12/13午前には、先祖供養の法要の為に久しぶりに舞鶴に来た息子親子に東舞鶴の見所を半日コースで案内しました。
この日巡ったのは、引揚記念公園(引揚記念館は会館前でした)からの引揚げ桟橋の眺望スポット、五郎ヵ岳展望台からの舞鶴港の俯瞰スポット、舞鶴東港のクルージング「海軍ゆかりの港めぐり遊覧船」(キャッチコピーから)、赤レンガパークの赤レンガ倉庫、赤レンガ博物館、でした。この他には、飛鳥時代に創建され西国三十三所第二十九番札所の真言宗 松尾寺(まつのおでら)、紅葉と五重塔が評判の鹿原(かわら)の金剛院、などが挙がります。
このようなことでもないと地元民はこれらのスポットを回ることはありませんが、久し振りに巡ってみると、それぞれに観光地化しているなと感じました。また、各所で多くの地元シニアボランティアが日頃の観光客受入れをさり気なく支えているようにも感じました。引揚記念館のボランティア活動は希望者が多いと聞きます。ここまでは海外のインバウンド客は来ていないようです。
この日は、10,800歩コースでした。
因みに、2023年3月にこの引揚記念館の展示が東京駅前でも行われたことがあり、当ブログに下記のような記事をアップしていました。
舞鶴引揚記念館・平和祈念展示資料館 合同展示ーシベリア抑留の記憶をつなぐー
また、文中の松尾寺と金剛院については、2023年10月の訪問記事を当ブログに下記のようにアップしていました。
松尾寺:
西国33か所巡礼第29番札所 青葉山松尾寺
金剛院:
舞鶴 鹿原の金剛院
<舞鶴引揚記念公園・引揚桟橋>
クレインブリッジ(鶴の橋)。この先にある
関西電力の火力発電所建設のための工事用
道路の一部として造られました。2羽の
鶴が飛び立つ様を表しているとか。この日は
好天で波が静かでした。
望郷慰霊之塔。引揚記念公園のシンボルです。
引揚げ桟橋の一部(当時は左にもっと長くあり
ました)。終戦から昭和33年まで13年間に66万人
のシベリア、満州、朝鮮からの引揚者がここ
あった引揚援護局での検疫と入国手続きを受けて
全国に帰還しました。すぐそばに引揚者の遺品
などを展示する引揚記念館があります。全国に
あった引揚港の中で最後まで受入が続きました。
引揚に因んだ歌「異国の丘」と「岸壁の母」の
歌詞が刻まれています。もう一つ田端義夫の
「かえり船」もありました。これらはいつの間にか
私のカラオケ定番にもなりました。また、これらは
私にとっては、舞鶴小唄、舞鶴風流音頭、軍艦マーチ
とともに郷里のご当地「民謡」です。
引揚桟橋の奥にはべニア板工場が今も健在で、
いつもながらの煙を出していました。林べニア
産業舞鶴工場です。その右奥には車のガラスを
造る日本板硝子の舞鶴事業所があります。
<五郎ヵ岳展望台>
舞鶴東港全景。奥は若狭湾で、左下は「国際
物流ポート」で市が肝いりで開発中です。
舞鶴西港側。ここでも雲が低く垂れ下がって
います。湾上に雲海ができる兆しです。
中段左端は丹後富士(建部山)です。
中央奥は関西電力の舞鶴(高性能)火力発電所。
<舞鶴東港クルーズ>
舞鶴港のクルーズ船です。この日は手前の後部
座席に搭乗しました。
<赤レンガパーク
:赤レンガ倉庫と赤レンガ博物館>
赤レンガの博物館としては日本唯一だそうです。
近くでレンガが作れることも水の確保とともに
明治期の軍港(鎮守府)指定の要件だったとか。
赤レンガ博物館二階窓から。右の2隻は
掃海艇です。
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