2024年4月16日火曜日

舞鶴実家解体工事26日目の状況

舞鶴実家解体工事も大詰めに入り、26日目 4/16の状況が、姉が現地で撮影した写真からわかりました。今回も、その写真をそのまま引用させてもらっています。
最終段階で多くの大きな丸い石がごろごろと土から出てきたそうです。建物の土台ということではなかったそうで、どういう経過で石が埋まったのか不明とのことでした。たまにあるそうですが、古墳などの遺跡でなくてよかったのかもしれません(笑)。
残った工事は、写真左奥にブロック塀を1.2mで切断しましたが、その上にモルタルをのせて形を整える工事と左右奥の隣地境界標識を設置する工事、となりました。工事終了を受けて市水道局が上下水の給水停止、メータ撤去の工事をし、終了となるそうです。それとともに、法務局へのへ建物滅失登記申請の手続きなどが残っています。
本解体工事は本日4/17で実質的に終了となります。
今回の取壊しでは、施主側で遺品整理をしたあとの残置物処理が3/16~3/21の6日間、その後の解体工事が3/22~4/17の27日間で、併せて33日の工事になりました。我々が実家の取壊しの相談をし始めてからほぼ3年になります。また、遺品資料によると実家の建屋ができたのが昭和16年4月(1941年)でしたので丁度83年で、4代に亘った、多くの人の生活拠点としての役割を終えたことになります。この建屋は、その1年前の昭和15年5月12日午前2時に近所からの類焼により焼失した後に、当時洋服店を営んでいた祖父によって再築されました。
今回は長い工事でしたが、大きな工程変更・追加、工期延長もなく、工事での怪我の報告を受けることもなく、隣近所のご理解もなんとか得ながら、終りを迎えられたことに、業務委託した不動産会社、請け負っていただいた工事関係者、ご近所の皆さま、親族の皆さま、関係の方々に、感謝するばかりです。
身内には、生れ育った舞鶴の実家をなくすということで、精神的にも物理的にも生活拠点のひとつがこれまでと変わるわけですが、その喪失感は、複雑な面はありますが、時間によって緩和され、それぞれにとって落ちつくべきところに着地することになるように思っています。


4/16に表通りから見た解体工事の全景
です。左手前にあったコンクリートも
撤去され、きれいな更地になり
ました。

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