7/12には、大船フラワーセンターで早朝観蓮会があると聞き、7時半頃の到着となりましたが、ゆっくりと一巡してきました。7月の全週末には7時に開園するそうです。ハスは通常早朝から咲き始め11時には閉じ始めるそうです。
この日は、9,200歩コースでした。
因みに、1年前の2024年7月7日にも、ここを訪れて、下記の記事を当ブログにアップしていました。
2025年7月14日月曜日
今年も大船フラワーセンターで早朝観蓮会その1ーハイライトー
2025年7月12日土曜日
久々の駒形どぜう
7/10には、浅草のほおずき市の帰り、都営浅草線浅草駅に出る途中に駒形町を通りかかり、猛暑の中、久々に懐かしい「駒形どぜう」でひと休み、ひと涼みすることにしました。30年程前に知人に連れてこられた記憶があります。
ここは、これまでに4~5回建て替えられていますが、写真や下足札などからも、200年前にできた店の雰囲気が感じられます。
ここで提供されているドジョウ(どぜう)は、主に大分県宇佐市院内町で養殖されたものだそうで店主さんが全国を回って選ばれたとか。特徴は、泥を使わず地下水で育てる「屋内無泥養殖技術」が用いられているとのこと。最近は陸上水産業が伸びていますが、ついに、泥臭さが売りのハズのどぜうまでとは。時代は進んでいます。
1階はござ形式、地下は椅子形式、2階は
土間形式だそうです。注文したのは
「舞妓丼」(柳川なべをのせた丼です)
でした。どぜうなべ、柳川なべ、どぜう
唐揚げなど多彩です。薬味は唐辛子と
山椒でした。
駒形どぜうの外観。二階に窓がないのは
道路を通る大名行列を下に見ない
ための造りだそうです。
下足札も残っています。
四つ角に建つところなど虎ノ門の老舗蕎麦店
「虎ノ門大坂屋砂場本店」にも似ています。(注)
200年の変遷が歴史を物語ります。
これだけの維持・継続は大変なことです。
昨年実家を取り壊した者としては頭が
下がるばかりです。
はじめての浅草寺ほおずき市
7/10午後には、写真仲間の写真展最終日での二回目の在廊当番のあと、写真展会場の銀座から浅草に足を伸ばして浅草寺ほおずき市を訪ねてきました。これまで報道ではよく目にしましたが、実際に来て見るのは初めてでした。
本堂(観音堂)の前にある宝蔵門の右手前に10軒程の屋台が出て、寺でお祓いを受けたほうずきの鉢が売られています。
持ち帰り長く楽しめるようにでしょうか、まだ青々とした鉢が多く見られます。
250年ほど前の江戸中期から始まる江戸の風物詩で、7月10日が「四万六千日の縁日(しまんろくせんにち)」に当たることから、その功徳を願って参拝したのがルーツだとか。その縁起物として、薬草としてとともに、お盆の時期とも重なるため、盆棚飾りとしての需要も高まり、ほおずきが売られるようになり、市が定着していったそうです。
風鈴の爽やかな音とともに涼を誘います。もともと7月10日だけが定番だったそうですが、多くの人が9日から賑わうようになったためたに9〜10日の両日に開催することになったとか。詳しくは(注)の通りです。
雷門から入り仲見世通りを抜けて、境内のほうずき市に向かう途中に、ほおずきの鉢を片手に、お祓いを受けて清々しそうに帰る人を見るのは、なかなか昔ながらの風流な光景です。因みに1鉢3,000円でした。縁起物ですね。
私の故郷では、8月央のお盆には、仏壇やお墓にほおずきを飾り、その一部を開いてなかの丸い赤い袋を取り出し、中身を抜いて皮だけにしたもので子供仲間がブー、ブーと笛のように鳴らして遊んでいました。残念ながら不器用な私は鳴らせず鳴らせる子を羨ましく思った記憶がまります。
そこで、一句、
揺れる朱(あけ)ほおずき市の帰りかな
この日は、10,500歩コースでした。
平安時代頃より、観世音菩薩の縁日には毎月18日があてられてきたが、室町時代末期(16世紀半ば)頃から、「功徳日」といわれる縁日が設けられるようになった。功徳日とは、その日に参拝すると、100日、1,000日分などの功徳が得られるという特別な日を指す。功徳日は寺社によって異なるが、現在、浅草寺では月に1度、年に12回の功徳日を設けている。このうち7月10日は最大のもので、46,000日分の功徳があるとされることから、特に「四万六千日」と呼ばれる。この数の由来は諸説あり、米の一升が米粒46,000粒にあたり、一升と一生をかけたともいわれるが、定かではない。46,000日はおよそ126年に相当し、人の寿命の限界ともいえるため、「一生分の功徳が得られる縁日」である。
四万六千日の縁日の参拝は江戸時代には定着し、われ先に参拝しようという気持ちから、前日9日から境内は参拝者で賑わうようになった。このため、9日、10日の両日が縁日とされ、現在に至る。
四万六千日にともなう、浅草寺でのほおずき市の起源は、明和年間(1764〜72)とされる。 (浅草寺のHPから引用・編集)
2025年7月10日木曜日
ある先輩の告別式
7/5には、ある先輩の告別式に参列しました。品川区西五反田の桐ケ谷斎場(火葬場と式場が併設された、この近くではよく耳にするアクセスのよい民営葬儀施設です)のすぐ隣りにあるセレモニーホールで行われました。
このところ身内だけで行う家族葬が増えるなか、最近では珍しくなった一般参列者を含めて弔う従来型を少しコンパクトにしたような形での葬儀でした。
先輩は以前の職場でお世話になった方で、90歳を超えてもお元気だと聞き、3年前と昨年11月に同氏を囲む会を計画し、当時近かった10人ほどが横浜と町田に集まり親しく懇談したばかりでした。その時の先輩は、杖をついてはおられましたが、従前と変わらず元気な様子で、「君たちの第二の人生のことを聞きたい」と各自の近況報告を聞いた後、奥様を亡くされ自らの苦労話を含めてそれぞれにコツを、いつもながらの張りのある大声で、面白おかしく助言されていました。
死因は脳内出血による突然死とのこと。棺の中の静かなお顔を拝見して囲む会での元気な様子からの急変を肌で感じました。
それにつけても、親族には身内の突然の死でなかなか受け入れられないところですし、勿論、我々旧知のものからもそうですが、別の視点では、しばらくご無沙汰していた先輩と、たまたま、ある方の声掛けで2回の囲む会を直前に催し懇談できたのは、結果的には、不幸中の幸いだったのかもしれない、また、92歳の最期まで油絵を描かれ元気に過ごされたそうで、ある意味の大往生であり、憧れのPPK(ピンピンコロリ)そのものかもしれない、最後には、囲む会などを通じて最期の迎え方まで指南を受けたのかもしれない、と勝手に思いながら先輩を偲びつつ帰宅しました。
これまでのご厚誼に感謝し、心からご冥福をお祈りして 合掌
2025年7月8日火曜日
「七夕の会」2025
7/4には、ここ50年以上続いている、夏の横浜湾岸で大学同期生二人で飲む会「恒例の会」(長年二人ではこう呼んできました)を今年も楽しんできました。この会は、原則7月の第一週の週末の夕方に設定してきました。このため家族からは「いつもの男同士の『七夕の会』」と言われています。二人が就職し大船と武蔵野に勤務が決まって働き始めた昭和47年(1972)頃に再会し、それからこの時期にここで会うようになり、ほぼ毎年続けています。生れは、会津若松と舞鶴、専門も研究室も違い、彼は学究肌で(会社を終えてからは大学に行きました)、私は実用的なモノつくり派でしたが、なにかウマがあったようです。
はじめは、山下公園に係留されている氷川丸の後部甲板がビアガーデンとして開放されていた時に、20回程使いました。丁度甲板から前に見えるみなとみらい地区(MM21)で埋立地の造成、ビル建築が始まった時期と重なり、毎回新しいビルが増えシルエットが賑やかになっていったのを覚えています。その後、店舗利用による氷川丸の傷みが問題になりビヤガーデンは終了となったことから、近くに建つスターホテルの屋上にあったビヤガーデンに会場を移しました。ここでも20回ほど会ったでしょうか。ここは、10数階のホテルで氷川丸をはじめ横浜港全体が見渡せ、ハマの夜景を見ながらの豪華な会食でした。やがて、そこも営業を終了して取り壊しとなり一時期駐車場でしたが数年前にマンションができたようです。スターホテル閉鎖後もコロナ禍中はオンライン(Zoom)で会っていました。
コロナ禍明けには、湾岸や大桟橋のレストランを幾つか渡り歩き(海の見えるレストランを選んできました)、今回、横浜マリーンタワーのすぐ下の商業施設4階にあるイタリアンの店「The Terrace」に集まりました。マリーンタワーは3年前に改装され、リニューアルされたたばかりで、タワーの外見や設備もスッキリしスマートになりました。そのときに開店した店のようです。
毎回のことながら懐かしい昔の話から直近の身近な話題まで、前置きなしに話が飛び出し、思いつくまま好き勝手に切り替わる、愉しい時間です。これまで何回も会ってきて、世相のこと、仕事のこと、家族のこと、などお互いの生い立ちを理解しているだけに、前後左右言いたい放題といったところで、いつも長い会食になります。ただ、双方の酒量もつまむ量もこのところすっかり減ってきています。
最近、彼は、親族20人ほどを集めて自宅でホームコンサートをやっているそうでプログラムを見せてもらいました。見かけによらず、自身もケーナを始め「花祭り」を吹いたそうです。一度、聴いてみたいものです。
これからも二人が自分の足でここに来れる限りは集まろうと洋光台で別れました。お互い元気なうちはこの会を続けたいと思っています。
この会については、2022年7月9日にも、いまはなきスターホテル屋上からの風景やスターホテルの遠景をスケッチして、当ブログに以下の記事をアップしていました。
恒例の会」と幻の会場
この日は、8,400歩コースでした。
(右奥)の出航時間で「ボ~ッッ」と大きな汽笛を
何度も鳴らしてゆっくりと右に動いていました。
2025年7月7日月曜日
行きつけの閉店2ー東陽町「水竹」
先日、東陽町にハンドベルコンサート2025を聴きに行った折に、帰路、ある時期に、定期的に通ったことにあった古いスナック店「水竹」が閉店したことを知りました。かつての電話にも繋がらないために、今回立ち寄ってみることにしました。
またまた、懐かしい行きつけ店の閉店です。最近、個性のある小さな店ほど、経営が見通せないためか、後継者が見つからず閉店するケースが多いように思わ
因みに、今年2月には近くの蒔田で以下の当ブログの記事のような閉店もありました。ご時世でしょうか。
行きつけの閉店
写真仲間の会創設10周年写真展と記念パーティ
7/4~10には、属する写真仲間の会で第10回目の写真展を、暑いなかですが懸命に、開催しています。場所は銀座一丁目にある富士フォトギャラリー銀座です。講師の作品を含め20点を「瞬(きらめき)のとき」のテーマで集めています。
常々丁寧にまた熱く指導していただいた柿本先生も今期の写真展を最後に、残念ですが引退されるとのことで、この意味でも一区切りをつける写真展になりました。
また、今回は特別の企画として、写真に俳句をつける「写俳」を試み、 属する団体の隣で日頃活動されている俳句サークルに協力いただいて各写真作品にベテランの詠み手による俳句が添えられ、鑑賞の厚みを増しています。
7/3には、前夜祭よろしく、会創設10周年記念パーティを、関係者を招待して行いました。前半は写真展会場で、出展作品を個々に講評していただく寸評会(柿本先生には最後の講評です)、後半は場所を近くのアリスアクアガーデン銀座に移して、これまでご支援いただいた関係者を招待して和やかに行いました、これから指導していただく種清、酒井両講師ともはじめてお会いしました。ご夫婦とも40歳代のプロの写真家で、適宜お二方にお世話になるとのこと。若い世代による新しい指導方針がある意味では楽しみです。
2025年7月1日火曜日
一色先生のWeb個展のこと
スケッチ教室で長くお世話になっている一色先生が、7月1〜15日に、一色俊秀Web個展「光がテーマのハートのある水彩画」を開催されています。日本橋アートが主催する下記のサイトのバーチャルギャラリーですが、PC画面で拡大/縮小などしてみるとリアル展示とは一味違う迫力があります。
■Web個展ページ
一色俊秀Web個展光がテーマのハートのある水彩画展 » アート
https://nihonbashiart.jp/exhibition/isshiki-toshihide-webex/
これからは、このような画展スタイルも広がるように感じます。居場所に関らず鑑賞できるのは、遠隔地の居住者、シニア世代には有り難いことと思いました。
因みに、個展名の「…ハートのある…」は絵の中にハートマークが小さく描かれている、という意味も含まれていると思います。
また、昨年7月に郷里の相生の相生市文化会館なぎさホールで開催された個展について、当ブログに下記の記事をアップしていました。着々と実績を積まれています。
相生でのスケッチ散歩水彩画展
2025年6月30日月曜日
千葉公園の大賀ハスまつり
6/28には、開催最終前日の大賀ハスまつり( 6/21-29, 8-14時)を駆け足で観てきました。
ここのハスの開花時期は他よりは少々早く6 月下旬ですが、関東エリアでは7月中旬から8月初旬が多いようです。ハスのシーズン中に一度は行ってみたいと思っていた処です。JR千葉駅から千葉都市モノレールでひと駅目の千葉公園駅で降りると歩いて10分程の便利な立地です。
この日到着したのが12時半頃で、その日早朝に開いた花が閉じ始めた時間帯となり、開花初期の満開のハスには巡りあえず、蕾と開花4日の受粉後の黄色い花芯の花托が見え花弁が落ち始めた花を多く見かけました。これはこれで見所ですが、やはり、ハスは早朝の観蓮がベストです。会場の係の人も、11時頃から花は閉じ始めます…、とのこと。蕾の開閉を4回繰り返し、途中受粉して花托が緑から黄色になり、花弁を落とし花托だけを残します。
ここは戦後間もない1951年(昭和26年)に東大の大賀博士が縄文時代の古代ハスの種子をこの近くの千葉検見川で発見して、発芽させた株の一部が植えられた場所になります。3か所に分けて植えられたそうです。
そこで、一句、
白南風や花弁散らす古代ハス
浄土へと黄色く光る蓮華かな
波をうつ蓮の巻葉や蓮華亭
この日は、9,000歩コースでした。
本年4月30日にここを訪ねた折の記事は、下記の当ブログにもアップしていました。
千葉公園の大賀ハス園
クリガニのカニ汁
8/6には、孫の付き合いで目黒に出かけ、やや疲れた帰りの寿司店(目黒駅ビル内の「寿司 活」でした)で、たまたま「大きいクリカニのカニ汁」をメニューに見かけ、ついつい惹かれて注文してみました。今年3月にも陸奥湾のクリガニを珍しく見かけ自宅で美味しくいただいたばかりでした。春が旬と...
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長く地元で行きつけの飲み屋のひとつになっていた「養老の滝 蒔田店(まいた)」が29年間の営業を3/20で終了することになったことを知りました。市営地下鉄蒔田駅前に入居するビルの取壊し計画が具体化したこととコロナ禍以降の諸物価の値上がりで経営が急速に厳しくなったことが原因だそうで...
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11/30-12/2には。二泊と短期ですが、主に入院中の弟の見舞いに郷里の東舞鶴に帰省しました。12/1朝には小春日和に誘われて自転車で東舞鶴海岸の前島界隈を私なりのいつものコースで一巡してきました。この日は、前島埠頭での小鯵釣りが当たり日だったようで、皆さんよく釣れていました...

