2025年10月23日木曜日

久々の舞鶴帰省

 10/22には、墓じまいの事前準備のために舞鶴に帰省しました。
檀家寺の得月寺にうかがい、改葬許可申請書の「墓地管理者(お寺さん)の証明」をいただき、その足で舞鶴市役所の生活環境課に提出し、若干の修正をしてなんとか受理されました。一週間くらいで、改葬許可証、分骨証明書が自宅に届くそうです。
翌日10/23には、朝からホテルの自転車を借りていつもの「散車」に出かけ海岸一帯を一巡しました。長年の定番コースです。前島では7~8㎝の小鯵がほぼ「入れ食い」状態でよく釣れていました。サビキ釣りで一回に2~5匹釣れます。皆さん唐揚げ用とのこと。羨ましい風景です。私もたまに夕飯のおかずになるくらい大量に釣って帰った記憶があります。
この日は前日とうって変わって好天でいつもの明るい静かな海岸風景です。
その後、墓石の取壊し工事を委託している石材店と墓地で打合せをし、今後の段取りを相談しほぼ固まりました。墓石の取壊し・遺骨の取り出しは一週間後の11/1に行うことになりました。
この日は、7,800歩コースでした。


七条海岸から東舞鶴港。右対岸には海上自衛隊
教育隊があります。

前島桟橋から東舞鶴市街の海岸沿い
 
前島に停泊中の水産庁の「みかさ」と
奥のクレインブリッジ(鶴の橋)。最近は女性、
家族連れの釣り客を多く見かけます。

中央はかつて「保安庁桟橋」と呼び魚釣りの名所
だった浮桟橋です。当時には第八管区海上保安
本部がここにありました(今は西舞鶴に移転して
います)。当時はボラ、サヨリ、アジがよく釣れ
ました。今は「自衛隊桟橋」となって一般人は
入れません。背景はジャパンマリーンユナイ
テッド(JMU)の主に自衛艦の修理工場です。
かつては砕氷船「しらせ」やタンカーを造る
造船所でしたが10年ほど前に造船事業から撤退
しています。
珍しい水産庁の「みかさ」

安政四年創業の御菓子司「勇貫堂」(ゆうかんどう)
も健在です。大門通り沿いにある舞鶴らしい名前です。
近く行う墓じまいに伴う先祖供養の法事の
引き出物を注文してきました。

市内敷島通りのハナミズキ並木も
すっかり色付いていました。

海上自衛隊舞鶴地方総監部と停泊中のイージス艦他。
この日はヘリ空母「日向」は出航中のようです。
背景右手の山は五郎ヶ岳(ごろうがたけ)で頂上に
いまは展望台が置かれています。戦前には長く舞鶴
軍港を守る砲台が置かれ今もその跡が残っています。

東舞鶴港の一部を埋め立てられてできた
前島の全景です。中央奥の山の先が若狭湾に
なります。20251024朝の様子です。
東舞鶴港全景。いつもの懐かしい風景です。

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