2023年9月4日月曜日

地元での天照大神宮秋季例大祭

 

 地元横浜市港南区の南側にあたる笹下(ささげ)地区の氏神様は天照大神宮と呼ばれ、自宅から300m程の高台にあります。
9/2~3は、そこの秋季例大祭が催され、例大祭式典、神楽や囃子などの奉納が日中に行われました。その両日の夕方には、境内で奉納踊りが、盆踊りのように櫓を組んで4年ぶりに行われ、模擬店共々賑わいました。鳴り響く笛や太鼓の音に引かれて、最終日に出かけてみました。主催は、天照大神奉賛会という任意団体で、初詣など、神社の年間の諸行事を支援する活動をしているとのこと。係の会員の方と話をするうちに、当方も早速に入会を勧められてきました。地元の連合町内会も協賛となっています。
この日は、最終日の奉納踊りが終了するとすぐに雨が降り始めました。まるで神様の仕業のようでした。

関連記事を、今年正月にも本ブログにアップしています・
きのけん 日頃の散歩路: 新年2023 (kinoken33.blogspot.com)





本殿前も今日だけはお食事処です。

2023年9月3日日曜日

舞鶴の老舗旅館「松栄館」


 先回のお盆の頃の帰省では、最後の日に、親族が集まり夕食会をしました。その場所が、実家からすぐ近くにある「松栄館」でした。

ここは、明治37年開業の地元の老舗旅館です。昭和50年代頃までは、松栄館、白糸、松月、という、かつての海軍御用達の名残をひく大規模な割烹・旅館が3店、浜地区に集中してありましたが、いまは松栄館だけが残っています。昨今の宴席需要を反映しているようです。
松栄館も、南側半分は建て替えられ10階建てのビジネスホテルに生まれ変わり、古い松栄館は、改装されつつも北側半分に木造2階建てのままの和洋折衷の建物として残っています。
創設の頃には舞鶴鎮守府初代長官の東郷平八郎をはじめ、旧海軍関係者が多く利用していたそうで、直筆の掛け軸も館内に多く残されています。国内の旧軍港の町には、同じような風景があるようで、横須賀でも「小松」という古い割烹・旅館があり、東郷長官や秋山参謀の掛け軸や記念品を見たことがあります。
ここは、明治の面影を残す建物として「飢餓海峡」、「海賊と呼ばれた男」や「日本のいちばん長い日」などの映画のロケ地としても利用されたとか。
我が家でも、法事の度に、法要の後に親族が会食をする仕上げの場などとしてここをよく利用してきました。1階の大広間は、以前は広い畳の間でしたが今はテーブル席となっていました。ただ、その奥の能舞台は今も保存され、往時が思い出されます。
父が、松栄館のご主人に謡曲を習っていたことがあり、小さい頃に、この能舞台での練習風景をみに連れてこられたことがありました。
この日はなかなか美味しい洋食メニューでしたが、このほかに、ここのメニューには「海軍割烹術参考書」を忠実に再現した「海軍カレイライス」、「ビーフシチュウ」や「肉じゃが」(舞鶴と呉で元祖を競っていると聞きます)が「海軍料理」として並んでいることもユニークなところです。


大広間から中庭。なぜか中央に大きな
狸の置物も。狸の置物は玄関にも
あり、何か謂れがあるのかも
知れません。

(参考)明治の趣を残す特別客室
も2階に残っています。数年前
にはここで会食をしました。
今も1日1組のみ受け付ける
そうです。
(写真はパンフレットから引用)

 松栄館については、先回帰省の4/8に、玄関風景などの記事を下記にアップしていました。

きのけん 日頃の散歩路: 舞鶴与保呂川のさくらまつり (kinoken33.blogspot.com)

2023年9月2日土曜日

写真展のフォトブックのこと


このところ、毎年6月頃に、属する写真仲間の会で写真展を開催しています。コロナ禍による行動制限のなかでもなんとか続け、今年は8回目になり6/30~7/6に富士フォトギャラリー銀座で行いました。本ブログでは7/2の下記ページに開催模様の記事をアップしています。
そこでの展示写真一式を小冊子にするサービスが会場側で「フォトブック」として準備されており、今年は作成してみることになりました。それが先日出来上がり、出来たての冊子を受け取ってきました。17人の作品が35ページほどにコンパクトにまとまっています。
申込みから編集、投稿、ゲラ刷り、校正、指定部数の印刷、配送までを指定されたWebサイト上で行い、全てオンラインで出来上がるオンデマンドプリントだそうで、便利になりました。
ちょっとした会の活動記録、実績のPRとしては、なかなかよさそうです。



出展した拙作「初秋」です(右側)。


2023年8月31日木曜日

掛け軸2幅からの思い -身の回りの小さな歴史散歩からー

 このところ、来年春に取り壊しを予定しています舞鶴の実家の遺品の整理を、遅まきながらでも、帰省の機会を増やして、進めています。
そのひとつに掛け軸があります。おおよそ80本(幅:ふく)が残っています。なかでも、印象深いのが父方の曾祖父・曾祖母の肖像画の掛け軸2幅でした。水彩画ですがその精密さには驚きです。これまでは集合写真で輪郭がわかる程度でしたが、この画では25cm四方ほどに正装した姿が描かれており、表情までうまく表現されています。
さらに、この掛け軸の表には、以下のような記述がありました。

藪中父、母 明治38年画。昭和15年9月再表装。
昭和15年5月12日類焼ノ際二全部焼失セルモ、御両親御尊体ノ他五副丈ケ現出ス。
二代 祐佐久

今の実家は、昭和15年5月12日午前2時(1940年)に近所からの類焼で焼失した後に、翌昭和16年9月に再建されたものでした。文中の藪中(やぶなか)は、福井市にある祖父祐佐久の生れ故郷の町名です。祖父は四男坊で、舞鶴で召集され、当時の連合艦隊の巡洋艦「千歳」の水兵として日露戦争に従軍しました。海軍退役後、それまでの兵役中に下宿していた東舞鶴の木下洋服店に婿養子として入籍して、その後二代目店主を継いでいます。この2幅は、火災ですべての家財を焼失したなかで、焼け残された5幅の掛け軸の中の、生き伸び復活した2幅だったようです。

この2幅からも、先祖の昭和初期の変転の一端や二代目祖父が失意の中で被災4カ月後に再表装した思い入れがうかがえます。

今回、この散歩ブログには、これまでの日頃の地元散歩に加えて、個人的ながら身の回りの小さな歴史を散歩したつもりで(いわば、ささやかながら「ファミリ・ヒストリ」、ルーツ散歩(身元散歩)、でしょうか)、今回のような歴史散歩の記事もアップすることにした次第です。


掛け軸2幅

父方の曾祖母座像
曾祖父(明治38年)
曾祖母(明治38年)

駅前蕎麦店 旧「川村屋」さんの面影

 先日、JR桜木町駅前で123年間蕎麦店を営業し、この3月末にやむなく閉店した旧川村屋さんの前をたまたま通りかかりました。「停車場ビュッフェ」の看板などの面影はまだ残っていました。これまでとは一線を画した今風の業態、店構えになるのかもしれませんが、なんとか、復活してもらいたいところです。この面影が幾分でも残れば尚更です。
この3月の様子は、本年3月27日投稿の「桜木町老舗そば店「川村屋」さんの閉店」として、本ブログにアップしています。

きのけん 日頃の散歩路: 桜木町老舗そば店「川村屋」さんの閉店 (kinoken33.blogspot.com)


旧「川村屋」さんのいま


今年3月の閉店直前の様子です。私の
スケッチの「街の顔」シリーズに残して
いました。

駅前の並びも変わりました。南口の
横浜方面です。

JR京浜東北線桜木町駅南口の真ん前には
川村屋さんの庇や看板がまだ残っていま
した。ここは、明治の頃の新橋・横浜間
の鉄道開通時の横浜側終着駅正面でした。

(参考) 桜木町駅内には、2022年の駅改装を
機に鉄道開通の記念展示が始まりました。
ここが、初代の横浜駅だったそうです。

2023年8月23日水曜日

綿花の花と実


 このところ、庭先に植えた綿花が最盛期で、日々、成長を感じさせてくれます。
露地の株の成長がよく一株に20個ほどの実をつけていますが、鉢植えのは、水やりと虫よけが難しく、日照時間や今年の猛暑もあってか伸びず、2~3個/株の実しかつけません。先の帰省中に幾つかを枯らしてしまいました。晴れの1日にだけ咲く白い花が実をつけ、その実が秋には茶色くなりやがて割れて、中に白色、茶色の綿に包まれた10個前後の種を含みます。黄色い花が白い綿を生むこともあるそうです。
これからもしばらくは、綿の収穫までの変化が愉しみです。


直径3~4cmの綿花の実です。

晴れた日に、白い花が1日咲き受粉
すると赤くしぼみ、やがて、写真奥に
あるように結実します。自家受粉
だとか。この写真はそのプロセスを
見せてくれます。黄色の花もある
そうです。




一番の成長株です。高さ60~70cmです。

2023年8月17日木曜日

サギソウとひまわり@立川昭和記念公園

 しばらく前になりますが、8/7にはいつもの写真仲間が集まり、西立川にある(国営)昭和記念公園で撮影会をしてきました。今は、サギソウとひまわりが見頃でした。
マスクのない、ここでの撮影会は久しぶりで、ようやくもとに戻ったなと感じながらの撮影でした。サギソウの撮影は、初めてでした。育てる会の方によると、デリケートな花で水苔を使った多水の環境で丹念に育てるそうです。
帰路の立川では、いつも通り、反省会で、勝手気儘に反省してきました。


サギソウの名前とおりです。 


雲を突き上げているようです。





台風7号通過直後の舞鶴東港と施餓鬼法要

 8/11〜8/20の予定で東舞鶴に帰省しています。
丁度お盆の頃8/14〜8/16には、超大型の台風7号が近畿地方に上陸し、和歌山県、奈良県、大阪府、京都府、兵庫県、鳥取県をゆっくりと(自転車ほどの速度だったようです)北上、通過しました。各地で大きな被害を残して、8/16朝には日本海に抜けていきました。
ここ東舞鶴も、当初は台風の目の通過コースとなり、通過中には隣の西舞鶴に避難指示が出て、伊佐津川が氾濫状態になり掛かる橋が倒壊し市内の周辺が膝下くらいまで冠水しました。
東舞鶴では、8/14夜中〜翌未明に200ミリほどの大雨が降り、区域の河川は危険水位まで達しましたが、幸い大きな被害はなかったようです。その後は、台風の東側ではありましたが、さほどの大雨は降らず通過していきました。
この模様は全国放送で被災の映像が報道され、現場近くの居住者としてはやはり緊張しました。実際には、台風の目は、兵庫県北東端の豊岡市を通過し、当初の予報よりは、やや西に通路がシフトしたようです。
それにしても、台風が直上を通過するのは久しぶりで、「体験したことがない程の大型台風」と繰り返し報じられると、やはり、何が起こるかわからない危機感が先に立ちます。市のHPで近くの避難場所を当たったりして、避難もありうることを想定しました。
このような状況の中でも、8/15 10時からは、檀家寺の得月寺本堂では、住職さんの判断により、年忌法要に当たる施餓鬼会が、例年通りたんたんと行われました。豪雨の中も檀家信徒50人ほどが集まりました。
当家も、今年が父の33回忌、母の17回忌の年忌に当たることから、特別施餓鬼に姉兄弟、親族で参加してきました。
その翌日16日夕方に、東海岸、街中を自転車で巡った時の台風通過直後の光景が以下です。


いつもは、毎日夜21時15分に小樽から到着し
23時50分には折り返し出港するため、日中に
は見ることのないフェリー船も、台風による
不規則運航のためこの時間には珍しく停泊
していました。21.5時間の航路を同型の
2隻がクロスして運航中です。

四条海岸の錨オブジェ。右奥にフェリー
が見えます。
旧国鉄中舞鶴線の北吸トンネル跡です。

檀家寺の得月寺での特別施餓鬼法要。
左手の中庭は台風7号が丁度通過中で
大粒の豪雨でした。

施餓鬼追善法要直前の得月寺本堂

錨オブジェを正面から


JR東舞鶴駅。最近は、ここから出る京都駅、
大阪駅、神戸駅行きの高速バス便も増え
バス便へのシフトが進んでいます。因みに
高速距離(料金)でここから一番近いのは
神戸(三ノ宮)で、京都、大阪は等距離
とのこと。ちょっと意外でした。

2023年8月6日日曜日

横浜港を俯瞰できるポイント

 8/6には横浜市役所に用件があり、その帰りに、新市庁舎の道路越しの真ん前にある横浜仲北ノットビル46階の展望室を訪ねました。ここは余り知られていないスポットのようで、私も最近人づてに知りました。下層にスーパー、中層にマンション、上層にホテルが入る複合ビルですが、最上階がオープンなラウンジとして公開されています。横浜港を真上から四方が見渡せて一望でき、私には新しい角度から港町が見られる印象的なポイントでした。
この日は、7,600歩コースでした。

この散歩ブログも、この8月1日で丸2年になりました。月10件程度の投稿ペースですが、健康のためもあり、散歩の範囲や記載内容もやや広げて、いましばらくは続けていこうと考えています。


造船所のドック跡に係留されている東京
海洋大学練習帆船の先代日本丸。手前は
汽車道です。近くの馬車道と対照的です。

真ん中が大桟橋、左奥が横浜ベイブリッジ、
右奥が手前から山下公園、氷川丸、山下埠頭、
正面手前が神奈川県警本部です。手前左奥
には横浜赤レンガ倉庫も見えます。

左奥が、展示場、ホテルの横浜パシフィコ。
手前がみなとみらい遊園地です。
パシフィコの右ふもとには、小さく
浮かぶぷかり桟橋も見えます。

中央がランドマークタワーでその前が
元の三菱重工の造船ドック跡です。

帰路、屋形船も復活の様子
でした。

ミラーレスカメラZ30の新調

 4月末にいつもカバンに入れて持ち運ぶ小型のカメラを新調しました。これまでコンデジ( コン パクト デジ タルカメラ)のA1000を何度もNIKONに修理に出しながらも長く愛用していました。その前のA900を使っていた期間を含めると15年は使っています。コンデジでありながらRAW...