1/15の臨時撮影会では、杉本寺に続いて、さらに東に歩いて7分程のところにある報国寺を訪ねました。それからは、北西の方向に10分歩いて鎌倉宮を訪れました。
1.報国寺
竹の寺で評判の、臨済宗建長寺派の寺ですが、鎌倉幕府を支えた足利、上杉両氏の菩提寺で、鎌倉幕府滅亡(1333年)の直前1332年に建立されています。功臣山報国寺という名前も、武家の両氏の名残を想います。
境内の一角の竹林では孟宗竹がよく管理されていて、石灯籠や石仏との取り合わせなど、見応えがあります。また、山門や境内の茶屋近くの岩や屋根に生える苔も日本らしい、枯れた風景です。
ここで、一句、
春隣厚く藁敷く竹の庭/竹林の厚き敷き藁春隣
報国寺の苔については2022年5月にも当ブログに下記の記事をアップしていました。
梅雨時の報国禅寺と華頂宮旧邸
https://kinoken33.blogspot.com/2022/05/blog-post_23.html
(追記)「竹林の厚き敷き藁春隣」が木の芽風俳句大会で秀逸作品に選ばれました。202050311
2.鎌倉宮
最後の鎌倉宮は、鎌倉では珍しく宮内庁管理の神社で、菊の御紋が多く見られます。護良親王(もりなが)(注)生誕700年記念行事中でした。
山門前には、鎌倉で最初に咲く桜木(河津桜)が小さく開花を始めていました。
ひと通り巡った後は、バスで鎌倉駅に向かい、駅前で反省会でした。
この日は、一巡して16,500歩コースで、結構歩きました。同行のメンバが13,000歩だったことから、彼は若干長身とはいえ、歩幅での25%の違いを痛感することになりました。(笑)
(注)鎌倉宮は、室町時代の後醍醐天皇の皇子 大塔宮護良親王を祀る神社で、明治2年に明治天皇の勅命で創建された。親王は、当時ここにあった東光寺の土牢に9か月幽閉されたあと、足利直義(尊氏の弟)の臣によって殺害された。土牢跡が今もこの奥に残ります。
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