2026年1月1日木曜日

迎春2026-近くの神社と寺での初詣からー

 1/1 今年の元旦は関東では快晴で、穏やかな一年の幕開けでした。
大晦日24時過ぎには、すぐ近くの氏神様 笹下地区総鎮守の天照大神宮で家族で初詣をしてきました。
その前に、今年も家族の都合で全員が集まれる12/31午後から遠くは岡崎市から駆け付けた13人が近くに住む三男宅に集まり新年会をして、ひと休みしてからの初詣でした。
覇権主義が横行し戦争、分断が続く厳しい世相のなか、家族がそれぞれに一回り大きくなって、また来年に全員が集まれるのが楽しみな新年の集まりでした。高1になった最年長の孫が身長175cmだそうであっさりと追い越されたのには驚きました。
初詣では、いつものように参拝後には午年の破魔矢を入手し、振る舞われる甘酒を焚火の前で暖まりながら有難くいただく、といったコースです。
天照大神宮の由来によると、天照大神宮はこの地区では古い神社で、創建年代は不詳ですが、 天正年間(1573〜1592)以前にはすでにこの地に鎮座していたと伝えられています。 明治6年(1873年)頃、村社として正式に列格したそうで、明治41年には村内にあった周辺の無格社7社をまとめて合祀したとか。古くは 笹下城(松本城)の出城の近くに位置しており、 地域の政治や民俗と結びついた地でもあったそうで、自宅からも見える高台にあります。
この日午後には、地元では定評ある参拝地の弘明寺に出掛かました。地下鉄で最寄り駅上大岡の隣りの弘明寺駅から10分程ですが、この日は行列に並んで拝殿まで40分程かかりました。
山門や本堂でみられる「感応」の2文字は、苦しむ人々の真心の祈りに対してそれを感じ取り(感)、仏や菩薩、とくに観音菩薩のはたらきが応じて現れる(応)、ことで、真言宗では重要な教え「感応道交」(注)に通じるそうです。昨今の世相にも通じます。
ここで、正月を詠んで一句、

床の間の隅の賑わい七福神
彼までも年賀じまいか古き縁
遠来の騒がし客や宝船
看病の甲斐のなきしか寒見舞

この日は、5,800歩コースでした。

             <元旦早々の天照大神宮の初詣>


天照大神宮の破魔矢と正月飾りから

天照大神宮の参拝光景から

午年の破魔矢

 <元旦午後の弘明寺観音の初詣>

拝殿上の「感応」額。屋根裏の龍の彫刻が
左右で守っています。
本堂正面の「感応」額。両側に伸びる曲った
彫刻は2頭の龍の胴体です。
本堂正面
身代地蔵菩薩(みがわり)。自分の
治したいところを地蔵でなでると
患部が治るとか。思い当たるところを
いろいろとなぜてきました。
弘明寺山門。寺名も「感応山弘明寺」です。

弘明寺商店街が参道になっていますが、
この日は参拝まで30分程並びました。

(注) 真言宗の「感応道交」(かんのうどうこう)について
この教えは、仏様(大日如来)の慈悲と、私たち衆生の信仰心(菩提心)が、まるで磁石が引き合うように互いに通じ合い、響き合うことを意味します。感(かん)は仏様が私たちを救おうとする働きかけ(加持)を、応(おう)は私たちが仏様を信じ、救いを求める心を表し、道交(どうこう)はその二つが「道」において「交わる」ことを意味します。
真言密教では、修行を通じて、この感応道交の状態をさらに深く追求し、「入我我入(にゅうががにゅう)」という境地を目指します。仏が自分の中に入り、自分が仏の中に入る、「感応道交」によって心が通じ合った結果、自分と仏様の境界線がなくなり、一体になることを指します。 この「感応道交」、「入我我入」を通じて、今のこの身体のままで仏の悟りを開くことが「即身成仏」といわれ真言宗の究極の目的です。(関連HPから引用、編集)

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