昨年2024年の7/22には、三渓園の早朝観蓮会から帰る途中にここに立ち寄っているようです。下記のような記事を当ブログにアップしていました。

三渓園の早朝観蓮会とミンミン蝉

(注)2025年新春プチパン展の様子については、下記の記事を当ブログのアップしていました。

2025年8月9日土曜日

棉の木と風船かずらが成長中

 このところ、庭の夏草が変化してきています。
・今年ご近所からいただいた黒い種子(ハートマーク付きとか猿の顔付きとかいわれる面白い模様付きです)を植えた風船かずらが、白い小さな花の房の幾つかから緑の風船をつけはじめました。小さな鬼灯(ほおずき)のようでなかなか風情があり涼気を誘います。
ここで一句、

新涼や風船かずらの揺れ坊主

風に鳴る風船かずらや庭の涼 

・ここ4年種子植えを続けている棉(わた)の木が沢山の蕾をつけ、白い花が咲き始めました。日に日にピンクから朱色に変わり受粉して花弁はしぼみ数日後には大きなコットンボールができます。今年も鉢植えと露地植え両方を試していますが、猛暑のためか鉢植えは全て枯れてしまいましたが露地植えは3株とも元気です。ひょっとしてもともと自然栽培であれば猛暑に強い品種かも知れません。
ここで、またまた、一句、

棉の花白から朱へと恥ずかし気

これからの成長が楽しみです。


風船かずらも袋をつけ始めました。

なにやら涼しそうです。英語名は
Balloon Vine または Heartseed 
だそうです。

棉の花の開花一日目。左下が蕾です。

棉の花の開花二日目。ピンクに変わります。

棉の花の開花三日目(手前、朱色が次第に
濃くなり花弁は縮れていきます)と奥の四日目

露地植えの棉の木。白、朱の花をつけて
います。3株とも成長速度に違いはあり
ますが元気に育っています。高いのは
70㎝まで伸び、茎の径は1㎝にもなっています。

この日の夏雲です。

(追加1)20250829_風船かずらが
グリーンカーテンらしくなって
きました。

(追加2)20250829_棉の木もコットンボール
だらけになってきました。40個はあります。
暑さもあってか豊作です。

(追加3)20250829_棉の木3株の全景。茎の
太さは1.5cmはあります。根が深いようで
水枯れしません。
 
(追加4)20250904_綿の木から綿の
初収獲

湯島天神を初めて参拝ー王さんの「努力碑」との巡りあい

 8/5には、午後の旧岩崎邸庭園での撮影会につき、最寄り駅の湯島駅に少々早目に着いたため、会場のすぐ裏にある湯島神社(湯島天神、正式には湯島天満宮だそうです)に立ち寄り初めて参拝してきました。都心の天神様として名前はよく聞く神社です。狭い境内に歴史と社格を感じさせる宝物館(道真公の生涯の絵や著作・遺品・記念品が展示されています)、 「撫で牛」銅像 授与所、などが並んでいます。境内には、受験生と両親と思われる3人連れを多く見かけました。
驚いたのは、境内の本殿横に見かけた王貞治さんの「努力碑」です。これは昭和52年(1977)9月3日、王さんは後楽園球場で通算本塁打756号を達成し、世界記録を樹立しましたが、この記録達成を記念し、王さんが崇敬する湯島天神に白梅一樹を献木しました。翌年昭和53年1月1日、有志が集まり、王さんの座右の銘「努力」を刻んだ石碑をここに建立したそうです。このほか、境内には、ここが「婦系図」の舞台となったこととの関係でしょうか、泉鏡花の筆塚もひっそりと残されています。
ここに菅原道真公が祀られたのは、南北朝時代の正平10年(1355年)で、郷民が菅原道真公の偉徳を慕い、学問の神として本社に勧請しました。神道では「勧請(かんじょう)」は神霊を他所に迎えて祀ることを意味するそうです。その後、1478年には太田道灌が社殿を再建し、さらに徳川家康が江戸城入城の際に朱印地を寄進して以降、江戸期には将軍家から保護されたとか。
境内の梅園には、その時期に再度訪ねてみたいものです。



湯島神社 本殿の立派な拝殿です。

やはり受験合格祈願の絵馬が多いようです。
一つの絵馬には沢山願い事が書かれています。

王貞治さんの通算本塁打756号達成を
記念した「努力碑」(1978)。石の素材にも
なにか由縁がありそうです。

湯島神社 本殿

「撫で牛」銅像。天神様の定番です。

中央の本殿の左奥は手水舎、宝物殿です。
手前は授与所。

狛犬も古風なタイプで歴史を感じさせます。
本殿全景

右が宝物館、左が手水舎です。正面は本殿で、
その奥が旧岩崎邸庭園(見えませんが)、
さらに背景は東大病院です。

正面の銅鳥居です。

(追加)王さんとは直接関係しませんが、
「努力」の揮毫では、東郷元帥も外せません。
この書は、20250814舞鶴に帰省した折に宿泊した
老舗旅館「松栄館」のフロントで見かけました。
東郷さんは初代舞鶴鎮守府長官で、宴席などで
ここをよく使ったそうです。この旅館には、
このような東郷さんの達筆の書が多く残されて
います。

クリガニのカニ汁

 8/6には、孫の付き合いで目黒に出かけ、やや疲れて帰りに寄った寿司店(目黒駅ビル内の「寿司 活」でした)で、たまたま「大きいクリガニのカニ汁」をメニューに見かけました。この季節のクリガニについつい惹かれて注文してしまいました。今年3月にも陸奥湾のクリガニを珍しく大船で見かけ自宅...