11/25には、大船の鈴木水産で、活きのよい大き目のソイ2匹を仕入れてきました。北の海の磯の根魚ですが、この時期が美味で割安です。 早速に、煮物と塩焼きにして、いただきました。
煮物の 半身を冷蔵庫にしばらく入れると煮汁が程よい煮凝り(にこごり)が楽しめます。私にはなかなか豪華な、旬のつまみでした。
そこで、一句、
タッパーにソイの煮凝り透ける海
11/25には、大船の鈴木水産で、活きのよい大き目のソイ2匹を仕入れてきました。北の海の磯の根魚ですが、この時期が美味で割安です。 早速に、煮物と塩焼きにして、いただきました。
煮物の 半身を冷蔵庫にしばらく入れると煮汁が程よい煮凝り(にこごり)が楽しめます。私にはなかなか豪華な、旬のつまみでした。
そこで、一句、
タッパーにソイの煮凝り透ける海
11/24には、津久井浜観光農園「山田園」で、町内会親睦の「ミカン狩り&バーベキュー」に参加しました。このところ、このような町内会の企画にはできるだけ参加、利用することにしています。この日は3歳のミカン好きの男児を含め18名で、大人、子供半々程の参加でした。
この日には、全国の刑務所で刑務官を長くされて退職後に近所に住まれ今は保護司をされているHさんと最近の刑務所事情など、いろいろと話ができました。私の住む地区には横浜刑務所があり、刑務官、そのOB、関係者が多く近所に住まれています。また、40年前に子供達が通った学童保育所「ひまわり学童クラブ」の大家さんだったKさん(83歳で至ってお元気でした)にも久々にお会いでき、当時の桜道の桜祭りに学童父母会で参加し屋台を出し盛況だったことなど、懐かしい話ができました。当時の学童保育所は、区から資金補助はあるものの民設民営で、今の公設公営、公設民営ではなく、場所探しから日頃の運営、資金繰り、経費負担まで結構大変でしたが、その分、子どもたち同士や親たち同士の繋がりが強かったように思います。
バーベキューでは、子供の小さい頃にキャンプ場でした鉄板焼き、網焼きを思い出しながら肉や野菜を焼いたり、焼きそばを作ってふるまっていましたが、いつの間にか周りから「鉄板奉行」と呼ばれていました。
14時半過ぎに流れ解散となった帰りに、最寄りの京急津久井浜駅から海岸界隈を久々に歩いてきました。かつて横須賀勤務の頃には、夏場にここの海岸にできる浜茶屋で仕事仲間の暑気払いをし、すぐ近くにあったスナックで二次会をしたことが幾度となくありました。懐かしい記憶です。
この日は、11,700歩コースでした。
この時期には、この先の三浦海岸では地の三浦大根の天日干しが風物誌です。
そこで、一句、
天日干す大根棚や三浦浜
昨年12月7日には下記のように三浦海岸を訪ねていました。
三浦大根の天日干し
https://kinoken33.blogspot.com/2023/12/blog-post_7.html
11/13には、今は静岡に住む友人と横浜のMM21(ミナトミライ)で久々に会いました。会食の前に、ランドマークタワー(70階建て)の69階(273m)にある展望台「展望フロア スカイガーデン」にのぼり、横浜港を一望してきました。
この展望台に来るのは、1993年にビルができた直後に上って以来30年振りです。その時は、真ん前に見える新港島は広々とした埋立地で、MM21地区にはまだ殆ど何もなかった記憶があります。いまは、ほぼ全区画がビルでうずまり、横浜のビジネス拠点であり観光・レジャーの定番コースになっています。とくに、照明の密度が高いビル群の夜景では定評があります。いまは日本で三番目の高さだそうで、自宅からも見え、しっかりとランドマークになっています。
また、このビルでは、上層階が天気によっては雲に包まれ下が見えなくなるため、その後続いたデフレ下では「雲の上の存在」と評判でしたが、その後、MM21地区 には、日産、三菱重工、日揮(元々、最寄りの上大岡に本社のある企業でした)、京浜急行電鉄、富士ソフトなど地元の企業本社や拠点が次々と移転するとともに、市内の主なブティックがこのビルのプラザ棟に出店する、などにより、地元に根付いた、横浜らしい本格的な企業集積地となっています。また、すぐ隣にできた横浜美術館も文化面で貢献しています。
あと1時間もたつと夜景の眺望もよさそうでしたが、残念ながらそこまでは待てず、そそくさとプラザ棟の会食会場に向かいました。
11/16には、「東京八幡平会」の創設60周年の記念会に、縁があってゲスト参加してきました。会場は神保町にある日本教育会館内の喜山倶楽部でした。かつての同僚が長年この企画に参加しています。
母体は秋田県鹿角市(かづの)にある鹿南中学校の同窓会で(現在は八幡平村立八幡平中学校と改名)、年とともに参加枠を広げて、会員(同窓生)の家族、友人、関係者にも声をかけているようです。今回も100人ほどの参加で、賑やかな3時間でした。鹿角市は、秋田県の東北端の市で、青森県と岩手県に面しています。世界文化遺産が4つあるそうです。
かつての同僚はこの中学校の出身で、これまでも折に触れて、鹿角に近い八幡平、八甲田山、十和田湖、奥入瀬の季節ごとの状況などに加えて、この会の開催模様についても、苦労話も含め地元の目線で繰り返し話を聞かされてきました。が、実際にこの会に参加するのは今回初めてでした。数年前に、東北の桜名所の観光ツアーで角館(かくのだて)や鹿角を訪ねたことで、この地域をやや身近に感じるようになったこともあって、今回参加することにしました。
会場では、立派な60周年記念誌が配布され、ついつい読み込んでしまいました。この会ができたのは昭和39年(1964年)で、岩戸景気に続く東京オリンピック景気のなかで、集団就職で上京し、景気を支える若年労働者として故郷を離れ慣れない生活を送る卒業生を癒し元気づけることが目的だったようです。この年は丁度、所謂団塊の世代が高校2年から中学3年だった時期と重なります。このような主旨の同窓会組織が首都圏にいまも続いていることはよく耳にします。
会が始まると、会長、市関係者(途中から地元の言葉でと切り替えて話されるのには好感が持てました)、教育長、校長先生他の挨拶があり、貢献者表彰などが終わると、民話昔語り「作沢村伝説(さくじゃぬま)」が地元中学3年生の女の子によってありました。あらすじは理解できるのですが、詳細、ニュアンスは半分くらいしか分からないという状況でした。その後のアトラクションもユニークで、「鹿角ブラス」チームの演奏、「秋田節」などの地元民謡の披露、バナナの叩き売り、鹿角在住の外国人女性による津軽三味線演奏、大抽選会(幸い私も当選し豪華景品をいただいてきました)など大いに楽しませてもらいました。最後の校歌斉唱では、いつのまにか、一緒に口ずさんでいました。
会場の一角では、地元の特産品の販売コーナーもあり、いぶりがっこ、漬物、比内地鶏スープ(ひないぢどり)など、好評でした。鹿角特産の「松館しぼり大根(まつだて)」も販売されていました。丁度今頃、10月下旬〜11月中旬に出荷される地域野菜で、鹿角市八幡平松館集落に古くから栽培されている地大根だとか。ずんぐりして、やや縦長のカブのような外見ですが、水分が少なく堅い食材で、長く保存できるそうです。 その「しぼり汁」は独特の風味(甘味)と極めて強い辛味があり、おろし専用の大根として地域を代表する特産物の一つだそうで、早速に買い求めてきました。ゆっくりと味わいたいと思います。
会場出口では、元同僚から、来年も声をかけるからな、と念を押すようなお誘いを受けて帰路につきました。
この日は、7,200歩コースでした。
(参考)松館しぼり大根の紹介記事です。
松館しぼり大根 - 鹿角市
松館しぼり大根|産品紹介
11/17には、初冬小春日和の三渓園を訪ねました。
菊花展(10/26〜11/24)も開催中で、いつもながらの作者ご自慢の力作ぞろいでした。
園内外苑の大池周辺では、カメ、アオサギ、シラサギ、カモがそれぞれの冬構えを見せていました。
また、この日は日柄も良かったようで、3組のカップルの前撮りが行われていました。
この日は、15,000歩コースでした。
最近、私の住む地域では、「ひかりの実」という言葉をよく耳にします。
きっかけは、いつも通過する港南公会堂の前の広場に植えられた20本ほどの木に、11月初めころから、絵を描いた、いろんな色をした紙袋が30個程/本 つけられて、夜に淡い光を放つ光景を目にすることでした。通常よく見る街路樹のイルミネーションとは、手作り感があり、大粒で、輝度は低いことなどで、ちょっと違っていました。一見、小さな色・絵付きの提灯といったイメージです。
そのうち、市の広報や区のたよりなどで、光や映像による作品を幅広く展開する高橋匡太さんが考案したアート作品であると知りました。ここ10 年間で10 万人以上が制作に関わる参加型のプロジェクトとなり、学校の教科書にも、過去の活動が掲載されているそうです。LEDライトが実際に果実栽培で使われる果実袋に包まれる構造になっていて、果実袋には近くの小学生たちによる思い思いの笑顔の絵が描かれています。一本一本に、過日袋に笑顔の絵を描いて参加した学校名、キッズクラブ名が表示されています。
カラフルで、ソフトな感じが心地よく、小さな木のイルミネーションには合っているのかもしれません。関内の山下公園でも使われているそうです。
そこで、一句。
ひかりの実 笑顔点く灯や 冬の庭
11/3に地元の横浜DeNAベイスターズが日本シリーズでソフトバンクに勝って優勝したことで、横浜では様々な動きがありました。私には、地元のプロ野球チームが優勝するのを間近に見るのは初めてでしたので何が起こるか楽しみでした。
直後には、勝ち方について、以下が聞かれました。
・レギュラーシーズンでセ・リーグ3位(首位巨人と8ゲーム差)からの日本一で、阪神、巨人、ソフトバンクを押しのけての「下剋上」。リーグ3位から日本一になったのは、2010年のロッテ以来2度目。「成り上がり日本一」とも。
・1998年以来26年振り3度目の日本一(1960,1998,2024)。7年前もリーグ3位から上りつめた日本シリーズでソフトバンクに敗退しています。
・前回優勝時現役投手だった三浦監督(50)が横浜一筋にアドバイザー、コーチ、監督と歩んできて、長期低迷期もチームを離れず「ベイスターズ愛」が指揮官として結実した。この間、親会社が、まるは、TBS、DeNAと変わっても投げ続けた。
・レギュラーシーズンの勝率5割7厘、貯金2は、日本一に輝いた歴代チームの中では最も低い。日本の「判官びいき」の風潮もあり、ポストシーズンの応援ムードを加速した。
・日本シリーズもソフトバンクに2敗したあと4連勝で、チームが「勝ち切る覚悟」(牧の発案とか)で一体感が高まり、「中身の濃いい時間を過ごしてみんなが成長して生まれた勝者のメンタリティができた」(監督談)ことが大きかった。
・主砲の若手 牧にオースティン、宮崎、佐野の首位打者トリオが主軸を成す打線は円熟期にあり、投手陣も駒が揃い、投打、ベテラン・若手のバランスが取れていた。
などの、勝利につながった背景の分析が耳に入りました。
次第に、地元の還元セールなどによる経済効果がいわれ始めます。約100億円とか。
・横浜高島屋、そごう横浜店、ノジマ、京急百貨店などの「日本一おめでとうセール」による消費喚起。ノジマでは、当初2憶6千万円だった還元セールの企画が、社長の一声で「26年振り」に因んで26億円にはねあがった景気の良いエピソードが評判になりました。京急百貨店のレストランクーポン券の配信も話題でした。
・横浜銀行、横浜信用金庫の「金利上乗せ預金」の募集
・京急百貨店の企画する、監督、主要選手を招いた「トークショー」(12/15、上大岡)など
・球団主催の優勝パレード11/30
それからは、11/11に日本記者クラブで三浦監督と南場智子オーナーとの記者会見の模様が報道されました。ここで言われたことで、以下が印象的でした。
三浦監督が「CS(クライマックスシリーズ)からはコーチ、アナリスト、スタッフの事前ミーティングをよりしっかりとやれたのが大きかった。攻撃、守りで「こうなったらこういうプラン」と何案も提案してもらった(プランBなのでしょうか)。それを持って臨めたのが大きかった」と言われていました。指揮官として複数の選択肢の中から現場で冷静に起用やさい配を決めていったとは。
自身の現役時代からこの球団に根付く、選手が伸び伸びとプレーでき雰囲気を尊重し、ミスが出ても切り替えの重要性を一貫して説き、一喝した後もフォローして起用を続けている。来年の目標は、リーグ優勝をしての日本一連覇、とのこと。
また、南場オーナーは「私は何もしていないですが、今まで生きていて一番幸せなくらい。26年お待たせしたファン、支援をくださった全ての方に喜びを届けられたことが最高の喜び」と言われていました。2011年に球団を取得してから13年間待ちに待った日本一ではなかったでしょうか。そのような顔をされていました。本業のDeNAのiITプラットフォームユーザも増え、ブランド力(「Delight(喜び)」と「良質な非常識」とのこと)も上がるように思います。
これを機に、来年から地元のベイスターズファンや他のスポーツファンが増えればよいのですが。勝つと女性ファンが増えるそうです。
11/9には、大船フラワーセンターで行われている菊花展(2024/11/1〜24)をゆっくりと訪ねました。
ここには、横浜市以外の神奈川県からの出展作が並びます。因みに、横浜市内からの作品は三渓園に展示されるそうです。三渓園は市が管理し、大船フラワーセンターは県の管理です。
係の方によると、今年は出品数が例年より少ないそうです。夏に続いた猛暑が原因で、その頃に育つはずの根が育たなかったとか。開花時期も例年より1週間程遅れているとのこと。遅咲きのコスモスも例年通り満開でした。
菊花展での品種、育て方の種類については、以下最後の資料にありますが、幅広いオプションがあります。
この日は、10,800歩コースでした。
6/2は、1859年に日米修好通商条約により横浜が開港されたことを記念する横浜開港記念日で、市内の小学校は休校でした。これに因んで5/31-6/2には横浜開港祭2025が臨港パークを中心にみなとみらい21地区ほかで行われ、様々なイベントに多くの子供連れで賑わいます。今年が第44...