今年の正月には、地元の横浜金澤七福神を15年程振りに2日に分けてゆっくりと巡ってきました。1/1~1/8の御開帳の期間は過ぎていましたが、正月休みの参拝客による混雑も過ぎた、晴天の1/9と1/10の午後に訪ねました。また、年齢もあり、移動にはフルに公共交通機関を使ってのやや変則的な(安易な)七福神巡りでしたが、それでも道中には所々に起伏もあり、私には結構ハードなトレッキングでした。
横浜金澤七福神は横浜市の南東部の東京湾沿いに当たる金沢区にある7つ寺社に七福神7柱(恵比寿・大黒天・毘沙門天・弁財天・福禄寿・寿老人・布袋尊)が祀られ巡拝します。途中に海を望みながら廻れる爽やかのコースだとか。七福神巡りは、室町時代から続く庶民信仰で、仏教、神道の宗教、宗派に関わらず歴史ある寺社が選ばれて、一巡すれば七つの災いを避け、七つの幸福を授かるそうです。ここの七福神の正月イベントは新しく今年が21回目で、2005年から途中の商店、レストランなどのPR、街おこしを兼ねて始まっており、今流の「平成の七福神」、今どき「21世紀の七福神」といった趣もあり、祀られた御神体はいずれも真新しい御影石造りでした。
場所的には、京浜急行金沢八景駅周辺の瀬戸神社、龍華寺(りゅうげじ)、伝心寺のグループ1、京急富岡駅近くの富岡八幡宮、長昌寺のグループ2、その他の正法院と宝蔵院のグループ3に分かれます。
今回は、前2グループを1/9に最後のグループを1/10に訪ねました。
まずは1/9 瀬戸神社、龍華寺、伝心寺巡り(グループ1)から始めました。
1.瀬戸神社_弁財天
瀬戸神社は八景駅から海沿いに出ると5分で行ける至近です。源頼朝が古代からの整地 瀬戸に三島明神をお祀りして瀬戸神社を造営した時に、妻の北条政子が日頃崇敬した弁財天を祀ったのが境内で平潟湾に突き出た琵琶島神社だったことが由縁だそうです。頼朝の故事にはいつも政子の陰が付きまといます。
瀬戸神社から龍華寺に向かう途中に、明治憲法草創の碑が建っています。伊藤博文ほかがプロイセンの憲法をベースにここの近くの料亭「東屋」で明治憲法草案を練ったとか。また、その先には鰻屋「饅松」があり、店の前の東屋には伊藤博文の書が掲示されており、明治初期の面影をうかがわせます。この先国道16号線君が崎交差点までを「歴史の道」(通称「バス通り」)というそうです。
2. 龍華寺_大黒天
鎌倉期初期、当時この地の海の守りとして栄えた金沢の港と瀬戸神社を結びつける形で、最初の寺院 浄願寺を山中に建立したことが龍華寺の起源とされれいます。その後1499年にこの地に龍華寺として統合され、真言密教の修行道場として再興されたそうです。東国における中世の密教世界を知る貴重な史料も多く見つかり注目されているとか。
山門をくぐり境内に入ると正面に藁葺屋根の古風な鐘楼が見られ、この珍しい配置にもなにか所縁がありそうです。
3. 伝心寺_毘沙門天
伝心寺(傳心寺)は鎌倉期1247年に北条時頼の開基により 、曹洞宗発展の時期にこの地での信仰の拠点として創建されたそうです。その後、戦国時代に再興されています。海に近い金沢の地で、 地域、漁や海運の安全を見守り続けてきた寺とのこと。
境内には木守柿のように柘榴(ざくろ)が古木に残っており、目に留まりました。また、山門前には白梅が咲き、私には今年初めての梅でした。
伝心寺境内には木守柿ならぬ「木守柘榴
(ざくろ)」が昨秋から古木に残っていました。
龍華寺に向かう「歴史の道」の入口には
「明治憲法草創の碑」が建っています。この近くの
料亭「東屋」で伊藤博文、金子堅太郎他が起草した
そうです。それもあって伊藤博文はこのすぐ先の
に別邸を造って 船で通ったそうです。
釣宿 荒川屋でのランチです。釣人飯の感じが
します。この日はアジ、シロキス、太刀魚の
天ぷらでした。地元産海苔の佃煮も(左上)。
弁天屋の釣舟で今釣れるのは、カワハギ、
太刀魚、シロギス、アマダイ、鯵など
のようです(左下の看板から)。
釣宿「弁天屋」の釣果の魚拓から。この辺りは
交通の便がよいため釣舟屋、釣宿が多く
並びます。
「疫病退散」と幟に掲げて祈願する瀬戸神社の
様子をスケッチしていました。
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